9話
「いやいや現実の弓の練習でも初心者は『ゴム引き』といってチューブ状の硬めのゴムで練習するのよ。」と言い訳する。
「アイ・ハさんはリアルで弓道か、何かを?」とメハシ君が聞いてくる。
「えぇ。ただ洋弓、アーチェリーの方をやってたのよ。」
「ん?弓にこだわってたのは、それでかぁ。でも、現実でできるのにゲームでも弓やりたいとは、よっぽど好きなんだなぁ」とサダ君に感心される。
「社会人になると、なかなか出来なくてね」と返しておく。
「さて私のことより、ここではどうすれば良いのかな?」とりあえずパチンコあらためスリングショットを借りなければどうにもならないが、どうすれば良いか分からない。
「あちらで借りられるみたいですね。」とメハシ君が指差す方向にはボーリング場のシューズとか借りたりするような場所がある。
「お!あそこにも美人が!、、、って、同じ顔!?」とサダ君のテンションがあがって、さがる。と言うか、落ちる。
「いや、このゲームはファンタジーなんだ。美人が量産されてるだけだ。そうだ、ポジティブに考えよう、美人さんにたくさん何度でも会える。すばらしいゲームだ!」とサダ君はあっという間に復活した。
「へこまない男ねー。」と感心すると
「おぉ、振られても断られてもすぐに再生できる!再生力が自慢のリザードマンだ!」と意味不明に調子にのりだす。ちょっとキモいけど明るいのは良いことね。
「はい、3人分、借りてきましたよ〜」とメハシ君がいつの間にかスリングショットを小走りで持ってくる。メハシ君は気が利くね。
「なっ!俺から美人ちゃんと話す機会を奪うのか!」とサダ君が驚愕しているが流す。
メハシ君からスリングショットを受け取り、的に向かう。
とりあえず近射が並んで出来そうな場所を探す。近射というのは2〜3メートルの距離で練習する事を言う。と言ってもゲーム内で遠距離武器は人気ないのか、わりとすいている。これなら三人でならんで練習できそう。
実際のアーチェリーで初心者はゴム引き、商品名で言うとセラチューブなどのダイエット等に使う大型ゴムで射型、いわゆるフォームを習う。
この射型だが現代アーチェリーはかなりの部分を弓道からパクっている。弓道はかなり昔から理論や教え方がしっかりしており、日本でアーチェリーを広める時にそのまま流用していった。
具体的には的に向かって立つ所から、射ち終わるまでの一連の流れを弓道は射法八節という形で教える。これをアーチェリーにアレンジしたものをアーチェリー八節と言う。みごとに、そのままだ。
的が3つあいてる所で三人で並ぶ。的は近射で練習できるように藁かな?藁ぽい謎の草が壁のように敷き詰めてあるところに射ち込む。
「二人共、リアルで弓を射った事はないんでしょう。とりあえず見本をみせるわ。見本になるほどうまくできるか分からないけど。」
「おう。」「お願いします。」
ちょっと緊張するけどリアルでやったことのあるんだから、最初くらいは教えたほうがよいだろう。
システムチュートリアルのKS-451号さんの話によると、このゲームはロボットアバター、つまり性別や身重などの変更は自由に出来るが、体を動かすのはロボットを操縦するのに似ている。欠点としては普段、無意識に出来ることが出来ない場合がある。
たとえば自転車だ。リアルでは何年も自転車通学・通勤の人がゲームでは自転車に乗れないことがある。あまりに無意識に出来ているため、改めて意識して乗ろうとすると乗れなくなるのだ。
でも、私は無意識に弓を引けるほどの達人じゃあない。アーチェリー八節、しかも実質ゴム引きだ、意識しすぎてやれないことはない(はず)。
「たぶん、そのはず」
「何が多分なんだ?」とサダ君に独り言を突っ込まれる。
「な、な、なんでもないわよ」思わずどもってしまう。
「ほら、肝心の玉を忘れてるぞ。」とビー玉より大きめの石が何個か入った袋を差し出される。
「あ、ありがと」ちょっと照れつつベルトに袋を結える。
「とりあえずスタンス、立ち方ね。一番メジャーなのは肩幅に立って、つま先は的に向かって垂直になるように立つこと。」
自分の重心がぶれないようにまっすぐに立つ。背筋をのばし、重心を意識して左右どちらにも傾かずに立つ。
「セット、まぁ実際はノッキングの後にやる人もいるけど両肩のラインが的に垂直になって、上半身をまっすぐにする。で、顔だけ左を向く」
的に真横になるように立つのが、一番、引き尺をとれる、つまり弓を長く引ける。肩は動かさずに顔だけを左に向けるのがポイントだ。
「ノッキング、ホントはここで矢をつがえるんだけど、今回は石を挟み込むのね。」
リアルアーチェリーでは弦にノッキングポイントという目印がある。『この場所に毎回、矢をつがえてね☆』という場所があって毎回同じ発射位置になるようにするのだけど、スリングショットの弦にも革で補強された場所があり、そこに石を挟むのがわかる。
「セットアップ、左手を持ち上げる、45度くらいかな。次のドローイングのときに引くのが楽になるようにね」
弓道では打起しといい左手が自然と折りたたまれているまま弓を持ち上げるが、アーチェリーでは左手を前に突き出したまま持ち上げる。
「ドローイング、弦を引いてくるんだけど、なにより左腕が負けないように前に強く押し出す。」
このとき肩がつまらないようにとか、左肘をひねって弦があたらないようにとか、腕の力じゃなくて広背筋で引くとか、色々と注意点はあるけど初めてでは覚えられないだろうから省略。
なにより左手を的に突き付けるつもりで前に押す。弓を引き分けるという風に表現することもあるくらい左右両方の腕と背中の力で、弦を引き絞る。
「フルドロー、完全に引いてきて静止ね。ちょっと喋りづらいから、解説はあとで」
フルドローはアンカー、エイミング、ホールディング、コンセントレーションと分けられる。動きはほぼないが、本人の中では色々とあるのだ。
あと、競技アーチェリー式に顎下にアンカリングしたが、スリングショットの形状からして右手は別の場所に持ってくるべきかもしれない。今後のために、どうすべきか、後で調べよう。
そしてリリース!右手をパーにする。
引き絞られたスリングショットから石が飛び出す。
的は巻藁みたいな、麦だか、稲だかの植物の茎を束ねたみたいなものだったけど、
『ドス』
という重い音をたてて石が埋まる。。。とりだせるかなぁ、あれ。
奥まで刺さってしまって、表面からは見えないんだけど。
「リリース、矢をはなち、フォロースルー、残身ともいうけど射ったあとの自然な体勢をのこして、ムリな射ち方してなかったか確認するのね」
解説することで埋まった石は忘れる。なかったことにする。
「おぉ、すごいな!」
「さすが経験者ですね!みてて綺麗でした」
「うむ、ほぼ完璧であるな」と皆ほめてくれる
二人にはさっきからちょっとしたことを手伝ってもらったり、射を褒めてもらったりしてる。
サダ君、メハシ君ともただの偶然で一緒にゲームをしているが、たまたま今日知り合ったばかりの人とも仲良くなれるのはネットゲームの醍醐味だなぁと思いながら振り向く。
ん?んん?最後のはだれ?
「えと、あなたは?」
ギャラリーはサダ君、メハシ君の他にもう一人増えている。カイザル髭の筋骨たくましいおじさんが知らない間にきていた。
「あ、紹介します。教官役のNPCのかたです。」とメハシ君。
「へ?」
「道具を借りる時に出てきたんですけど、経験者いるから大丈夫ですって断ったのについて来て」
「そ、そんなアホな!」
教官いるなら緊張しながら見本なんか見せなくても良かったのでは?今更、恥ずかしくなってくる。
アーチェリー八節は射法八節のパクリですが、細かい点でいくつも違いがあります。
それぞれ検索してみると、イラストや動画で解説してくれているサイトがあります。
興味のある方はご覧になっていただけると、よりこの小説もイメージしやすくなるかと思います。