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勇者物語

作者: 篁 昴流

 俺、ディオ・マクガバン(15)の1日は、極めて平凡な朝から始まり、極めて平凡な夜に終わっていく、筈だった。

 しかし、俺はこの時人生の崖っぷちに立っていたのだ。


 15歳にもなれば基本的に仕事を持つのが当たり前なこの国で、俺は就職活動に失敗し、無職生活を続けていた。

 別に学校の成績が悪かったとか、面接が大の苦手だとかいう訳じゃない。

 むしろ、俺は成績はすこぶる良かった。高等学問の最高峰、アカデミーを目指していたぐらいだ。

 いざという時のハッタリもお手の物。

 ただ俺は・・・死ぬほど運が悪かったんだよ。

 

 そもそもの始まりは、アカデミー入学試験の日に、急性盲腸炎で緊急入院したことだった。

 進学の道が閉ざされ、慌てて始めた就職活動も、何故か俺の行くところ行くところ、その道の天才かと思えるようなヤツが今年に限って続出し、ことごとく不合格となって行った。

 働かざるもの食うべからず、がモットーのこの国で、就職が決まらない者は後ろ指さされる道を行く事になる。

 それだけは、絶対にイヤだったんだ。



 そして俺は、今日受けた就職試験の結果を待っていた。

 そして、この試験、まず受かっているだろうと俺は確信している。

 なぜなら、俺が今回受けた試験は「勇者試験」。

 名の通り、合格者はもれなく勇者になれる試験だ。


 勇者と言えば聞こえはいいが、その実態は、毎期毎期、合格者の死亡率が平均98%という超不人気かつハイリスクな職だ。

 死亡率が100%にならない理由は、死ぬ前に国外逃亡を図ったヤツや、運良く半年を生き延び後期の就職試験で転職に成功するヤツが僅かながらいるから、らしい。

 死亡率が高い分、待遇は良いこの職には、それまでに職にありつけず且つなんでも良いからとにかく仕事を、という受験者が、毎回必ず数名いる。

 もちろん俺もその1人な訳だが。

 

 ちなみに、何を隠そう、俺の伯父も何代か前の勇者だった。

 何度目かの任務で、木っ端微塵になってしまったらしいので、会ったことはないが。

 つまり、勇者になるということは、人生の不運を使い果たすほどの意味を持つ。

 ほぼ100%、死ぬからだ。


 受かりたい。でも、受かりたくない。

 そんな矛盾した事をグルグルと考えている間に、合格者が書かれた羊皮紙が掲示板に貼り出され、結果待ちをしていた面子に一気に緊張が走った。

 なかなか誰も結果を見に行こうとしない。

 きっと他のヤツらも、考えていることは俺と一緒なんだろう。

 だが、タダ飯食らいのレッテルを貼られるくらいなら勇者になろう、と決めたのは自分だ。

 俺は、意を決して、掲示板に近づき、そして、俺の名前がしっかり書かれているのを、確認したのだった。

 




「ただいま~、って、何やってんの?親父」

 帰ってみると、てっきり夕食の準備でもしているのだろうと思っていた親父は、テーブルの上にいくつも帳面を広げて数字とにらみ合っていた。

「何って、決まってるだろ。後期試験までお前を養っていくための準備だ。これから半年、お前にかかる分の生活費云々をしっかりとツケておかないとな」

 落ちてるって決め付けてるよ、このオッサン。

 まあ、これだけ落ちてりゃ仕方ないか。

「あー、その事なんだけどさー・・・受かったわ、就職試験・・・」

「なに!!? そーかそーか、ならいいんだ! で?何に受かったんだ?」

「・・・・・・勇者」

「・・・what? ワン・モア・プリーズ」

 一拍おいて、発音の悪い外来語を返してくる親父に蹴りをいれつつ、俺は、もう一度、

「だから、勇者試験に受かったんだよ」

 と言った。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

「母さん、私達の息子は・・・どうしてこうも運がなかったんだろうなぁ。でも、きっと天国でくらいは母さん孝行な息子になってくれると信じているよ。二人で私をまってておくれ」

「マテやゴルァ!!」

 確かに、死亡率ほぼ100%の仕事だけどよ!死ぬって決め付けんなよジジイ!!!

 なに死んだ母さんの写真向かって話しかけてんだよ、俺はもう死んだモン扱いか!?

「・・・ディオ」

 ポン、と俺の肩に手を置きながら親父は俺の瞳を真剣に見つめ、そして、

「一番高い生命保険に入るんだぞ」

 先に天国逝ってもらおうかな・・・・・・。


 採用当日、城の詰所で職業説明を受けに行った俺を待ち構えていたのは、くるくる巻き毛のモーツァルト頭のオッサンだった。

 聞けば勇者や戦士達を統合している城の国防機関の偉いさんらしいが、まあ勇者はチョット特殊な扱いになる筈だから、あまり気にする必要はないだろう。

「さて、ディオ・マクガバン殿。君は晴れて、第485代目勇者に選ばれたわけだが、どんな心境だね?」

「死にたくないです」

 間髪いれず即答する。

「正直で結構。では、さっそく本題に入ろうか。 数日前に、魔物の討伐隊がほぼ全滅状態で帰還してきたことは知っているね?」

「・・・はい」

 いやな予感がする・・・。

 まさか、この間まで、成績優秀かつ魔術が得意って以外は極めて一般的な少年だったこの俺に、いきなり初任務から、その魔物を倒して来いなどというんじゃないだろうな、このモーツァルト頭のオッサンは。

「そのとおり、森の魔物を討伐に行ってもらいたい」

「え!?」

「私の特技は読心術でね」

 先言え!

「これは失礼。しかし、魔術が得意なのだったら、無理に近づく必要もあるまい?これまでの勇者で魔術を専攻していた者は殆どいなかったから、また一風変わったデータ・・・もとい、歴史がつくられるであろう」

 なんだよ、データって・・・。

「ふむ、やはりこれまでと採用タイプを変更してみたのは良かったかもしれんな」

「あの・・・・・・?」

「では、ディオ殿。鎧や道具などはこちらで用意する故、部屋でしばし待たれよ。準備ができ次第、出発してもらおう」

「は!?あの・・・俺一人で!? しかも、今日?これからすぐにですか!?」

「何か不都合でもあるのかね?勇者殿?」

 勇者、というところに強くアクセントを置いた、イヤミったらしい言い方でモーツァルト頭は俺をチラリと見た。

「いえ・・・何も」

 15年か・・・短い人生だったな・・・俺。

 母さん、親父の言ったとおり俺、もうすぐソッチに行くことになりそうだよ。

「まあ、一人で行けというほどコチラも鬼ではない。供を一人つける故、是非とも頑張ってくれたまえ。君の前任は、一回目の任務で死んでしまったからねぇ」

 それは知ってる。

 というか、前任どころか、3代遡っても全員初任務で死んでるはずだ。

 ただ、4代前の勇者が、珍しく後期試験まで生き延びて転職に成功しているけれど。


「・・・・・・その、供ってのはどんな人ですか・・・?」

 これくらいは聞いておいても良いだろう。

 それ次第で、覚悟の入れ方がまた変わってくるというものだ。

「そうだな・・。君は魔術タイプ・・・なら、やはり剣士タイプがよかろうな。肝心の魔物を倒す前に、MPを無駄に消費してしまうのはマズイ。・・・ふむ、よろしい。スペンサーをつけよう。まだ若く、チョット変わった性格をしておるが、腕は確かな剣士。そろそろ前線に出ても良い頃だ」

 剣士タイプか、まあ、バランス的にはいいと思うんだが、でも、変わった性格ってのが気になる・・・。

 これまでの経験からして、この感じがしたときは大概ロクなことになったためしがないんだよな。



 数時間後、スペンサーと対面した俺は、変わった性格、という意味をその身を持って知る事となった。

「はじめましてぇー、今回からディオ殿とタッグを組むことになった、スペンサー・スプライトと申しまーす。これでも、正真正銘のオンナですから、そこんとこよろしくー」

 スペンサーを待っているよう言われ、こざっぱりとした部屋に放り込まれてほんの数分後、突然、マッチョな男らしい体型をしたとても女らしい性格をしたオネェ言葉の大女が、こんな台詞とともに部屋へと乱入してきた。

 そして、その見た目を裏切らない馬鹿力で、俺を力いっぱい抱きしめたのだ。

 ミシッ!

 と俺の背骨がきしむ音がした。

 このままだと骨が折れる!

「タ・・・タス・・ケテ、ギブアップ・・・」

 詰まる息をこらえながら、それだけをなんとか搾り出しながら伝えると、

「あら、ごめんなさぁーい。これでも手加減したつもりだったんだけどー」

 あれでかよ!

 おもわず突っ込みを入れそうになったが、肺がそれ以上に酸素を求めていたため、声になることはなかったが、涙目になりながらスペンサーを睨み付けるとこには成功した。

「まぁ、誰にでも間違いはあるってことで、許してネ」

 モーツァルト頭め、今度会ったら人事の変更要請を突きつけてやる。

 いや、それ以前に、俺、こんなのと一緒で生きて帰ってこれるのかな・・・。



「うらぁぁぁぁぁ!」

 ズブッ、と剣が怪物の体に食い込む音がし、そのまま胴体が真っ二つに裂ける。

 その次の瞬間には、もう一匹の怪物の首と胴が離れていた。

「・・・ムチャクチャ強えぇ・・・」

 スペンサーの剣の腕は、モーツァルト頭の言っていた通り確かなもので、森に入ってからどんどん出てくる怪物どもを、一人でなぎ倒していく。

 つーか、これだったら俺が魔物を退治しなくても、こいつ一人で十分だったんじゃないのか?

 そもそもコイツが勇者のほうがピッタリくるんじゃ・・・。

「ディオ、何やってんのよぅー?早く行きましょうー、魔物の住処はもうすぐよぅ」

「あ、ああ・・・そうだな」

 まるでピクニックに来ているようなノリのスペンサーだが、その姿は、怪物どもの体液ですでにベトベト。

 しかも、剣を振るっている間は、まるで人が変わったかのように勇ましい。あの言葉遣いが嘘のようだ。

「ん?」

「どうしたのぅ?いきなり変な声だして」

「しっ」

 森の中に流れる、空気の気流が変わったのを敏感に感じ取った俺は、魔物が予想より近くにいる事を確信し、スペンサーを止めた。

「くるぞ」

「・・・ええ」

 スペンサーにもその緊張が伝わったのか、再び剣の柄に手をかける。

 どこだ・・・前か、後ろか・・・右か左か。

「ディオ!」

 スペンサーが指す方向を見ると、黒いデカイ何かが、こちらへ向かってかなりのスピードで走ってくるのが見えた。

「おいでなすったか」

「まずはアタシが!」

 うん、任せた。

 とは、声には出さないまでも、俺はスペンサーから数歩後ろに下がる。

 黒い影が飛び掛ってくるとともに、スペンサーは剣を閃かせその影に切りかかった。

「オルァアアアア!!」

 剣が影を引き裂く、かのように思えたが、スペンサーの剣はなんの手ごたえもなく空を切ったようだった。

「な・・・なによぅ、コイツ」

「実態がないのか? なら」

 “大気よ刃となれ!”

 カマイタチを影の周りに放つ。

「キャウゥゥゥゥン!!!」

「あ?」

「なぁにぃ?今の声?」

 カマイタチが影に命中すると、甲高い叫び声とも鳴き声ともつかない声がその場に響いた。

 そう、たとえるなら、石をぶつけられた野良犬のような声だ。

「・・・スペンサー、その剣ちょっと貸してくれ。そして耳をふさいでてくれ」

「え?・・・まぁいいけど」

 俺は、スペンサーが耳をふさぐのを確認すると、そのまま剣を大きく振りかぶり、それで空気を切り裂くとともに、振動を増幅させる魔術を使った。

  キィィィィィィィ!!!

 その瞬間、黒板を爪で思い切り引っかいたような、不快音がその場に響き渡った。

「ギャゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!」

 長い絶叫がその影から発せられ、叫び声が止んだとともに、黒い影が、ポト、と倒れるのが見えた。

「よし・・・スペンサー大丈夫か?」

「ええ・・・・なんとかね。でも、せめて何があるのか言ってほしかったわぁ」

「それより、影の正体を拝もうぜ」

「あ、そうね。 それより、アナタやるじゃないー。討伐隊を全滅寸前まで追いやった魔物をあっというまにノックダウンさせちゃうんだからぁ。さすがは勇者ねぇ」

 歩きながら、スペンサーが俺をほめるのだが、正直俺は、本当にこんな簡単に倒れたようなヤツが例の魔物なのかと疑惑の念でいっぱいだった。

「この辺に落ちたよな、たしか」

「ええ・・・・・・あら?・・・チョット!もしかしてコレじゃない!?」

「ん・・・・・・・・・・・・・・こ、こいつは・・・」

「ええ・・・」

「「狗~!!?」」

 そう、そこに倒れていたのは、幻術や低級魔術を得意とする魔物、狗、だったのである。

「・・・まさか、コイツが?」

「討伐隊をやったのも、この狗なのかしらぁ。 チョットあんた、起きなさい!」

 バシッ、とスペンサーが狗の頭を引っぱたく。

 おいおい、アンタの馬鹿力でぶったたいたら、起きるどころか余計に・・・。

「ん・・・アレ・・・・・・・・・オイラ・・・」

 起きたよ・・・。

「おい、お前。チョット聞きたい事がある」

「え・・・?!」

 狗がこっちに気づくと、スペンサーを見て、そのまま固った。

 まあ、無理もないが。

 今は固まったコイツに付き合っている場合じゃない。

「前からこの森に出ると言われてた魔物はお前か? 討伐隊がやってきただろう!?そいつらを倒したのもお前なのか?」

「え・・・あ、この前大勢でオイラをいじめにきた人達の事? だって・・・オイラは遊ぼうとしただけなんだよ!なのに・・・オイラを殺そうとするから・・・オイラ・・・」

 うるうるとその瞳に涙をうかべながらそう言う狗に、どうしたもんかとため息をつきながらスペンサーを見ると、スペンサーまでが今にも泣き出しそうな顔になっていた。

「しゃべれるのにどうして襲ったりするんだよ、素直に言えばいいじゃないか?」

「だって・・・だってオイラ・・・」

「ん?」

「シャイで繊細な恥ずかしがりやなんだい!」

 ・・・・・・殺す。

「チョット待ちなさいよぅ、アンタなに剣構えてんの!?」

 狗に向かって剣の切っ先を突きつけた俺に、スペンサーがすかさず反応した。

「何って、コイツを倒すのがそもそもの任務だろ?」

「こーんな可愛いコを殺す気ぃ!?」

「いや・・・だって・・・」

「分かった。 このコは、アタシが預かるわ!」

「はぁ!?」

「モシャトさまには、跡形もなく燃やし尽くしたとでも報告しましょう!というわけで、この辺焼いちゃって。やらなきゃまた熱い抱擁が待ってるわよぅ!?」

 モーツァルト頭の名前は、モシャトと言うのか。

 と、今更ながらに思いながら俺は、とりあえずスペンサーの魔の手から逃れるために、火加減に気をつけつつも周辺を跡形もなく焼き払った。

 とにかく、今回の任務はコレで終了だろう。

 すこしは俺にも運が回ってきたんだろうか・・・。どうやら俺は、命を1個繋ぐことができたようだ。



「いやいや、よくやった2人とも。ディオ殿もやるではないか。コレからも勇者として相応しい活躍を期待しておるぞ」

 真実半分、嘘半分の報告を済ませた俺とスペンサーは、モーツァルト頭・・・もといモシャト国防監査室長(よくわからんが偉そうな肩書きをもっていたんだな)から言葉をもらい、退室した。

「は~~~、なんていい加減なんだ・・・」

「こんなものよぅ。でも、アタシ達の相性はバッチリだったわね!これからもよろしく頼むわよぉ」

 バシバシとその馬鹿力で俺の背中をぶったたくと、スペンサーはうきうきと自分の部屋へと戻っていった。

 やはり、人事異動の申し立てをしたほうがよさそうだ・・・。




 結局、あの狗はスペンサーの使い魔になり、俺はまだ生きて勇者を続けている。

 だが、俺の運の悪さは消えたわけではないみたいだ。(何せ、スペンサーとのタッグは解消される見込みは全く無いのだから)

 俺は後期の就職試験でも、受かることはなく勇者続行となり、スペンサーの狗のことがバレてペナルティとしてとんでもない任務に行かさせられることになるのだが、それはまた、別の話し。

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