閑話 矢を作る話5(部品がない話)
アイハ:主人公、女性。現実で学生時代に洋弓・アーチェリーをやっていた経験がある。オハナシの都合で3人の内、最初に喋る事が多い。
サダ:主人公の仲間、男性。3人の中で色んなゲームに詳しく、戦闘指揮もする。オハナシの都合で2番目に喋る事が多い。
メハシ:主人公の仲間、男性。3人の中で現実の歴史に詳しく色々と考証したり、検証する役割がある。オハナシの都合で3番目に喋る事が多い。
シースルー・PO:閑話では初出。現在は牧畜ギルド、ホシノイクサに所属している。
ザギ・ヴァ:新キャラ。女性。弓道経験者で別のギルドで和弓タイプの弓を作っている。
「無事についたー」
「帰るまでは油断できねぇが、とりあえず市場についたのは良かったぜ」
「荷物も無事ですしね。木炭とか、そういうのは少し敵の矢が刺さっちゃっいましたけど」
「しっかし、マーケットギルドとは上手く考えたものね」
「ほかのゲームではヒャクパー存在しない仕組みだからなー」
「たしかにゲームではありえないですけど、色んな国で過去に実在したものですから。僕ももっと知識を使わないとですね」
マーケット集落というのは、このゲーム独特の存在。
良い特産品はある。でも自分たちの集落だけでは自給自足も難しい。
なんとか交易したい。でもアチコチ遠くまで行商するのは時間がかかって大変。
更に言えば欲しいものを(安く)仕入れたい、自分のギルドの物品を(高く)売りたい。
皆がそう思っていた。
そこで一部の商才あるプレイヤーがつくったギルドが、ここマーケット集落。ふつうのゲームには不要な存在かな。
必要は発明の母であるっていうけど、現実でもゲームでも商いの仕組みは色々あるらしい。
たとえば日本では四日市という地名のところは昔、月の4のつく日、4日14日24日に市場が開かれていたっていうのは学校で習ったことのある人もいるかもしれない。そういうのを真似て作ったのが今の仕組み。
ゲームの外のSNSや掲示板を使って、『皆で決まった日に商品を持ち寄ろうぜ!』って言い出して、『販売代行もするからログアウトも安心してできるよ。露店用品のレンタルするよ!』って色々とサービスを始めたわけだ。
MMOゲームによっては『取引所』というシステムがあって、そこに売りたい物を価格を提示した上で『出品』しておく、欲しい人は『購入』すれば自動でお金が払われてインベントリの中にアイテムが納品されるという仕組みもある。
けっこーリアル寄りのゲームでも採用されている仕組みなんだけど、現実より不便なことが多い中世風の剣と魔法ファンタジーゲームであるProduct&Gathering Onlineには存在しない。っていうかインベントリもアイテムボックスもトレード画面もない。
あと他のゲームに多いのが始まりの街に人が多くてプレイヤー間の取引が盛んというヤツ。名前は知らない。
ハァ。ちょっと思い出して憂鬱になった。始まりの街には悲しい思い出がある。
このゲームは『プレイヤーに開拓をしてほしいから召喚されている』みたいな設定がある。
で、私たちは始まりの街で召喚されて、自力でやっていける判断された後、追い出された。あとは勝手に開拓しろって言われたのだ。あれは衝撃だった。
自慢じゃないけど、ゲームの正式サービスが開始した後、一番乗りで『独立』してしまった。なので追い出されると知らなかったのだ。βテストとまったく違う展開に皆が衝撃を受けた。私たち以降は前情報があったけど、何も知らずに追い出された時は頭真っ白になった。
竜を倒しに行く○トの勇者なみの援助をしてくれた上に、戻ってきちゃダメって酷くない?
嫌な思い出については今は胸にしまっておこう。結果だけ見れば、逆境でも諦めないでサバイバルに必要なものを集めて、頑張ってきた成果もあった。
おかしな仕様のゲームではあるけど、市場とかをリアルに楽しめるのは好きだ。
普通に生きている私にとっては学園祭とかくらいでしか出店はやったことがない。テレビで見るヨーロッパの朝市とか、アジアのバザールとか、そういう雰囲気をゲームで楽しめる。
現実で観光できても、そこに出店なんて私にはムリだろうし。
ただ最近はいくつかあるマーケットギルドのどこも周辺の治安が悪くなってきている。
荷物を奪った上に売りさばく場所も近くにあるって盗賊からしたら良い環境だ。
今回もサダくんがいろいろ調べて安全度・信頼度が高いと思われるマーケットに参加したけど襲撃があった。
「こうすれば良かったというのは、今はいいわ。私らも盗賊ぽいのを撃退したからかな? 参加者は多いわね」
「盗賊は増えてるみたいだが、そもそもゲーム内で取引も増えてるんだろ」
「貧富の格差が拡大しているというか、じぶんたちで生産能力なくとも盗んできて売って成り上がろうとか、良くない頭の使い道ですよ。市場をつくった人たちに比べて」
「市場をつくるのが商売になるとはねー」
「人がたくさん集まれば、商売のタネはいくらでもあるからな。集める仕組みを作った奴が一番儲かるってわけだ」
「これが本当の『顧客の創造』ってやつですね」
「作ったのは市場よ?」
「いちばじゃあなくて、しじょうって事だろ」
「えぇっと。ドラッカーっていう偉人の言葉です」
「まあ、そんな昔の人はどうでもいいわ。2人は店番をお願いね」
「おう」
「昔の人ってほど、昔ではないんですが」
さて私は今回の市場で買う予定のものがある。その商談をしにいく。
今回は牧畜ギルドに行く。ゲームを始めた頃から付き合いのある人で、第1印象は悪かったけど、今は普通だ。悪い人ではないが口は悪いんだよね。
一応、マーケットギルドの担当の人に到着の挨拶をして、その道すがら知り合いに声をかけたり、声をかけられたりしながら、歩いて行く。お祭りの縁日とか、花火会場で出店がたくさん出ているような感じに近い。売ってるものは様々だけどね。
「あ! いたいた! おーい! シースルー!」
「ん? おおアイハか、ひさしぶりだな。あいかわらずか?」
「最悪のスタートに比べれば、いつだって最高よ」
「ったく! あん時の事を思い出させるんじゃねぇよ。クソだな。でも確かなクソにくらべれば、今はマシなクソだわな」
ちょっとシースルー・POと雑談をしながら、近況を聞いてみる。
「そういえば馬が見つかったって聞いたけど、干した馬草としてはどうするの?」
「あぁ、それなんだけどな。って! おい! うちはマグサじゃなくてイクサだ!」
「でも馬は取りに行くんでしょう?」
「おう。そうなんだよ。それで俺と少人数を残してギルマス達が遠征に行っちまってな〜」
「そういう意味じゃ私んとこは毎回、お出かけさせてくれるから恵まれているわ」
「そうか? 意外と少人数でギルドを回すってのも楽しいぜ。けど、今回は遠征先が遠すぎるんだよな」
「他のゲームで1か月ギルドにいないってなったら、引退だと思われてもおかしくはないよね」
「頭がいなくとも回るってのが理想ってな。けど、ぶっちゃけ、手が足りねぇ」
「うちも人数いないから手伝ってやるとは言えないけど、いつもより多く角は買うよ」
「やっぱ、その話になるよな。悪いんだが、大量販売も出来ないんだよ」
「は?」
「実はな、馬が見つかったことで牛は安くなるかもしれぇ。俺らも売り時だから、生きている牛を売るのは問題ねぇ。ってか、売りたい。けど捌いたり、角だけ売る手間がキツイんだよ。あと狩りもな」
シースルー・POは今はホシノイクサという名前のギルドに在籍している。干した秣とか通称される牧畜系のギルドだ。もともと野牛がいたような場所で放牧をしているギルド作っている。
私たちの所では牛の角、皮なんかを購入している。皮は様々な装備品にもなるが、角は矢の部品になる。矢筈という部品の材料だ。牛の角は生え変わらないため、死んだものから解体する訳だけど、それがないって事らしい。
「え〜。ちょっと困る」
「まあ、あれだ。ある分は売ってやるよ」
「う〜ん、ちょっと他のメンバーとも相談させて」
と返事していたら、待ったがかかる。
「その話、詳しく教えてくだされ」
このゲームには珍しい和装の作りの衣装に、和弓を肩にかけた黒髪ポニーテールの男装の麗人って感じの小柄な女性が声をかけてくる。
「ヴァさん、こんにちわー」
と挨拶する。
「待て! アイハ殿、その呼称は好かん。ザギ・ヴァ、またはザギと呼んでくだされ」
「あんたらも来てたのかよ。弱ったな。ザギ・ヴァもアイハも角が目当てだろ」
シースルー・POが唸る。
ザギ・ヴァさんは、私たちよりゲームを始めた時期は遅い。けど最近、勢力をひろげているギルドだ。日本の戦国時代や江戸時代の事が好きな人たちが集まっている。色んなモノ造りの仕様がリアル寄りのゲームのため、そういった時代にリアルに使われていた道具類をゲーム内で作っている。
他人の事は言えないけど、ちょっと古風な物を愛する人たちだ。
あとザギ・ヴァさんは口調からして演技している。
「矢筈の材料にする角が少ないと聞いて。急いで駆けつけたのです。アイハ殿、悪いが我らにも角は買わせていただきたいのです。買い占めなどは人として恥ずべき行いだと思もいませんか?」
ザギ・ヴァさんが頼んでくる。
「うーん、別に恥ずかしいかどうかは分かんないけど、先に来ていたんだから私が買うのは問題ないんでしょう?」
とりあえず私が確認すると、逆にシースルー・POが聞いてくる。
「とりあえず、今あるのは角が3本だな。2対4本しかなかった上に1本はすでに売れている。どうする?」
「じゃあ、1本と半分にする? でも正直3本あっても足りないのよね。ザギ・ヴァさんは1本でいい?」
「ぬぬ? そんなに品薄なんですか。我らも1本どころか3本でも困るのです。なんとかなりませぬか?」
「俺らとしちゃあ、どっちもお得意様だしな。恨みっこなしで頼むぜ」
困ったなぁ。こういう時は何かと押しが強いサダくんや、天然な感じで美味しいところを持っていくメハシくんか、どっちかがいると助かるんだけど。うまく平等に分けられないかな。
たぶんザギ・ヴァさんも同じだが、半分というのは平等な分け方だけど、双方にやりづらいのだ。素材として使うからにはなるべく大きな1本物が欲しい。半分に割ると使えない端材が増えてしまう。
「アイハ殿、ここは1つ提案がございます。恨みっこなしといえば古来、じゃんけんで決める伝統がございます。ですが我ら互いに弓矢の腕を腕を磨く者。じゃんけんでは面白みがございません。投げ矢で決めませぬか?」
「う〜ん、じゃあ、そうする? とりあえず1本づつは買うとして、ラスト1本の購入権はそれで。あと一応、ギルメンに確認とらせて。矢も取ってくるから」
投げ矢、矢投げともいうけど、ようするにダーツだ。何を的にするかとか、投げる距離とかは適当にその場で決めるんだけど、実際に使う矢を投げて遊ぶ。
じゃんけんとか、コイントスとか同じようなちょっとしたお遊びだ。正直、弓矢の腕とは全く関係ない。
という訳で、サダくんとメハシくんに事情を話した後、矢投げ対決用に1本の矢を持ってくる。
「それではルールを確認いたしましょう。双方一投づつ自作の矢を投げる、距離は5メートル、目標物はあの円の中央に近い方としましょう」
私が矢を取りに行っている間にザギ・ヴァさんが地面に棒か何かで丸く円を描いてくれたようだ。
「うん。わかった。じゃ、先に投げるよ?」
「はい。繰り返しますが後から恨み言は聞きませんので、慎重に投げなされ」
かるくプレッシャーかけられるが、そこは流して普通に矢の後ろを持って、肘のスナップを利かせるように投げる。
山なりに放物線を描いて的となる円のギリギリ内側に刺さる。悪くはないが
「ちょっと久しぶりだったからかなー。微妙かも」
「フフ、アイハ殿、残念でしたな。我はこの勝負一切譲る気はございません。我の全力をもって勝たせてもらいます。アイハ殿が投げ矢勝負を挑んだ時点で勝ちは我に決まっていたのです」
「え? 別に挑んでないよ」
とツッコミを入れるが、彼女のセリフは止まらない。
「こんなこともあろうかと開発しておいた近距離用投げ矢の威力、とくとご覧あれ!」
って言いながら、通常の矢よりかなり短い40センチほどの矢を、まるで居合抜きのようなフォームでシュバッと投げる。
「えぇ!!! そんなんあり?」
後出しでソレは狡いと思ったけど、見事に円の真ん中に突き刺さる。
「我ながら素晴らしい! 江戸時代に開発されたという室内戦闘用の護身術を応用して作った、この投げ矢! 我の自信作です」
「ザギ・ヴァさん! ちょっとルール違反じゃない? 専用の矢なんて?」
「何をおっしゃる? ちゃんと自作の矢を使って投げ矢対決をすると確認したでございましょう。矢投げ用のものを使ってはいけないとは言っておりません」
「そうだけど!」
「そういう訳で、これは我のものです」
「そんなアホな!」
それで角は1本しか買えなかった。
矢筈の話
矢筈とは矢の一番後ろの部分。弦のところにはめる部品。狙ってる時にズレたりしないでピッタリくっつく、さらに発射時スムーズに弦から離れる事が求められる。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




