愛犬家になろう!
男は愛犬家が嫌いだった。
うっかり外国で食べた犬料理が美味しかったと言ってしまった。
それからテレビやネットで鬼や悪魔、
犬を家族と称する人種からは殺人鬼だと罵られた。
そのため、テレビの仕事はまったく無くなってしまった。
そういうやつらは彼がテレビに出ると、
直ぐにスポンサーにクレームを入れるからだった。
男は、ひざの上でスヤスヤと眠る子犬の頭をなでた。
男は犬好きだった。
しかし、家族のように扱うことはせず、
あくまでペットとして飼っていた。
「俺が殺人鬼なら、お前らは人身売買だろう」
男は天井を見上げ、つぶやいた。
「犬が家族なら、ペットショップで買ってくるなよ」
男が飼っている犬は捨て犬だった。
知り合いの探偵から泣きつかれ、譲り受けていた。
その探偵は、近所の小学生の女の子が拾った子犬の飼い主をほうぼう探していた。
ようやく男にたどり着き、頼み込んだのだった。
「日本に愛犬家は3万人もいない」
さきら天悟のショートショート『統計学』の引用だ。
(代表作『愛と死のせつな』税込648円。)
やつらは愛犬家と称しても、保健所で殺される、たった3万匹の犬を助けられないのだった。
「愛犬家すべてに復讐してやる」
男は叫び、歯を食いしばった。
「まず、やつらからだ」
男はテレビで自分のことをなじったタレント連中を思い浮かべた。
でも、復讐の方法は思い浮かばなかった。
しかし、あの探偵の顔が浮かんだ。
男は電話を手に取った。
『名探偵藤崎誠事務所です』
男は事情を話し、復讐を依頼した。
探偵は間を置かずに答えた。
『名探偵にお任せあれ』
2年が経った。
男のバッシングは無くなっていた。
それもそのはずで、男の存在は世間から忘れ去られていた。
男は電話を取った。
『名探偵藤崎誠です』
「なんの用だ」
男は2年間連絡がなかった藤崎に苛立って答えた。
『すみません。また、子犬を飼って欲しいんです』
「なんだって?こっちの依頼を果たしてないのに」
『すみません。
今ペットブームなのにぜんぜん捨て犬を貰ってくれる人がいなくて。
ダメですか』
う~ん、男は探偵に聞こえるように唸った。
『やっぱり、ダメですか。
あなたがダメならもう保健所に行くしかなんですけど』
「しょうがないなあ。
今度だけだぞ」
『あなたは最高の愛犬家です』
そう言って探偵は電話を切った。
男は少しムッとした。
愛犬家、という言葉が好きではなかった。
それから三日経った。
「こちら、○○市保健所です。
あなたを愛犬家第1号として認定します」
突然の電話で男は事情が飲み込めなかった。
でも、男が住む市の保健所からだと分かった。
事情を聞くと、4月1日から保健所に捕獲されている犬を
引き取ると『愛犬家』の称号を貰えるというものだった。
確かに探偵から電話を貰ったのは4月1日の9時ごろだった。
男は探偵に電話した。
『名探偵藤崎誠事務所です』
「どういうことだ?
依頼はどうした?」
『名探偵にお任せあれ。
依頼は果たしました。
2、3日後に分かるでしょう』
このニュースはテレビで大々的報道された。
愛犬家のタレントたちはいろいろな番組に呼ばれ、
「大変、素晴らしいことですね」とどの番組でも讃えた。
実は、藤崎が人脈を活かし、政治家や官僚をいつものように動かしていたのだった。
{こいつらは本当に愛犬家か?}
ネットで、この書き込みから始まった。
{愛犬家の称号もないくせに}
ネットでは次第に『愛犬家』の称号がないのに愛犬家を名乗るのはおかしい、
という流れになっていた。
その流れは次第にテレビにも及んでいた。
愛犬家と言っていたタレントたちは血統書もない犬を引き取るのを躊躇した。
そのかわり、保健所で犬を引き取って『愛犬家』の称号を手にしたタレントが
テレビに出演するようになった。
男もテレビの復帰を果たした。『愛犬家第1号』の称号を引っ提げて。
探偵は見事に男の依頼を果たしていたのだった。
それにおまけつきだった。
『愛犬家』の称号を欲したタレントだけでなく、
ペット業界の会社が競って保健所の犬を引き取った。
その称号がなければペットフードの売り上げも
ペットホテルの営業にも影響するほどだった。
こうして名探偵藤崎誠は、男をテレにに復帰させただけでなく、
薬殺される3万匹もの犬を救ったのだった。
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