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裏野ドリームランドのドリームキャッスルには地下牢がある。
そこに連れてこられた人は世にも恐ろしい酷い拷問を受けるのだ。
からくも脱出したA君はエレベーターに乗る。
降下していくエレベーター。
扉が開くとそこは最上階の玉座だ。
恐ろしい怪人が待っていた。
そこで対決する主人公。
追う怪人とのバトルだ!
「リョウジくん。お城にエレベータなのね。地下に降りるエレベーターが、どうしていつの間にか城の最上階に着くの。それからここでお化けがギャグするのはなしやん」
原稿用紙二0枚の大作を読み終えたチヨコは言った。
「え、いや。それはやな」
下に行ったエレベーターがなんで上に行くのか。
しらん。
お化けがブリッジしながらおっかけてくるのがおもしろいんやん。
バトルは男の花道や。
とは言えなかった。
俺には怖い話は書けないのだとよくわかった。
そもそも文才すらないのかもしれない。
それ以上に良く解ったことがある。
「噂ってこんなに長く詳しく書いたら変やと思う。あくまで噂なんやから。詳しく作るより、短く印象的な出来事にして、噂話として他の人に話せるようにした方がええと思う」
チヨコが実はよくしゃべる子で、何より的確なダメ出しを入れてくることだ。
俺たちはコウタの家に集まっていた。
ついさっきコウタは俺の作った話を読んでは大喜びしていたが、その後にチヨコが矛盾点を並べ始めると見るからに落ち込んでいた。
おかげで俺は少し救われた気分になった。
今コウタはインターネットやパソコンに関する書籍を難しい顔で読んでいる。コウタの親父さんのパソコンを使って、インターネットの掲示板などに「裏野ドリームランドの噂」を書き込むのだ。通信料金がかかるので長く使っているとバレる。短時間で効率よく。そのためには、なるほど長々と詳細な話は良くない。
「でも、ここの表現はとってもいいと思う。文才あると思った。ぞくっときた」
そう言った時のチヨコの顔はどこかあやしい色気があって、俺は何故だかそわそわしてしまった。
いろいろ言われてなんやこいつと思っていたのに。
何気なく書いていた描写を褒められる。
それは俺にとって最高に嬉しい瞬間だった。
気をよくした俺は最初のコウタの話に加えて、いくつもの怖い噂話を作った。
俺が書いて、チヨコが意見を出して書き直して、それをコウタがネットに書き込む。
子供が消える遊園地。
ジェットコースターで起きた事故の話。
アクアツアーで目撃された怪生物。
ミラーハウスから出てきた人が違っている話。
ドリームキャッスルには地下に拷問部屋がある。
意外なことにコウタが一番好きだった話は、真夜中に明かりが灯って回り出す幽霊の乗ったメリーゴーラウンドの美しさを書いた話だった。
チヨコは観覧車から声がするのが一番怖いと気に入りで。
他にも作ったし、アレンジを変えて再投稿したものもある。
俺たちは週に二、三回はコウタか俺の家に集まっていた。
喧嘩もした。
ほんならおまえが書けやと言い合いになったこともあった。
自然とチヨコは最初にダメ出しして落としてから、褒めて上げるというパターンとるようになった。
みんなで試験の勉強をしたこともある。
ただ普通にだべって終わったことも。
チヨコは俺の話を批評するだけではなく、積極的にアイデアを出す時もあった。
三人で盛り上がってめちゃくちゃな話を作ったこともある。
「ジェットコースターで起きた事故の話」は事故原因がいくつもあって、どれが本当なのかわからないようになった。
そんなふうに俺とコウタとチヨコは、裏野ドリームランドに纏わる話を作りまくった。
コウタによると裏野ドリームランドの噂はネットでは徐々に広まっているらしい。
らしいというのは、短い時間でネットの情報を全て調べるのは難しかったからだ。
コウタの父が言うには、客数は少し増えたらしい。
けれどそれは園内に出来た夏限定のプールのせいではないだろうか。
コウタには言えなかったけど、俺たちがしていることは本当に効果があるのか、俺には分からなかった。
でもそれでも良かった。
俺は楽しかった。
コウタに悪い。不謹慎だと悩むこともあったが、俺は三人でいることが。
いや、チヨコが居る時間が何より楽しかった。
話を作るためにとコウタの親父さんにもらった無料券で裏野ドリームランドに三人で出かけたこともある。
ミラーハウスでは入った人と入れ替わろうと宇宙人が潜んでいる。そんな話も作った。
コウタは人おらんなあとぶつぶつ言いながら前を歩き、俺は危ないからとこっそりチヨコと手をつないだ。
あの時チヨコはどんな顔をしていたんだろう。俺はどんな表情をしていたのか。
鏡に映った自分たちすらまともに見れなくて、俺とチヨコはミラーハウスを彷徨っていた。
遊園地は女性と付き合ってデートで行く場所だと思ってた。
それは正しく現実になった。
自分の小遣いでチヨコと二人で行く裏野ドリームランドには、不思議な話怖い話など必要なかった。
プールから上がった彼女の赤みがかった髪から滴る水滴の光。
夏の週末限定であがる花火。
俺を見る明るい茶色の瞳。
観覧車の一番高い場所で、俺は初めてのキスをした。