閑話 矢を作る話1
登場人物
アイハ:主人公、女性。現実で学生時代に洋弓・アーチェリーをやっていた経験がある。特に指定がない場合はオハナシの都合で3人の内、最初に喋る。
サダ:主人公の仲間、男性。3人の中で色んなゲームに詳しく、戦闘指揮もする。特に指定がない場合はオハナシの都合で3人の内2番目に喋る。
メハシ:主人公の仲間、男性。3人の中で現実の歴史に詳しく色々と考証したり、検証する役割がある。特に指定がない場合はオハナシの都合で最後に喋る。
「1本の矢なら折れても、3本の矢なら大丈夫って嘘なんだって」
「あー?戦国武将の話か?そりゃあ、木だろうしな」
「これだけ手間かけて作ったのが折られるのは泣けますね」
「でも鉄で作れば折れはしないよね!怪力で曲がるかもだけど」
「なんだそりゃ、三人兄弟の例え話じゃなく、3匹の子ブタか?」
「子ブタでしたら、レンガの家ですよ。さすがにレンガの矢は・・・作れるかも?」
「レンガとか実用性がないから、やめてよね」
「いや、意外と良いセン行くか・・・行かないな〜」
「発射の衝撃を受けた時に割れちゃいそうですもんね」
「3本あれば命中させられるっていう話なら、折れないより納得よね」
「まあなー。俺らの売っている矢も、そういう安定性でウレスジ商品になったしな」
「すぐに他に真似されちゃいましたけどね」
矢を回す。
矢が真っ直ぐになっているか、確認していく。
目では見えないような歪みが出来ていることもある。目視だけでは分からないようなブレも、この方法なら分かる。
中指と親指で矢をもって、鏃を手のひらで受けて、弾く。すると矢がコマのようにクルクルと手のひらのうえで回る。
心の中で5秒数える。
縦軸がぶれないように上手く手のひらの上にとどまっているか見ながら矢を回す。慣れるまで、ちょっとしたコツを掴むまでは時間がかかるが、これが出来ないと不良品の矢を使い続けることになる。
鉄の矢、クロスボウ用の約40センチのボルト、太さは2センチほど。新製品として売り出す今回の目玉だ。主な用途は動物狩り目的だ。破壊力は必要じゃないから、鉄と言っても、中空になっているので重くはない。材料費も抑えられる、こまかい理屈は省くけどクロスボウ用のボルトは弓矢と違いオーダーメイド部分が少ないので、量産しやすいのも値段に反映されている。
けど、そうすると木製の弓矢とは別の問題が発生する。繰り返し使っていたり、初期不良だったり、いろいろな理由で矢が曲がることがある。矢が飛んで行く時に軌道が曲がるわけでなく、矢自体の軸が曲がっていることがある。的を外す原因のひとつだから、面倒だけど、確認していく。
出荷するクロスボウの矢、ボルトの最終確認作業をしながら、同じギルドのメンバーと雑談する。単純作業でも、だれかと一緒にやれば飽きずに出来る。
品質が安定していない矢だと1本目と2本目で同じように射っても、同じように飛ぶとは限らない。木製の矢でもそういう問題がゲームの仕様として実装されていることに気づき、私たちのギルドでは矢の品質を安定させて売り出した。最初は馬鹿売れしたんだけどスグに他も真似してしまい、ウレスジとまではいかなくなった。
とはいえ、良いものを作るという信頼は周りから得られたという意味はあったと人は言うけどね。
「これが全部、うれるかな?ちょっと作りすぎたんじゃない?」
「完売すれば、収益率は大幅アップなんだがな」
「単価は今までのクロスボウボルトより安くなってますし、普通の矢と違って個人用に調整がいりませんから、在庫にしても、廃棄にはならないでしょう。あとで目標販売数、計算しておきますよ」
「うぇ!それ、さきに計算してから、作成数決めるんじゃないの?」
「・・・目標きめ?」
「いやー、すみません。改良案うかんだら、テンションあがちゃって」
「まぁ、需要はあるだろうけど、売れなかったらどうしよう。借金だらけにならない?」
「そこは大丈夫だ。今季は無借金経営だよ」
「狩人さんはたくさんいますから。焦らずいきましょうよ」
ゲームの世界とは言え、狩猟で得る肉は大事だ。このゲームは衣食住とお金の確保に手間がかかりすぎる。レベルアップとか、そういうゲーム的な楽しみより時間がかかる、そういうゲームぽくないゲームをやっている。Product&Gathering Online、まったく面倒なゲームだ。
「これはダメか」
矢がまっすぐになっていないとコマのように回らない、5秒以上まわらない矢は不良品として、一旦別にしておく。
あと回した感覚もなんか違う。けど何か気持ち悪い感じがするんだけど、さすがに説明しにくい。キレイに勢い良く回るコマは静止してるようにみえるけど、キレイに回らない感じだ。
もったいないが、今回は売り物を選別しているので下手なものは混じる訳にはいかない。
「なんか簡単に儲ける話はないかなぁ。現実ではムリでもゲームなんだし、何かないかなぁ」
私はアイハという名前で、このゲームProduct&Gathering Onlineをやっている。色々と開拓をしたり、物を自作したり、交易を楽しむゲームだ。
が、変なところでリアルになっている仕様のせいで、プレイヤーは苦労している。
何とか金持ちになりたいなとぼやくと仲間からたしなめられる。
「簡単に儲かるものはすぐに他にマネされるからな。むりだろ」
と、仲間の中でツッコミ役、サダくんが言う。
「著作権とか、特許とか、そういうのはさすがにゲームですしね。リア・・・」
天然ボケだけど知識はあるメハシくんが禁止ワードを言いかけた所で私とサダくんが全力で止める。
「それ以上、言っちゃダメ!」「危険なこと言うな!」
「そ、そうでした。あぶない、あぶない」
このゲームの中で禁句というか、言っちゃいけないとされている言葉がある。『リアルとは違う』『リアリティに欠ける』とかだ。このゲームの運営は頭がオカシイので、ゲームに対するレビューや感想で、現実は違うことを指摘されるとモノスゴイ勢いで修正される。
たとえば鍛冶の作業で実際には鉄をハンマーで打つ回数が、そんなに多くないというリアル鉄工所勤務ぽい人に言われて修正されたことがある。おかげで鉄を打つ回数が減って作業が楽になるかと思いきや、金属を炉から取り出した後の冷える速度が現実に近づき鍛冶プレイヤーの苦労が増したと言われる。
「こんなに短時間で成型するゲーム初めてだよ!」
と皆、言いながら大急ぎでハンマー振る。そうしないと周辺部がすぐに冷えてしまうのだ。ガラス製品なども制作難易度が上がり、皆が困ったのだ。
まあ、運営もプレイヤーの会話のログなど見ていないとは思うが、全プレイヤーが禁句としているのだ『非現実的だ』という言葉は。
そういったリアリティのあるゲームなので現実って同じくお金がたくさんあって困ることはない。いや、お金があって困る事はあるかもしれないが、私は金欠で困ることのほうが多い。
こうして私、アイハはゲーム内職業『弓削師』として色んな弓矢を作ってお金を得ている。
え?手に入ったお金は何に使うかって?そりゃあ、もっとカッコよい弓矢を作る設備を・・・
「金が入ったら、美人NPC雇おうぜ!」
「いいえ!今度こそ実験や検証のために精密計測器具を買いましょう!」
「何言ってるの!貴重な火の鳥のイシウチ羽を買うのよ!それで矢羽を!」
「そんな無駄つかいだめに決まってるだろ!」「それ、もったいなくて実戦で使わないやつですよね」
と2人に一瞬で却下されました。
「そ、そんなアホな!カッコよいじゃん!火の鳥ハネ欲しぃ!」




