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「ほんまに久しぶりやね。来てくれてありがとう」

仏壇に線香を上げさせてもらった。

コウタの親父さんは随分と老けていて、あの時と違って穏やかだった。

「あの時はご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「なあに。昔の事や。ええんや。それにこいつが言い出したことや」

親父さんはそう言って、仏壇に飾られたコウタの遺影に目をやった。


もうすぐ夏休みが終わるという頃、事が露見した。

ネットの使用時間と料金からさすがにおかしいと思ったのだろう。

そして、何が行われていたか気が付いた。

酷く怒られた。

それもそうだろう。

自分の息子とその友達が、せっせと自分の勤める遊園地の不思議な話や怖い噂をネットに書きまくっていたのだ。

殴られても俺とチヨコを庇うコウタを見ながら、その時俺は終わったと感じだ。夢から覚めた気がした。

なんでこんなことしたんや、とコウタのお父さんは怒鳴った。


「お客さんに来てほしかったんや。怖い話、不思議な話があったら、ちょっと見に行こうかって思ってくれへんかなって……賑やかな裏野ドリームランドになってほしかったんや」

コウタが涙を流しながら小さな声で言った。

親父さんはしばらく声を詰まらせていたが、コウタの頭に手をゆっくりと置いた。

「遊園地はな、楽しい場所や。楽しむために行くところなんや。だから、そういうのはしたらあかんで」

厳しい声だったけれど親父さんはコウタの頭を優しく撫でていた。


流行っていて人が大勢来るようなる遊園地ならば、そんな怪談話など必要ない。そして怖い噂があったとしても、そんなアホなと笑い飛ばせる話のネタになったかもしれない。

コウタの親父さんもわかっていたのかもしれない。

俺たちの小細工など関係なく、もはや裏野ドリームランドの凋落はとめようがないのだと。


俺とチヨコが謝ると親父さんは、「理由はわかったけど、もうしたらあかんで」と言って俺達を許してくれた。

ただの中学生がネットに噂話を投稿してどうにか出来る物では無かったのだと知ったのは、翌年に裏野ドリームランドの閉園が決定された時だ。

いや。本当は解っていた。

遊園地は人が離れれば終わりを迎えるのだと。


遺影のコウタは明るい笑顔だった。

線香の煙がゆらりと立ち昇る。

事故でもない。

さんざん作ったおかしな出来事でもなく。

かつての友は自殺した。

あの場所。

廃園となった裏野ドリームランドで。



「帰ってきてたんね」

偶然だった。

蝉の声がふいに遠くなったように感じた。

振り返る。

微笑む女性がいた。

歳はとったが赤みがかった髪と明るい茶目は変わらない。

若くはない。けれど可愛いと思うのは昔付き合っていた人だからか、自分も同じように歳をとったからだろうか。

「ひさしぶり、チヨコ」


俺は県外の高校へ行ったし、遠い町の大学へ進学した。

携帯などまだ珍しい時代だ。

チヨコともなんとなく疎遠になって自然に別れてしまった。

コウタとはたまに帰省した時に会っていたが、それも俺の実家が引っ越してしまってからは無くなった。


「活躍してるみたいやん」

「なんとか。おかげさまで。うん。きっとあの時のチヨコの批評が効いたんやな」

「あはは。感謝してもらわないと」

互いの薬指には指輪が無いので問題ないだろうと誘って喫茶店に入った。


世の中には不思議な話というのがある。

おかしなことに今の俺はホラー作家と呼ばれている。

何とかやっていける程度の売れ方で、相変わらず怖い話は書けないし、書けているつもりもないのだが、普通に語られる出来事が何故か怖いらしい。

それと極々まれに描写がいいと褒められることもある。


「コウタくんのお家に行ってきたんやね」

「そうや。俺、全然知らんかった。ごめん」

俺は海外に長期間居ることが多かった。

小説を書いてみたがまったく売れず、これはもう駄目だろうと諦めて海外派遣のある会社に勤め、俗に秘境と呼ばれるような場所に行って働いていた。

帰国してからやっぱり書きたくなって、海外で起こった不思議な話を書いたら売れた。

それから俺はホラー作家として過ごしている。

売れたきっかけから海外の僻地に行ってそれを小説に書いてみないかという企画を持ち掛けられることが数回あって、日本にいる時間が短かったのだ。

裏野ドリームランドとコウタのことを知ったのは、企画を担当してくれている人に「廃園となった遊園地の話を知っていますか」と聞かれてからだった。


チヨコはコウタのことを話してくれた。

コウタは仕事で上手く行かず心を病んでしまったらしい。

長く療養をしていたが、廃墟となった裏野ドリームランド跡で自殺した。

あんなにアホで良いヤツやったのに。

「なんでそんな。真面目になりすぎや。俺みたいに海外へ逃げればよかったんや」

もっと早く知っていたら何かできたのだろうか。

あの頃と同じように何もできなかっただろうか。


「裏野ドリームランドは立ち入り禁止の廃墟か……」

チヨコの叔父さんが定年後の再就職で、裏野ドリームランド跡地を管理する警備会社に勤めているらしい。

廃園となった遊園地でも事故があれば責任を問われる。対策は設けていたがコウタのことがあってから現在の管理会社に変わり、セキュリティも強化されたそうだ。


「ねえ。今思うと悪いことやったし滅茶苦茶なことだったけど、楽しかったよね」

沈んだ雰囲気を変えようとしたのかチヨコが言う。

「俺もや。あれほど特異な夏休みは二度と無かった」

それから二人でコウタとの思い出を語った。

彼女の声が思い出を呼び起こす。

溢れだす懐かしい日々に、俺とチヨコは泣きながら笑った。


随分と長居してしまった。

そろそろ出ようと伝票を俺が手にした時。

「あのね。言うかどうか迷ったんやけど……やっぱり話しておこうと思う」

チヨコが思いつめた表情で俺に告げた。

「どうしたんや。コウタのことで何があったんや?」

「コウタくんのこと、なんかもしれん。ううん。たぶんそうやと思う」

俺は黙ってチヨコの言葉を待つ。

「あのね。廃墟となった裏野ドリームランドに幽霊が出るらしいの。コウタ君が好きだったあの話のように。覚えてる?」


星明りの夜の中で美しく走る回転木馬の情景が脳裏に思い浮かぶ。

ぼんやりと光る幽霊たちを載せて。

音も無く楽し気に騒いでいるゴースト達。

コウタが読み終えて「きれいで。楽しそうでええなあ」と笑っていた。

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