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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム51

 それはとても美しい声だった。その凛とした声には、他人に有無をいわさぬ気迫がこもっていた。ダグラスに事情を問いただそうとしていたジュリアは思わず振り返った。

 暗がりだった場所が今ははっきりと見える。ここと同じようなテーブルが置かれているがその上は書類に覆われているようだ。手前にはリョウが立ち、そしてその奥には一人の女性が座っている。黒い髪の女性だが両方のこめかみのあたりから流れ出る銀色の髪が特徴的だ。ジュリアは彼女をどこかでみた記憶があった。目を凝らしていたジュリアははっとした。リョウの部屋で偶然見たあの描きかけのスケッチの女性だ。今まで人物画を書くことのなかったリョウが描いた初めての肖像画。描きかけではあったが、リョウが描いていたのは間違いなく彼女だ。

「情報屋、おまえの依頼主は誰だ? 彼女かそれとも私なのか?」

 女性が静かに静かに尋ねる。

「もちろん、あなたです。契約金はすでにいただいていますからね」

 あわてた様子のダグラス。彼は急に腰が低くなった。依頼主の機嫌を損ねることはできないというのだろう。ヨハン・シュルツ解放戦線が壊滅してからの年月、彼はこうやって生き延びたのだ。ニコラスが仲間たちのために意にそまぬ戦いをしてきたことがあるように。ジュリアはリョウを見た。彼はまるで護衛の騎士のようにその女性の側を離れない。食事も彼女のために用意させ運んでいた。彼女がどこか悪いというのなら、彼がそうする理由もわかる。だがあれだけ凛とした声を上げることのできる女性が自分のことをできないはずはない。

「彼女、人を従わせる強力な魔力を持っているみたいですね。リョウもすっかり虜になってしまったんじゃないかな。もしかしたら、私たちのことは忘れられているかもしれませんね」

 エディがにこやかな口調でつぶやく。脳天気な彼をジュリアは思わずにらみつけた。

「彼に限ってそんなことはないわ」

 思いの外その声は大きくあたりに響いた。リョウやダグラスが驚いたように視線を向ける。

「どうしたんだ?」

「な、なんでもないわ、リョウ」

 あわてて言いつくろうジュリア。

「リョウだって? この男があの『イクスファの英雄』だというのか?」

 ダグラスは改めてリョウに向き直ると、

「あんたのことはいろいろと聞いていたが、本当に実在していたんだな」

「間違いなく足はついているよ」

 そう答えたリョウに奥の女性が

「相変わらず、おまえは有名人だな。いろいろな意味で」

「それはどうも」

 とリョウが皮肉を込めて返す。二人だけに通じるやりとりだ。

 ジュリアはリョウに近づいた。

「リョウ、状況を説明してくれる? 彼女は何者で、あなたはこれからなにをしようとしているの? 私たちはダグラスを助けにきたのよ。だけど彼はもうその必要がなくなったと言ったの。私たちはここに来るために無理をしたし、そのために宇宙艇を失ったわ」

「連絡が行き違ってしまったんだ。彼女が来たときにはもう君たちには連絡が取れなくなっていた」

 ダグラスはリョウにそう説明すると、ジュリアの方に向き直って、

「宇宙艇は何とかするし、ニコラスとも連絡が取れるようにする。そしてここでの生活の面倒は見る。だからこの惑星でしばらく過ごしてくれ。上空の連中は落ち着いたら出ていくんだから」

「そうなのか?」

 リョウはマーシアを振り返った。

「当たり前だろう。契約期間が終われば速やかに撤収するのが私たちの流儀だ。ただしそれがひと月後か半年後か、それとも三年後かはわからないけどな」

「そんなに長くはこんなところにいられないわ。みんな待っているのよ」

 ジュリアが我を忘れて叫んだ。彼女も気持ちがぎりぎりだったのだろう。ダグラスに頼まれてやってきたものの、結局それが無駄に終わろうとしているのだ。しかもただの無駄ではない。彼らはこの惑星に取り残されたのだ。リョウは再びマーシアを見た。その意味を彼女はしっかりと理解したらしい。小さく息を吐き出すと、うなずいてみせる。リョウはジュリアに向き直った。そのとたん、ジュリアがリョウにかみつく。

「あなた、彼女に会ってどうかしたんじゃないの? あなたは私たちのリーダーなのに、なぜ彼女に指示を仰ぐの?」

 リョウは一瞬、呆気にとられた。だがすぐに彼女がなにを考えているのか理解する。

「落ち着くんだ、ジュリア。なにも心配はいらないんだ」

「さっきからそればっかりよ」

「彼女に指示を仰ぐのは、雇われたからだ」

 ジュリアが驚いて顔を上げた。

「雇われた?」

「そうだ。彼女はシギリオン解放戦線の指導者アーサー・ランスティの救出をしようとしているんだ」

 ダグラスがはっと息をのんだ。リョウは彼を見て

「君がジュリアにアーサーの脱出を依頼したんだろう?」

「どうして、それを……彼女から聞いたんですか?」

 ダグラスがマーシアを見、それから改めてリョウを見た。

「状況はどうなっているんだ? アーサーの居所は掴めたのか?」

 ダグラスがマーシアに再び視線を走らせた。

「彼とは共同作戦をとるんだ。彼に話してもかまわない――店を閉めろ。今日はもう終わりだ」

 カウンターの男はマーシアに向かってうなずくと、閉店の看板を出した上で、扉をロックした。その音は懐古調の店の雰囲気とはまるでかけ離れた重厚な金属的な音だ。まるで金塊を守るためにハイテクの限りを尽くした地下金庫の中に閉じこめられたような空気があたりに漂う。


「アーサーを捕まえた特務機関の兵士たちは、アルテア・シティ郊外の軍用宇宙港に連れていきました」

「軍用宇宙港か……彼らはいつ飛び立つ予定なんだ?」

 とリョウが訊く。

「すぐには飛び立てないはずです。軍用宇宙港といっても三年前にほとんどの機能をエリア36に移しているのです。いずれ郊外の宇宙港はアルテアの政府に返還される予定でした」

「だが返還前の宇宙港では駐留軍の目もないし、設備の多くはまだ残っている。特務機関としては好きにやれるというわけだな」

 ダグラスは深刻な顔でうなずいた。シギリオンの指導者であるアーサーは情報の宝庫だ。帝国内での支援者の名前を彼の口から知ることができれば、反帝国組織の資金面を絶ちきることができる。特務機関の兵士たちは昇進が待っているということになる。特務機関の兵士たちの評判は決してよくないのだ。

「急ぐ必要があるぞ」

 リョウはマーシアを振り返った。マーシアも彼と同じように事態を受け止め、立ち上がった。

「この書類は時期を見て、行政士官たちの元に送り返せ」

 カウンターの男がうなずいた。

「イリス・システムは稼働しているな?」

 再び男がうなずく。

「イリス・システムを使うのか? さっきは問題があると言っていただろう?」

「アーサーの居所を調べようとすれば、上に見つかる。だが宇宙港のことを調べるのに彼らがいちいち皇帝に報告すると思うか?」

 マーシアは一般的なことを調べようと言うのだ。宇宙港の見取り図や設備をイリス・システムで調べても、その目的を上空のグラントゥールがはっきりと理解することはないと言う。そういう検索はよく行われていることだかららしい。

「イリス・システムは地下にある」

「わかった。ジュリアたちはここで待っていてくれ」

 彼らにそう告げた。イリス・システムはグラントゥールの中枢といってもいい。リョウといえども勝手にジュリアたちを連れていくことはできなかったし、第一マーシアが許さないとわかっていた。

「待って、一緒に行動するのなら、名前を名乗るべきだわ」

 カウンターの奥にいこうとしたマーシアの足が止まった。

「私はその必要を感じない。私が必要としているのはリョウだけだ。それにアルシオールの援助が必要ならここでのことはいっさい口をつぐんでいた方が身のためだぞ。あのお姫様にもそう言っておくんだな」

 ジュリアたちをきっぱりと拒絶した態度にジュリアが呆然とする。

「リョウ、いったい何なの?」

 マーシアの態度に対する腹立ちをジュリアは隠さなかった。必要なのはリョウだけで、彼女たちは邪魔だと言われたも同然なのだ。

「とにかく行ってくる。落ち着いて待っていてくれ」

 リョウはそういうと、マーシアの後を追うようにカウンターの中に入り奥へと続く扉を開けた。

 厨房のそのまた奥にドアがある。マーシアが暗唱コードを打ち込むのを見ながら、マーシアが彼女たちを拒絶した理由を考えていた。もちろん信用していないのは確かだろう、しかし本当に信用していないのなら、全くの無視をするかもっと冷ややかな態度をとるはずだ。だが彼女はその言葉に怒りを隠していた。アルシオール――マーシアはその存在に感情をかき乱したのだ。


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