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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム52

 路地から一台の軽トラックが姿を現した。荷台はブルーシートで覆われている。トラックはダグラスが本業で使っているものだ。だが運転席に座っているのは、リョウとマーシアだ。そしてブルーシートの下には酒瓶のケースで周りを覆われた空間にジュリアとエディ。そしてアリシアーナが息を潜めていた。

「でもよかったですね。置いていかれなくて」

 エディの言葉にアリシアーナが小さくうなずいた。

 そんな彼女を見ながらジュリアはトラックの運転席に目を走らせる。リョウの姿は見えない。彼は楽しく笑っているのだろうか? 今日のリョウは、ジュリアの知らない彼だった。敵地とも言えるところに孤立無援でいるのにも関わらず、あの女性と会ったとたん、リョウはジュリアが知っているとき以上にリラックスしていた。あの二人の間には全幅の信頼感がある。そしてお互いに本音をむき出しにしてもその信頼は壊れないのだと承知しているようだった。

 そのおかげでジュリアたちもリョウの作戦に同行することができたのだ。

 リョウがマーシアと呼ぶその女性は、当初、ジュリアたちの同行を激しく拒んだのだ。ジュリアはケースに背中を預けながら、そのときのことを思い出していた。

 あれは、作戦を詰めるといって、カウンターの奥にリョウと彼女が消えてからしばらくしてのことだ。

 再び現れたリョウに作戦の内容を聞こうとしたときだ。


「おまえたちに話すことはなにもない」

 呆然とするジュリアに彼女はこう続けたのだ。

「おまえたちを連れていく気はない。リョウの力を借りても成功率の高くない作戦なんだ。足手まといがいれば、その分だけリスクは大きくなる」

 正論だった。だがここに滞在することはできるなら避けたい。ニコラスが待っているし、なによりアリシアーナを連れて戻らなければならないのだ。ジュリアはすがるようにリョウを見た。リョウが雇い主である彼女の意見に逆らえるだろうか? ましてや彼は好意を寄せている。

「あの計画ではここに戻る時間はない」

 リョウは静かに指摘した。その声はとても冷静で、リョウ個人のものではない。彼はジュリアたちのリーダーとして、彼女に向き合ったのだ。マーシアの目が鋭くリョウを見た。

「アーサーを救出し、フリーダムに連れていくことはかまわない。だがそのかわりに彼女たちを置き去りにはできない。彼女たちは連れていく。そしてアーサーとともにフリーダムに帰るんだ」

「足手まといだと言っただろう。なにも聞いていなかったのか?」

 いらだちのこもった口調に、リョウは動じることなく彼女を見つめて

「君がグラントゥールに責任があると同じように、俺にも彼女たちに対して責任があるんだ。無事にフリーダムに戻るという責任だ。俺はそれを果たさなければならない」

 彼女の表情が少し動いたように見えた。

「それにエディもジュリアも十分に訓練を積んでいる。素人じゃないんだ。戦力にはなる。ジュリアは医師としての資格もある。何かあったときに役に立つ」

「だが、あのお姫様はどうなんだ?」

 彼女の視線がアリシアーナをとらえた。ジュリアははっとした。そういえば、さっきも彼女はアリシアーナのことをそう読んだ。彼女には何も言っていないし、彼女自身も聞かなかったのに、なぜアリシアーナが王女だと知っているのだろう。ジュリアはリョウの顔を確かめる。彼は驚いてはいない。でも彼が彼女の正体を明かしたとは思えない。それに彼女自身も知る必要はないと明言していたではないか。

「シドラスでの銃撃戦は戦闘のうちには入らないんだぞ。相手は素人だったんだからな。今度の相手は特務機関だぞ」

 リョウはうなずいてた。

「だが彼女はアルシオールの王位継承者だ。いつかは本当の戦いを知らなければいけない。そうする必要がある。それが今であってもおかしくはない」

「おまえ、いつからお姫様の教育係になったんだ?」

 リョウを見た彼女の口元に皮肉のたっぷりこもった笑みが浮かんだ。そして彼女はつかつかとアリシアーナの前に歩み寄った。口元に笑みを浮かべているが、そこには明らかな悪意が込められている。リョウが緊張した様子で彼女の動きを追っていた。

「王位継承者だそうだな」

 アリシアーナが顔を上げた。侮辱など受けないという様子で彼女の視線を必死で受け止める。息をのむような沈黙があたりを支配した。

「おまえはそれに値するのか?」

「えっ?」

 意外な問いかけにアリシアーナが戸惑う。

「おまえのその立場のために、大勢の人間が死んでいる。おまえはその死に値するのかと訊いたんだ」

 アリシアーナの困惑がますます深くなる。ジュリアから見ればただ彼女が嫌がらせをしているようにしか見えない。

「ちょっとあなた、いい加減に……」

 して、と抗議しようとしたそのとき、リョウがその手を掴み静かに首を横に振った。

「どうして?」

「マーシアは無駄なことはしない。これは必要なことなんだ。マーシアにとっても、そしておそらくアリシアーナにとっても」

「でもなにが必要だと……」

「わからない。だが、必要なことなんだ」

 ジュリアは彼女を見つめるリョウの目がもうひと別のものを見ているような気がした。ジュリアは納得できないまま、再び彼女たちを見た。

「一つだけ忠告しておこう。真実を知って傷つきたくなければ、王宮の外にでないことだ」

 アリシアーナが顔を上げた。

「それはいったいどういう意味ですか?」

 だが彼女はもはやアリシアーナに興味をなくしたと見えて、その問いに答えることもなく、くるりと背を向けるとカウンターの男に向かって

「作戦を修正する。この人数を乗せられるだけの車を手配しろ。それとグラントゥールの最新式の銃もだ」

「いいんですか?」

 男が懸念を示す。

「帝国の中古品で味方を撃たれたら困るからな」

 そういった彼女はリョウに向き直ると、

「彼らのことはおまえの責任で対処しろ。彼らがどうなろうと私は手を貸さない」

 非情とも言える言葉に、リョウはしっかりとうなずいた。

 そしてジュリアたちはダグラスが酒の配達に使う軽トラックの荷台にいるのだ。

 その運転席ではジュリアが想像しているのとは違い、リョウもマーシアも無言だった。


 マーシアは窓に頭をつけて黙って外を見ていた。今はもう使われていない帝国軍の宇宙港に向かう道は広くしっかりしたものだ。立て看板などを見ると、アルテア・シティの主要道路の一つなのだろう。だが今は人影もまばらだ。リョウは時折気遣わしげにマーシアを見た。アリシアーナに見せたあからさまな敵意。マーシアは感情を制御し切れていなかった。いつもならたとえ怒っているように見えても、彼女は感情の発露を計算している。だがさっきは違っていた。彼女の冷静さを奪う何かがあるのはわかる。だがリョウにはそれが何か考えもつかない。

「なぜ何も言わない?」

 不意にマーシアが尋ねた。

「おまえの顔には知りたいことがたくさんあると出ているが、訊かないのか?」

 相変わらずマーシアは正面を見たままだ。

「知りたいことは山のようにある。だが前にも言っただろう、君が話してくれるまで俺は待つ、と」

「一生話す気にはならないかもしれない。それでも待つというのか?」

 リョウははっきりうなずいた。

「どんな過去が君を今の形に作り上げたかわからなくても、俺にとって、今、俺の目の前にいるのが君だ。それ以外の何者でもないし、過去を知ったからといってもそれで君が変わる訳じゃない。俺には君が君でいてくれるだけで十分だ」

 マーシアが目を見開いて、リョウに視線を走らせた。だがすぐに顔を背ける。リョウは視界の隅でその頬が赤らんだのを見た。

「おまえは嫌いだ」

 唐突にマーシアが言った。顔は相変わらず外に向けられている。その口調から本気ではないことがわかる。とはいえリョウは思わず、なぜ? と聞き返す。

「おまえの側にいると自分が丸腰でいるような気分になる。敵がいないとわかっていても落ち着かない」

「銃を持たないと不安か?」

「現実的な意味で言ったんじゃないんだぞ」

「わかっているよ」

 リョウはマーシアを見た。

 しばらくしてマーシアは告げた。

「私はグラントゥールのマーシアなんだ。誰もがそれを望むし、そうであるべきだ。そして私自身もそう思っている」

 言葉を切ったマーシアは

「そう考えないのはおまえだけだ。おまえだけが、私が私であればいいという。だからおまえが嫌いなんだ。おまえにすべてを委ねたくなりそうだから……」

 最後の言葉は本当にかすかなつぶやきだった。


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