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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム50

 アーサー・ランスティ――反帝国運動の五大組織のうちの一つシギリオン反帝国戦線の指導者だ。彼の家は元々帝国創建以来の家柄で軍人を多く輩出していた。有名な将軍も何人も出ている家柄でもある。その直系がアーサーだ。だが彼は帝都を知らずに育った。自分がかつて貴族だったと知ったのも十代の後半だったという。

 それというのも、軍人であった父親が汚職の罪で告発され、有罪とされたからだ。その結果、彼はすべての財産を失い、名誉もプライドもずたずたにされた上に、辺境の貧しい惑星で第二級帝国臣民として生きていくことを余儀なくされたのだ。二級臣民の生活は悲惨だ。多くの面で差別を受ける。特に教育に対する差別は彼らの生活の向上を阻むのだ。死ぬまで最低賃金で働く彼らの生活をリョウは知っている。彼自身、第二級臣民出身だからだ。

 少しでも生活をよくしたいと思ったら、軍隊に入るのが一番いい。リョウはそうして軍に入った。アーサーが軍に入ったのも同じ理由だろうと、マーシアは告げた。

「そうだな。軍なら少しは望みがあるんだ。功績を挙げれば、少しは上に行けるから」

 そう、おまえのようにな、見つめるマーシアの目がそういったように見えた。リョウは確かに第二級臣民出身者の中では出世頭だった。彼ほど出世した人間はいない。だがそれが結果的に彼をこういう立場に追い込んだのだ。

「アーサーの父親の汚職は濡れ衣だった。彼は軍内部で汚職していた者たちを告発しようとしていたんだ。だが汚職したいた連中に先を越されて、すべて彼のせいにされてしまった。そのことをアーサーが知ったのは二十代のはじめだと言われている」

 マーシアはそういうと、

「そういえばおまえも貴族連中に目を付けられたのはそのころか」

 リョウはうなずいた。

「似ているな」

「アーサーはいくつなんだ?」

「三十代前半だと聞いている」

「その若さで、大組織を作り上げることは俺にはできないな。今でさえ四苦八苦しているのに」

「彼にあっておまえにないものは、父親のコネさ」

 マーシアはそういうと冷めたコーヒーを飲んで続ける。

「父親は元々優秀な軍人であり、部下たちには貴族出身の割には珍しく慕われていた。その部下たちが陰から、密かにアーサーを支援したのさ。それにシギリオン反帝国戦線自体は彼が作り出したものじゃない。五十年以上前から存在しているんだ。もっとも有名な存在にしたのはアーサーだが。ギルバートは彼の参謀だ。ヒューロンに行く前からね」

「ヒューロンに来る前からか……」

「おまえと同じだよ。おまえは仲間を助けるために自分の身を犠牲にした。ギルバートはアーサーを助けるために帝国の捕まったんだ」

 リョウはヒューロンの監房で、どんなに虐待されても決してその目から光が失われなかったギルバートを思い起こした。顔つきからギルバートは若く見られるのだが、年はリョウとさして変わらなかった。彼ははじめの頃のリョウのようだった。そしてリョウは長い間暮らしていくうちにその強い光が消えていくことを知っていた。彼がそうなる前に脱出できてよかったと思う。リョウはマーシアと出会って救われた。そして再び収容所に戻ってもマーシアが支えだった。彼女と会うために、過酷な状況を耐えることができたのだ。とはいえいつでもヒューロンにマーシアがいるとは限らない。

「アルテアの情報屋のダグラスは、アーサーの恩人らしい。アーサーがアルテアを訪れていたのも、彼に会うためだったと聞いた」

 そこまでつながりがあるというのなら、ダグラスがジュリアを通して助けを求めるのもおかしい話ではない。要するに二つの別の依頼主が同じことを依頼してきたということだ。

「お互いに事情がわかってよかったよ」

 リョウはそういったものの、より多くの情報をマーシアからもらったと感じていた。彼がマーシアに提供できた情報はほとんどない。

「しかしどうしてそういうしっかりした組織の指導者が置き去りにされる羽目になったんだ?」

「組織が大きいと言うことはそれだけ軋轢も生じやすい。そうだろう?」

 マーシアの口調はフリーダムでの彼の微妙な立場を知っているかのようだ。リョウは少し息をついて、

「確かにそうだな」

 と同意する。

「ギルバートは別動隊を率いて作戦行動に出ていた。アーサーは次の作戦の計画を立てている途中で、アルテアに寄ってダグラスに会っていたのさ。そしてアーサーが不在の艦隊でクーデターが起きたんだ。帝国への寝返りだ。艦隊内で抵抗したものは皆殺されたし、捕まったものは処刑されるか収容所送りになるだろう」

 シギリオン反帝国戦線は大変な事態になっているらしい。もし半数をギルバートが率いていたとしたら、現在のシギリオンは以前の半分の戦力しかないと言うことだ。だがここにはまだシギリオンの指導者であるアーサーがいる。彼を無事にギルバートと合流させることができれば、再び力を付けることは不可能ではない。

「今、彼はどこにいるんだ?」

 マーシアの端正な顔に忌々しげな表情が浮かんだ。作戦行動をとっているときなど滅多に表情を変えないマーシアがリョウしかいないからこそ見せる本音だ。自分だけに本音を見せてくれるのはとてもうれしい。だが状況的には全く喜ばしくない。なぜなら事態は彼女がそんな表情をしたくなるほど悪いということだ。

「五日前にはダグラスのところにいた。だが今は行方不明だ」

「行方不明?」

 マーシアはうなずいた。

「カウンターの男が通りに向かったアーサーを見ている。その後で軍の特務機関の連中が通ったことも確認した。考えられることは一つだ」

 リョウに顔が曇った。シギリオンの指導者であるアーサーは帝国でもっとも重要人物となっているはずだ。それが特務機関の兵士にとらえられたということになれば、命の保証はない。彼らは情報を得るためならどんなことでもする連中だ。早急に救出しなければならない。だからマーシアは脱出作戦とは言わずに救出作戦と言ったわけだ。


「イリス・システムは使えないのか?」

 帝国のコンピュータの奥の奥まで侵入できるグラントゥールの人工知能ならば、一人の男の所在を簡単につかめるはずだ。

「使えないことはない」

 マーシアはそう断言した。

「だが……と続けるんだな?」

 マーシアは笑みを浮かべる。

「ここでアーサーの情報を手に入れようとイリス・システムを使えば、ここにそういう大物がいるということが上空のエルスバート公爵の艦隊にすぐにわかる。帝国の依頼を受けて動いている彼らは、そのことを帝国に伝えるだろう。そうすることで事態がよくなることはない。とりあえず、今は情報屋待ちだ」

「君もダグラスを待っていたのか……」

 リョウはそういうと背もたれに背中を預けた。その彼の前にマーシアは書類を突き出す。思わず受け取ってしまったリョウ。

「これは……」

「おまえが目を通しておけ。縁があるだろう」

「縁……」

 それは先ほど見た惑星ハルシアートでの小麦の生産高向上に関する提言書だった。

「おまえの身分証はハルシアートのだろう?」

「それはそうだが……」

「役に立ったか?」

「ああ、ずいぶん助かったよ。だがだからといって俺が見てもいいのか? 第一俺には経済的なことや専門的なことはわからないぞ。俺は軍人なんだ。兵器のことなら少しはわかるが……」

「それは私も同じだ。全部理解できているわけじゃない。だが目を通せば、変なところはないか確かめることができる。我々グラントゥールの上層部の人間だって、神じゃないんだ。すべては理解できない。だがそこに隠されているものなら読みとれる。そうでなければ上層部にいる資格はないからな。それにどれほど無味乾燥な報告書でも人の思いは入り込むものなんだ。だからどれほど些細な書類でも目を通すべきなんだ」

 リョウは書類がたまっていく理由がわかったような気がした。彼らはただ報告書を見るのではなく、そこにある人の思いを理解しようとするのだ。だからいい加減にしたくともいい加減にすることは結局できないのだろう。うんざりしながらもまじめに義務を果たすのが彼らなのだ。たとえ遅々として進まなくとも。


 リョウは手にしていたハルシアートの書類を半ばまで読み終えた頃だった。

 酒場の扉につけられた鈴が音を立てた。マーシアは書類から目を離し、扉に目を向ける。リョウも振り返った。そして扉のところに立つ男を見ているのは、二人だけではなかった。ジュリアが立ち上がっている。エディも警戒してさりげなく腰に手を当てて、いつでも銃を抜ける体勢をとっている。

 男はジュリアを見つけると、ひどく驚いた様子を見せそして次にはうれしそうに駆け寄り、しかも抱きしめる。ずいぶんと親しい様子だ。いくつかの言葉が交わされている。はっきりとは聞き取れないが、ジュリアが彼の依頼を受け入れてくれたことに礼を言っているようだ。そして事態が変わったことも話したのか、ジュリアの顔が曇る。命がけで彼の依頼を受けるためにやってきたのに、それが無駄になったと知ればむなしくもなるだろう。しかも帰る船はないのだ。

「手を貸してもらえるか?」

 珍しくマーシアが頼んできた。彼女が一人でここにいるということは一人でも遂行する気だったのだろう。

「私がこの依頼を受けたときとは状況が変わったんだ。アーサーを無事に救出するためにはおまえの力がほしい。私一人で敵陣に突っ込んでいってもかまわないのだが、それだとリスクが大きくなる。だがおまえと一緒なら大幅に減る。その方がギルバートのためにも私がアランに恩を売りつけるにも都合がいい」

「協力はできると思う。だが俺にはフリーダムまで戻ることのできる宇宙艇はない」

 マーシアはわかっているというかのようにうなずいた。

「おまえの話を聞いたときに予想していた。宇宙艇を廃棄したということはな。ではこうしよう。私はおまえの腕を借りる。その代価として宇宙艇を調達させる。それならお互いに助かるんじゃないか?」

 リョウは静かにマーシアを見つめた。

「十分すぎるほどの報酬だ。協力させてもらう」

 リョウが彼女に手を伸ばした。マーシアがその手を握る。契約はなった。しかも十分すぎるほどリョウたちに有利な条件だ。リョウにはわかっていた。今度の救出作戦は、リスクは高くとも彼女一人でできないものではない。グラントゥールをバックにしている彼女にはいろいろと人脈があるはずだ。たとえ帝国側の戦力として上空で陣取っているのが同じグラントゥールであったとしても、彼女のために力を貸してくれる人間は見つかるだろう。リョウの力を借りるというのは、彼女には収支のあわない取引だ。何しろ得をするのはリョウたちの方なのだから。


「私に何か言いたいことでもあるのか?」

 リョウは物思いからさめた。マーシアが怪訝そうにこちらを見ている。ここで礼を言うべきだろうか。窮状を救ってくれてありがとう、と。だがリョウは喉まででかかったその言葉を寸前で飲み込んだ。マーシアが意識しているにしろそうでないにしろ、彼女は対等な立場に立ってくれたのだ。

「すまん、何でもないんだ」

 リョウは礼の代わりにそう答えた。

「そうか……それよりあの男、いつまであそこにいるつもりなんだ?」

 マーシアは一人つぶやくと、署名済みの書類の上にペーパーウエイト代わりにおいていたコントローラーに手を伸ばし、スイッチの一つを切った。

 そのとたん、アリシアーナやエディが一斉にリョウの方を驚いたような顔でみた。どうやらマーシアが押したスイッチはこの空間を隠していた暗闇を消すものだったらしい。内側にいるリョウにはその変化はないが、外側の彼らにしてみればいきなり二人の姿が現れたのだ。

「いったいいつまで私を待たせる気だ! ここで悠長に時間をつぶしている余裕は貴様にはあるのか!」

 厳しい叱責だった。


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