1話
『弓を引く』は間違った表現だ。少なくとも私はそう思う。
私はゲームが好きだ。RPGが特に好きだ。剣と魔法の世界で冒険するのに憧れる。でも弓の扱われ方は変だと思う。
洋弓、和弓に関わらず弓は引くという表現をされる。けど、弓矢を実際に引いたことのある人なら弦を引く右手より、一見何もしてないように見える左手の大切さを知らない人はいないだろう。
銃で言えば左手は銃弾が通る銃身の役割もはたす。銃口がふらついていれば、当然狙いはつけられない。だから右手で弦を引く力より、左手で強く弓を支えないと「引けない」。実際、アーチェリーや弓道を習う時に左手は前に押せと教わることが多い。弓は力強い人のほうが、きちんと的に当たる。
これは実際にやってみないと分からないことだからほとんどの人は知らない。ゲームを作る人も弓を引いている映像や写真をきちんと調べてくれるのだろう。いわゆる弓道八節のように体を動かしたり、アーチェリーのスタビライザーといった道具類もきちんと描かれているゲームは増えた。
私は競技アーチェリーをやっていたから、「ちゃんとしてる」ゲームのほうが好きだ。ただゲームにはゲームの都合がある。
たいていのゲームでは弓は剣や槍といった武器より攻撃力が低いし、筋力や体力が低くても扱える。この辺はゲームバランスを考えれば当然かもしれない。ただ器用さが高くなると弓の威力が上がったり、矢が飛ぶ速度が上がるのはちょっと変だと思う。そして矢を2本、3本いっぺんに射ったり、矢がホーミングするのはスキル(技術)じゃなく魔法だと思う。
とはいえ、細かいこと言い出したらゲームは楽しめない。ジャンケンでパーがグーより強いのはジャンケンの都合であって、現実の石と紙に優劣も勝敗もない。だから、ちょっとだけモヤモヤしてもゲームはゲームとして楽しんでいた。
だけどモヤモヤしたものは胸のうちに確かにあって、出口を求めていた。
「姉ちゃん、さいきんアッシャーさんの実況動画みた?」
弟のマサシはこの頃、動画共有サイトにはまっている。いくつか私も弟と一緒に観たのだが、そのなかでアッシャーさんという人が館脱出ホラーゲームの実況をしている動画を面白がっていたのを覚えていたらしい。
「あんまり見てないけど、なんかあったの?」
聞いてみたら、
「うん、最新ので弓も使ってたから、興味あるんじゃない?」
と聞き返された。
「えー、脱出ゲームで弓はどうせびみょーじゃない?」
「いや、ちがうんだよ、新しいのは別のゲーム。つか今はスポンサーついて、その会社の宣伝兼ねてクローズドβ《ベータ》の実況やってるみたい。」
「へー、こんどのはどんな館から脱出するの?」
「だから脱出ゲームじゃないんだって。村作りゲーム?ものづくりゲーム?で自分で武器とか作って、冒険して、村を発展させるんだと。」
「で、村から逃げ出すと」
「ちがーう!脱出から離れて!ってか発展したら逃げるとか意味不明だから」
弟とかるくじゃれ合いつつ、その新作ゲームのことを聞いてみた。オンラインゲームで開発元いわく新感覚!ストラテジーゲームでありながらRPG!!なのだそうだ。
最近のゲーム、ここ2年位のゲームやテレビは3Dで楽しむものが多い。特にゲームはVRゲームといって自分自身がゲームの世界に入り込み五感をある程度再現された世界で遊ぶのが主流だ。しかし仮想とはいえ自分の体を使うゲームは攻略が難しい。今のように多人数で協力するようなゲームや、一人用でもストーリーが分岐してマルチエンディングするようなゲームだと、他の人のプレイ動画は視聴数を稼ぎやすい人気コンテンツだ。
ストラテジーとは和訳すると戦略のことらしい。同じストラテジーゲームでも色んな種類があるが、このPGOというゲームの場合は架空の惑星「サイフィク」で最初にギルドをつくり、お金を稼いで開拓村をつくり、村を発展させるゲームなんだそうな。
そこでアッシャーさんが「開拓といえば『斧!』」とか、「開拓といえば『くわ!』」とか言いながら遊んでるらしい。そのなかで弓も出てくるのだが、矢が当たらないので視聴者にどうすれば当たるのか助言を求む!という所で最新の動画が終わったらしい。弟のマサシはアーチェリーも弓道もやっていないので、私にも観てほしかったらしい。
それで夕食後、弟と一緒に3Dで動画をみてみた。結論から言うと助言のしようがなかった。アーチェリーと弓道はびっくりするくらい似ているところもあるが、違うものだ。アッシャーさんの弓は弓道の弓に近かった。そして弓道経験者からのアドバイスがたくさんコメントされていた。
細かいものはいろいろとあるが一番は
「弓返りできなきゃまっすぐ飛ばない」
というものだった。弓返りは言葉では説明しにくいが、現代弓道には必須の技能で矢をリリースした後に弓がクルッと回ることといえば伝わるだろうか?
「うーん。アドバイスしようがない。」
と私がぼやくと弟も、
「そうだね〜。こんなに弓道経験者ってたくさんいるんだね」と苦笑していた。
次の日、
「姉ちゃん、ヤバい!アッシャーさんの動画炎上中!」と帰宅するなりマサシが叫ぶ。
仕事で疲れていたが
「弓でも壊したの?」
と聞くと
「それが、よく分かんないんだけど、アドバイス通りにやってるみたいなんだけど、ぜんぜん当たらなくなって、最後に弓が壊れたとこで、斧に戻したら弓厨の人が怒ったみたいで」
「弓厨?」
弓にこだわりが強い人をそう呼ぶらしい。
それで問題の動画を観てみたが、荒れてはいるが炎上というほどでもない、せいぜいプチ炎上というくらいだ。
たぶん、本格的に怒っている人は多くて2〜3人だ。アッシャーさんが弓厨というか弓道愛好家を怒らせたのは、2つ原因がある。弓を弓道のものから洋弓に変えたこと、にも関わらず弓道の弓返りをやっていたことだ。アッシャーさんに悪意はなく、ちょっと高い武器に買い換えることで、命中率を高めようとしたのだ。さらにアドバイス通りに弓返りをやることで動画を応援してくれるファンに応えようとしたらしい。
しかし洋弓は弓返りをするように出来ていない。それを無理矢理することでゲーム内でシステム的に武器に負荷をかけていると判断された。で、武器の耐久度が減り、弓は壊れる、アッシャーさんは支出を回収する前に武器が壊れたので、以前に使っていた斧を使うことにした。
けど、弓道愛好家、弓厨からすると和弓から洋弓にのりかえて、弓を壊すような扱いをした上に斧に日和った極悪人ということになるらしい。
アッシャーさんに悪いが斧を使うなら私には分かることはない。まぁ弟には悪いがプチ炎上に対して出来ることもない。下手に擁護しても、疲れるだけだ。
それよりも、だ。
「私、これやってみたいかも」
「炎上させにいくってこと?姉ちゃん炎上商法は感心できないよ。」と弟。
「そんなわけないでしょ!このゲームよ。弓をここまできちんと扱ってるなんて、すごいじゃない!」
今時のVRゲームでは変な射型でもシステムの補助があれば当たる。『弓の習熟度がたかい」』『DEX(器用さ)が高い』から、いいかげんに射っても当たるゲームも多い。でも弓は、特に洋弓は、理屈と理論の塊だ。いいかげんにうてば、矢は当たらない。
逆にいえば当たるように射てば必ず答えてくれる。
『現実とゲームは違う。現実にはありえない、それでも楽しければ良い。』ほとんどの人にとってはそうだろう。私も弓以外のことはそうだ。けど、このゲーム開発者は、そう思ってないんだ。紙で石を壊せないから、パーがグーに勝つのはおかしいと言い張るのは狂人だ。
だって、そうでしょう。弓のフォームを知らないと当たらないなんて、そんな仕様にしたら、楽しめない人がほとんだ。大多数はクソ運営!と思うだろう。
和弓と洋弓のちがいは、それぞれの経験者でも知らない人は多いだろう。和弓にかんしては私も人に教えることは出来はしない。その違いをシステムに反映しても、まさに誰得?と私でも思っちゃう。
でも狂人が作ったゲームは、きっと楽しい。きっと、なんでこんなアホみたいな仕様にしたんだ!とか、開発者はバカなの?と叫ぶことはたくさんあるだろうけど、きっとそれが楽しい。
「だから、私はこのゲームをやるのだ!このProduct&Gathering Onlineをやるのだ!マサシ、ダウンロードして!!」
「まだβテストだから出来ないよ」
「そ、そんなアホな!」
初投稿、処女作です。筆者がアーチェリーをやっていたので弓が活躍する小説を読んでいて、自分も書きたくなりました。主人公はゲームの弓について不満に思っていますが自分はそうでもないです。アニメやイラストにはよく苦笑いしてますが。
ただ他の小説では描写されない、弓矢の細かいことについて書いていければと思っています。
さて、ここまで読んでくださりありがとうございます。
また読者様の中で『後書きにブックマークよろしくお願いします!』って言ってる作者いるけど、意味分かんない?って方がいましたら、恐れ入りますがページ上部に『辻屋』って書いてあるリンクが有るかと思います。
そこでプロフィール欄をご一読くだされば幸いです。