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芽吹き

作者: 煌千

お題箱サービスよりお題「人間が花や植物に変化していきやがて死に至る病が蔓延った現代」をもとにした即興超短編です。

やがて死に至る感染症が蔓延したどこかの町、ただ死を待つだけのような世界での会話。生きている、ということを素直に喜べていない二人です。


「やあ」

「おう」

表情が見えない同士、最低限の挨拶。無機質なマスクに顔をすっぽり包み、曇った声を掛け合った。相手と目を合わせることもなく、彼は話しかける。

「やあ、久しぶり」

「ああ、そうだね」

「とりあえず生きていて安心した」

「そうだな。お互いに」

 しっかり立っている姿を互いに見て、言葉を交わす。「そっちはどうだい」

「ああ、お袋が死んだよ」

「……そうじゃなくて」

彼は辺りを見回した。

街は灰色。行き交う影も立つ音もなく、二人は独り。天を仰ぐ相手を見て、彼は言葉を添えた。

「気を悪くしたかい、謝る。君自身のことが気になってさ」

「どうでもいいだろう」

あからさまに落ち込んだ声。息苦しそうにしきりに首を動かす姿を見かねて、深呼吸ひとつ、彼は互いの手袋越しに相手の手を握る。震えていた。

もう彼は人が死ぬことに慣れきってしまっているが、誰もがそうという訳ではない。繋ぐ言葉に苦心して、彼は深く息を吐いた。

「少し、歩かないか」


マスクをつけなければ外にも出られない中、歩く人は当然居ない。アスファルトのひび割れから生えている儚い木にこっそり祈りを捧げつつ、空気の淀み切った道を進む足音ふたつ。締めあうように繁茂した蔓を片目に、こつこつ、こつこつ。

「本当はさ」

相手がふと立ち止まった。ややつんのめるように彼も踏みとどまり、振り返る。黒い葉をした銀杏を慈しむように見上げ、鉄の仮面に手を当てる。

「家族があの病気に罹ったとき、一緒に死んでやろうと思った」

あの病気。人や動物の体が徐々に植物になっていく感染症が、今も生物を蝕んでいる。こんなにも厚い防護服と兜のようなマスクを身に纏わなければならないことも、その病瘴を防ぐために他ならない。

「でも」

でも。ほとんど耳を頼りに、彼は相手に近づいて肩を叩いた。

「でも、じゃない。お前が無事でよかったよ」

荒く乱れた息は、顔の前の壁に隠れている。全身を広く覆う服は、彼の身体をくまなく隠していた。

「……ああ、そうかい」

「そうだ」

「そう言ってくれる友人が居て助かった。ありがとう」

再びゆっくり歩き出す相手を見て、彼はひとつ強く頷いた。ぐらり揺れるマスクを慌てて抑えつつ顔を上げ、息を吸って肩を並べる。

「次会うときまで、病気なんかに負けるなよ」

力強く返事をする相手は、ややあって、彼をまじまじと見た。

白黒に乾いた風も通らない、息も躊躇う一重の瞬間。彼が帰ろうとしたちょうどその時、相手から声がかかる。

「そういうそっちは、どうなんだ」

「……」

考え込む、一瞬は永遠。やや口ごもってから、彼は答えた。

「まあ、ぼちぼちだ。お互い頑張ろうぜ」

右手を上げて、強引に方向転換。彼の肩から鳴った葉と葉の擦れる音に、君は気付いてしまっただろうか。止まったままの相手の足音など気にすることも、足を早めて急ぎ去ることもできずに、どこかぎくしゃくとした足取りでその場を離れていく。その背は丸く小さい。

 外を歩けるのはこれで最後なんだろうな、どこか確信に近い予想があった。細かな枝、死が芽吹いた全身はもう動かすのがこんなにも辛い。

わだかまり、ふきだまり、生き残り。道路にしがみ付く根が、彼の帰り道にやたらと絡みついてくるのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はっとさせられる終わり方と、"死が芽吹いた"という表現がなんだか心に残りました。 小さなところですが、"黒い葉をした銀杏"も、普段イメージする緑や黄色と真逆の色で、おどろおどろしさと、非…
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