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FOOL  作者: 朱花
幕間 狙撃手の憂鬱
10/11

*** 1 ***

 

『ニール、聞こえてるか』


 インカムから聞こえる雑音交じりの声。


「ヤー。ちゃんと聞こえてるよ」

『対象はテオで電車を降ろされたもよう』

「ラジャー。では俺もここらでスタンバイする」


 細い路地裏に入るとそこでバイクを止め、周辺をざっと見渡す。手近に八階建ての建物があった。外壁には酷いヒビが入り、窓ガラスのほとんどは割れている。明らかに廃ビルだが、上からの見晴らしは良さそうだ。


「いやはや。中央区もずいぶん廃れたもんだよね」


 ビルの階段を上りながらニールは苦笑する。


『最近のギガスの振る舞いは度を越してるようだ』

「たしかに、ガキの遊びにしてはちょっと笑えないな。――さて、お嬢さんは無事乗り切れるかな」

『……そうでないと困る』


 重々しいナオイの声に、ニールは失笑した。確かに無事でないと困る。彼女に何かあって後でペナルティを食らうのは自分たちだ。

 屋上に上がると、強風がニールの髪を嬲った。顔にかかる髪の毛を煩わしそうに避ける。


「しかしまあ、見事に厄介ごと引き寄せてくれたよな。あのコ、レノ直々のスカウトっていうからちょっとは期待してたんだけど、買い被りすぎたかな」

『それを判断するのはまだ早い』

「へえ。その口ぶりだとナオイは彼女を受け入れているわけだね」

『そういう問題じゃない。もう決定事項だ』

「随分素直なんだなぁ、ナオイは」


 軽口を叩きながらもニールの目は抜かりなく周囲を確かめる。地下鉄の駅の方角を確認すると、位置を定め、素早くセッティングを始めた。


「それとも彼女にはナオイの同情を買うような何かがあるとか?」

『……』


 黙り込むナオイにニールは小さく笑った。無駄な情報は徹底して漏らさないのがナオイだ。だからこそこの男は信用できるのだ。


『――オレ――ど』


 突然、イヤホンからナオイじゃない声がした。ナオイからの通信よりも雑音が多く、言葉も不明瞭で聞き取りにくい。


「――シジマか?」

『今――動――……』

「え、何?」

『地――出る――しく』


 うまく聞き取れないが、シジマから直接の通信というだけで、緊急事態ということは察せられた。ニールの表情がにわかに引き締まる。間を置かず、ナオイから通信が入った。


『ニール、シジマが発砲した。対象の保護に動いたようだ。今A2出口に向かってる』

「ラジャー」


 ニールは銃の照準を地上に合わせた。そして、周辺をじっくりと探る。


「……お、来た」


 しばらくしてA2出入口の階段から上がってきたシジマと対象の姿に、ニールは一瞬目を丸くした。対象の服が乱れている。下着が丸見えだ。


「ふ。なるほど……ね」 


 シジマが動いた理由を察し苦笑した。だが、すぐにその笑みを顰める。走り出す二人に数人の男が向かっている。


「ハイハイ……君たちは邪魔ね」


 一人の肩を打ち抜く。続いて、もう一人。それだけで十分だった。他にも追手らしき姿は見えたが、数はそう多くない。シジマならうまく逃げ切れるだろう。無駄玉を撃つ必要はなかった。


「とりあえず終わりかな」

『気を抜くな。まだ任務は完了じゃない。引き続き対象のガードに努めろ』

「はいはい。わかってますよ」


 ため息を吐きつつ、ニールはその屋上を後にした。

 

 


 **********



 大したヤツじゃない、というのが率直な印象だった。だからかえって興味を持ってしまったのだ。

 なぜ、普通の女がこんな場所に来ることになったのか。


 五日前のあの日、レノに万が一の時のガードを任されていたとはいえ、まさか本当に出番があるとは思わなかった。何があっても自分で乗り切ってくるだろうと思っていた。なにしろ、レノが初めて自らスカウトしてきた女なのだから。

 だが、彼女はニールたちの援助を必要とした。あの時の彼女の行動に点数をつけるなら、ニールは満点中の半分も付けない。

 なぜ、レノはそんな大したことのない女をわざわざ勧誘したのか。大いに興味がある。


「……顔で選んだとか」

「あ、何?」


 隣の椅子で雑誌を読んでいたエリックがニールの独り言に反応する。「何でもないよ」と笑い、ニールは手にしていたカップを口に運んだ。

 今、ブリーフィングルームにはニールとエリックしかいない。そもそも、チームには決まった部屋がなく、メンバーはレノの部屋でたむろっているか、この施設内のどこかで時間をつぶしているかだ。だが、この五日間、ハヅキとはあまり顔を合わせていない。


「なあ。ハヅキってどこいるか知ってる?」


 ニールの言葉に、エリックが顔を上げた。


「ハヅキ? 何で?」

「あまり会わないからさ。いつもどこにいるんだろうかと思ってね」

「あー。たぶん、医務室だろ」


 あっさりと答えが返ってきたことに驚き、その答え自体にもまた驚いた。


「医務室? 彼女どこか悪いのか?」

「いや。単にお喋りだと。マユラ女史と気が合ったみたいだぜ」

「マユラと。はぁ、なるほど」


 納得しながら、それにしても、と複雑な思いに駆られる。

 まさかエリックがハヅキの居場所を知っているとは思っていなかった。そもそも、エリックは女には極端に無関心だ。だが、ハヅキのことを誰よりも早く「仲間」として認識したのはそのエリックだった。


「エリック。いつの間にそんなこと知ってるんだ?」

「昨日会った時に聞いたから」

「聞いた――ってことは、ハヅキと話したのか?」

「ああ」


 あっさりとした返事に再度驚く。


「随分仲良くなったんだな。ハヅキ、女だぞ?」

「ああ? それが何――って……ん? いや……そういえば、そう、だよな……?」


 ハッとしたようにエリックが口元に手を当てる。急に考え込んだ同僚をニールは呆れたように見返した。


「なんだよ、まさか気付いてなかったとか、そんなバカなオチじゃないよな」

「や、さすがにそうじゃないけど。……なんかさ、あいつ、女って感じしないっていうか。妙に男前だからかな、言動が」

「男前、ねぇ」


 確かに、それはニールにも分からなくもなかった。チームの面々を前に堂々と「認めさせてみせる」などと言い切ったあたり、確かに男前だ。言葉遣いにも女性らしさはあまり感じられない。


 だが、とニールは目を閉じる。瞼の奥に浮かんだのは、スコープで覗いた、乱れた服装から見えた胸のふくらみだ。どこからどう見ても、成熟した女性の体つき。

 いやいや、そもそも。小さく首を振る。


 体つき云々の前に、ハヅキの外見はどう見ても女性だ。化粧っけはなく、長いストレートの髪の毛は後ろに簡素にまとめただけで、必要以上のお洒落には無頓着のようだが、決して男性っぽくはない。顔立ちも美人か標準かに分けるとすれば、十分に美人に入るだろう。そんな女性を前に「女って感じがしない」と言い切るあたり、エリックの感覚はやはりよくわからない。


「お前って、失礼な奴だったんだなぁ」

「は? なんでだよ」

「女は女ってことだよ」

「お前が言うと、なんかいやらしく聞こえるから不思議だな」

「言ってろ」


 立ち上がったニールにエリックが首を傾げる


「どこ行くんだ?」

「訓練」


 指で撃つ仕草を見せながら、ニールは部屋の出口に向かった。



 ニールがドアを開けたところで、驚いた顔をしたカイルと出くわした。カイルは今まさにドアに手を伸ばそうとしていたところらしかった。


「お、珍しい。どうしたの?」


 カイルは普段、レノと一緒にいることがほとんどで、ブリーフィングルームには用がない限りあまり顔を出さない。


「ちょうどよかった。ニール、あなたにお願いがあって来たのですよ」

「俺に?」

「はい。ニール、ハヅキの射撃訓練を見てあげてくれませんか?」

「――ハヅキの?」

「彼女、素人ではないのですが、しばらく撃っていないと聞いています。武器も携帯させたいですし、その登録も一緒にお願いします」


 物腰は柔らかいが、カイルの言葉には妙な威圧感がある。どうせ断ることはできないのだ、ニールは肩を竦めて頷いた。


「ああ、別にいいよ。ちょうど今から行こうと思ってたところだ」

「そうですか。ではお願いします。彼女は今医務室にいると思いますよ」

「はいはい、さっき聞きましたよー」


 どことなく面白くない気分になりながら、ニールはヒラヒラと手を振った。

 

 



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