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「次は裏野佐紀山3丁目。裏野佐紀山3丁目です。お降りの方は降車ボタンでお知らせください。料金は前の電光表示版にございます。釣銭のいらぬよう運賃箱にお入れください。なお、お降りの際は――」
バスの車内に流れた自動音声はどこかおかしかった。
俺は違和感と言いようのない焦燥感にかられた。
N駅からのバスに乗るのは随分と久しぶりだった。
時折新しく出来た店があるくらいで、沿道の様子はあまり変わっていない。
懐かしい風景をバスに揺られ眺めていた。
池を過ぎたら、そろそろあの場所だ。
そして車内に流れた停留所案内。
裏野佐紀山3丁目。
そんな停留所は無い筈だった。
自分以外に誰も乗っていないバス。
乗車を待っている人もいない。
そのまま停留所を通り過ぎて行く。
俺はじっと窓の外を見ていた。
ここには開けた場所に奥へ伸びる広い歩道があった。
夢の国へ続く大きな道。
その奥に見える入場ゲート。
今は工事現場のような白い壁でふさいである。
壁の向こうは全く見えない。
そうか。
俺は詰めていた息を吐いて座席の背に身をもたれさせた。
「停留所の名前が変わったんやな……」
目を閉じる。
昔、聞いていた車内アナウンスを思い出す。
記憶の中から響いてくる録音テープの声。
『次は裏野ドリームランド前。裏野ドリームランド前。夢遊ぶ国裏野ドリームランドは次でお降りください。料金は―ー』
「なあリョウジ、知っとうか。裏野ドリームランドキャッスルの怖い話」
騒がしい休み時間にコウタがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「なんや怖い話って。知らんで」
裏野ドリームランドはバスで四〇分ほどの場所に在る遊園地だ。
山に囲まれているがこの中学校の上の階から、雪山を模したアトラクションの一部がちょっとだけ見える。
「しゃあないなあ。教えたるわ。あの裏野ドリームランドの城でな、人が居なくなるねん。消えてしまうんや。それからな、あの城の塔には秘密があってな――」
コウタは嬉々として語った。
どれも大して怖いものではないけど、怪談話を楽しそうにするのはどうかと思ったし、それよりも気になったのは。
「怖い話多すぎやろ。六つ……七つか。なんであの遊園地の城にそないいっぱい怪談があんねん。あそこは呪われた遊園地か」
コウタの話だと裏野ドリームランドキャッスルには七つの怪談があることになる。
「さすがリョウジや! そうや呪われた遊園地や!」
俺のツッコミにコウタは嬉しそうだった。
「何喜んでんねん。そんな怖いところ、人が来んようになるやないか」
唯でさえ裏野ドリームランドの来園者はどんどん減っている。
両親が若かった頃は県外からも大勢の人が来て賑わったそうだ。こんな田舎の駅からも遠い遊園地にそれほどの人出があったとは信じられないくらいに。
「それなんやけどな」
コウタは少し声を落として真面目な顔で話そうとした時、チャイムが鳴った。
俺が続きを待っていると隣からチヨコが割り込んできた。
「もうチャイム鳴ったよ」
学級委員のチヨコだった。
彼女は真面目で、ちょっと赤みががかったショートの髪にくりっとした明るい茶色の目でなかなか可愛い。そんなことを口にすればからかわれるの必定なので誰もはっきりとは言わないが、男子のほとんどがそう思っていると思う。
「うっさいなあ。大事な話してるねん」
コウタは少し顔を赤くしながら早口で言った。
大事な話だったんか、怪談話だったけどな。
俺は内心そう思ったけど黙っていた。
「だって授業始まる……」
チヨコはケンジの言葉にちょっと涙目になっていた。
「コウタ。詳しくは放課後にしようや」
困っている彼女をさりげなく助けて、優しいヤツだとアピールしようと思ったのは内緒だ。
「わかった。ほな後でな」
コウタが足早に席に戻る。
「放課後なに話すの。うちにも教えてね」
チヨコは俺の方を見て微笑んだ。
微かに手を振って彼女も自分の席に戻って行く。
先生が教室に来て授業を始めても、俺は何故だかドキドキしていた。