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「んー、腕はそう悪くないな」
耳当てを外し、ニールは射撃を終えたハヅキの傍らに歩み寄った。回収したマンターゲットを確認しながらハヅキは不満そうに肩を竦める。
「3発しか狙い通りにいかなかったけど」
「久々だったんだろ、銃持つの。上出来じゃない?」
ハヅキが撃ったのは6発。そのうちの半分が狙い通りだったのなら、とりあえず及第点だ。
「だけど、甘いね」
ニールは、ターゲットの肩に残った弾痕を指で弾いた。
「肩と腕、そして手に一発ずつ。これが狙い通りだとしたら、君は甘いんだな」
ハヅキは眉を顰めた。
「どういう意味?」
「急所を狙え、って意味。これまで君がどういう訓練を受けてきたかは知らないけど、ここではそれは一旦捨てたほうがいい。常に急所を狙え」
「……なぜ」
心なしか怒ったように睨み付けるハヅキを、ニールは飄々と笑って見返した。
「身を守るためさ」
「相手の動きを封じられればいいだろう?」
「それが甘いの。確実に急所を捉えられるようになって初めて、そこを外して撃てる余裕ができる。余裕ができて初めて、冷静な状況の判断ができる、ってことさ」
言いながら、ニールはハヅキにイヤーマフを当て、自身もそれを付けた。
「冷静な状況の判断ができなければ、身を守ることもままならない」
懐から自分の銃を取り出し、それを的に向かって2発続けて発砲する。隣のレーンの的が揺れた。
ハヅキは無言でそのレーンのターゲットを寄せる。そこに残る弾痕を見て、ハッと息をのんだ。
額の中央と、左寄りの胸に一つずつの穴。
「あー、ちょっとずれたか」
ニールはコリコリと指で額を掻いた。ハヅキが戸惑ったように見上げてくる。
「ずれたって……」
「額。ど真ん中狙ったんだけどな。ちょっと右に寄っちゃった」
「いや、でも……」
ハヅキは言葉を失ったように口を噤んだ。無理もない。そのちょっとのずれは、ほとんどわからない程度だった。
「さて。ハヅキはまだ続ける? 俺はもうそろそろ出たいんだけど」
「いや、私も出ます」
「そうした方がいい。あまり撃ちすぎても頭痛の元にしかならないからね」
「うん」
ハヅキは小さく笑った。
「でも地下にこんなしっかりとした訓練所があるとは思わなかった」
廊下を歩きながら、ハヅキは物珍しそうに周りを見回す。左右にあるいくつかの部屋のドア、それはすべて「訓練場」だ。今までいた射撃訓練場を始め、格闘訓練場、刀剣訓練場まである。
「このビルは地上よりも地下が本体って感じだからね。地下も5階まである」
「そうなんだ……すごいな」
素直に感心したような様子のハヅキに、ニールは微笑を浮かべだ。
「驚いた?」
「もう、ここにきてずっと驚きっぱなし」
「だろうね。俺も最初のうちはそうだった」
ハヅキがニールを見上げた。
「ニールは、いつからここに?」
「んー、いつからだっけなぁ」
ニールは意地悪くハヅキを見返す。
「ねぇ、ハヅキ。そういう個人的な事情は聞かないことがここのルール、って、ナオイあたりから聞かなかった?」
「あ」
「それでも、どうしてもハヅキが俺のこと聞きたい、っていうんなら、教えてあげないでもないけど」
言いながら、ハヅキの前に回り、壁に手をついてその間に彼女を封じ込める。
「ハヅキ。俺のこと、知りたいかい?」
目を細め、至近距離で熱っぽくハヅキを見つめる。こうすれば、たいていの女はポッと頬を赤らめて、とろんと酔ったような目でニールを見つめ返してくる。
……が。
ハヅキから返ってきたのは、冷め切った視線だった。
「女好きの狙撃手」
ぽつりと落とされた呟きに、空気がぴきんと凍った。
「――は?」
「女たらしの超一流狙撃手、でしょう?」
「え、えぇ? 何それ……」
「マユラが言ってた。話半分に聞いてたけど、どうやら本当だったみたいね……」
大げさにため息を吐くハヅキに、ニールも項垂れて長い息を吐いた。
「マユラのやつ……」
「別に、あなたの性癖をどうこう言うつもりもないけれど、私はそういう対象になるのはごめんですから」
ハヅキはひょいと身を屈めて、ニールと壁の間から抜け出した。
「つれないなぁ、ハヅキちゃん。そんなにはっきり振ってくれなくても」
ニールは肩を竦め、情けなく呟く。ハヅキがクスッと笑ってそんなニールを振り返った。
「だけど、一流の狙撃手なのは認める。あの時助けてくれたでしょう? ありがとう」
「え?」
いつのことを言っているのかわからない。首を傾げたニールに、ハヅキは言った。
「中央区で、私が地下鉄からシジマに連れられて逃げ出した時のこと。あの時、私たちの前に現れた敵を排除してくれたのはニールでしょう?」
「あー、あれか。でも、あれは礼を言われるようなことじゃないよ?」
「任務だったから?」
「まぁ、そうだ」
頷いたニールの目を、ハヅキは真っ直ぐに見返した。
「任務でもなんでもいい。あの時ニールが対処してくれたから私たちは助かった。それは事実。だから、ありがとうとお礼を言わせて」
「――ああ」
面食らいつつもニールが頷くと、ハヅキは満足したように微笑んだ。
先を歩き出したハヅキの背中を、ニールはしばらく見つめていた。
予想外だ。
ハヅキ・ノーティス。
こんな組織のメンバーになるにしては、とりとめて秀でた技術のない、大したことのない女。
だが彼女は、自分の女たらし以上に――
「とんだ人たらしだぜ……」
ニールは参ったとばかりにうなじを掻いた。




