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「協力して欲しいことがあるんや。たのむ!」
放課後の教室。
外からは蝉の声の合間に運動部の掛け声や、野球部の金属バットの音が響いてくる。
コウタは机の上に靴を脱いで胡坐をかいていたが、その時だけは正座して俺に頭を下げた。
「どういうことなん?」
チヨコは小首を傾げている。
それは俺のセリフだった。
放課後の教室に俺とコウタとチヨコの三人が残っていた。
コウタは当たり前のように参加している彼女を見て、なんでおまえが喋るねんという目をしていたが、内心で何らかの決着があったのか一人頷くと俺の目を見て言った。
「裏野ドリームランドのお客を増やしたいねん。それには話題が必要やと思うんや。俺、おとんのパソコン使って調べてん。インターネットや」
「インターネットか」
話題が必要でなぜインターネットなのかわからかったが、俺は興味をそそられた。
インターネットもパソコンも普通の中学生には手が出ないが、電話回線につないだパソコンで世界中に繋がっているらしい。
外国の資料も見れるし、国内だって簡単に会えない人とも掲示板で会話ができる。
どうしてそんなことができるのか理解できなかったが、まるで夢のような通信技術だ。
コウタは休み時間に怪談話を語っていた時とは違って真面目に説明し出した。
それは集客を上げるためにどうしたらいいかだった。
昔と違って娯楽も他に増えた。
立地も駅から遠いし良くない。
普通にしてたら人は来ない。
何か話題が必要や。
でも、新しいアトラクションを作るにはお金がかかる。
それなら。
不思議な話。怖い話。
それらを好む人もいる。
怖いけど見てみたいなって思ったりことあるやろ。
だから、ちょっと怖いけど見てみようかな、て思うような。
そういう話を広めて少しでもお客が来てくれたら。
「おとんも元気出ると思うねん」
コウタのお父さんは裏野ドリームランドに努めている。
客数が減って従業員も大変らしい。
「それでドリームランドキャッスルの怪談話になったんか。発想はおもろいと思うけど、そんなんで人くるやろか。ホラーマニアとか来るかもしれんけど。遊園地やで」
俺にとって遊園地とは女性と付き合ってデートで行く場所だと思ってた。
もちろんその目的で行った経験はまだ無い。
「上手くいくかどうかわからんし、あかんことかもしれんけど。人が来てくれたら。裏野ドリームランドにちょっとでも人が来て、働く人も楽しく忙しくなって。みんな楽しい。そんな遊園地に戻ってほしいねん……」
コウタの親父さんは裏野ドリームランドに努めている。
人の少ない遊園地は寂しいから。
そう言って何度か無料券をもらったことがある。普段は入れない場所を見学させてもらったことも。
「そんで。俺は何をしたらええんや」
コウタはぱっと顔を輝かせた。
「お話や。リョウジは小説書くの得意やろ! やってみたけど自分一人で話作るの難しいと解ったんや。だから頼む。裏野ドリームランドにまつわる話を作ってほしいねん」
「リョウジくんは小説家なの?」
チヨコは驚いた顔をしている。
「コウタ。内緒やったのに……ちゃうで。そんなたいそうなもんやない」
俺は慌てて否定した。
コウタはごめんというように両手で拝んでいる。
「ちょっと趣味で書いてるだけや。内緒にしてくれ。恥ずかしい」
俺は話を作るのが好きだ。
新聞部に所属しているけど取材して記事を書いたことは無く、部室で小説を書いていた。
稚拙で、矛盾点だらけで、落ちも良くわからないようなめちゃくちゃな話ばかりだけど。
「わかった。誰にもいわへんよ」
こくこくとチヨコが頷く。
コウタも何度も頷いているが、なんでや。
「うーん。しかしなあ。人を来させるための遊園地にまつわる話なあ」
「頼む! この通りや!」
俺の作る話は他愛もない、どうしようもない話ばかりだった。
けれど、友達には受けていた。
俺の小説はコウタと数人の友達しか知らない。意味不明の展開や内輪受けの部分が多くて、友達同士でしか解りえないものだった。知らない人には、いや、仲間うちでもずっと後ではまったく何が面白かったのか笑いながら首を傾げるような出来だった。
「話を書くのは好きやけど……」
そやけど。いいんやろか。
俺は言い淀む。
話が得意だと言われて嬉しくはある。自尊心を擽られた。
けれど、俺の創作でいいのだろか。
そもそもそんなことしていいのか、と俺は躊躇った。
「うち協力する!」
チヨコは顔を紅潮させ。
ぐっと小さな拳を握って宣言した。
意外だった。
作り話で客寄せをしようなど真っ向から否定するかと思っていた。
「えっ。そ、そうか……ありがとう」
思わぬ賛同にコウタもびっくりした様子だったが、顔を赤くしながら絞り出すように言った。
「がんばろうね」
チヨコは楽しそうだった。
きらきらした瞳で見つめられたコウタは「お、う。がんばろう」と言って俯いた。
コウタが陥落した。
チヨコが次に見つめてきたのは当然俺だ。
明るい茶色の目が俺を見つめている。
「が、がんばろう」
俺もそう応えていた。