フリーダム49
リョウはサンドを頬ばりながら、マーシアを見つめていた。相変わらず黙々と食べる。
「どうだい? 食感は携帯栄養食とはまるで違うだろう?」
「そうだな。歯ごたえは違う。うまいか?」
リョウはうなずく。
「かなりいけるよ。悪くない」
その言葉にマーシアは改めて手にしたサンドを見下ろすと、
「おまえがそう言うのなら、間違いはないな」
マーシアは再び口に運び始めた。
一通り皿の上がきれいになったところで、リョウは改めてマーシアを見た。
「一つ教えてほしい。君はなぜここにいる? 上空にいるグラントゥールと何か関係があるのか?」
マーシアの顔にうっすらとベールがかかった。彼女がグラントゥール人の立場に心をシフトした瞬間だ。
「私の方こそ知りたいな。おまえはなぜここにいる?」
二人の間に沈黙が流れた。お互いそれぞれの立場がある。二人ともそれを十分承知していた。
最初に口火を切ったのはリョウだ。リョウにしてみればそれは一種の賭に近い。マーシアに今度の任務のことを話すということは、マーシアが帝国の意向に添って動いていた場合、リョウの行為は裏切りになる。
「俺たちはある男からこの惑星にいるある人物を逃がしてほしいと依頼を受けたんだ。それで二日前にこの惑星に潜入した。
「二日前?」
リョウはうなずき、マーシアは少し驚いたように目を見開いた。
「ずいぶんと大胆な侵入だな。そのころはちょうどエルスバート公爵家の部下たちが制宙権を支配していたんじゃないか?」
「だが引くに引けなかった。この惑星に降りるしかなかったんだ」
マーシアはちらりとリョウの仲間たちのいるテーブルに目を走らせた。おしとやかに飲み物に口を付けているアリシアーナに目を留める。
「引くに引けない事情はあれか……」
リョウがマーシアの視線を追う。
「おまえがなぜ危険な任務に素人を連れてきたのか理解できないな。おまえらしくない判断だな」
「いろいろとあるんだ」
リョウはそう言うほかはなかった。まさか密航されていたとはいいにくい。
「ところで君はどうなんだ?」
一瞬、そんなことを話すと思うのか、と言われるような気がした。しかしマーシアが告げたのは別のことだ。
「エルスバート公爵から警告を受けたのは五日前だ」
「警告?」
「アルテアのあるこの星域で、数日中に帝国からの依頼で作戦行動をとると言うものだ」
リョウは驚いた。
「事前に警告されるのか?」
「そうじゃなければ、警告にならないだろう?」
あきれた様子で言い返されて、リョウは少し顔を赤らめた。
「すまない。……だが、もしその作戦が秘密に行わなければならないものだったらどうするんだ?」
「おまえの懸念は敵への内通か?」
リョウはうなずいた。
「確かにその可能性がなくもない。グラントゥールは公的には帝国側の立場だからな。だが内情は違う場合もある。特に個人の思惑で反帝国勢力を支援している者もいる。そこから情報が漏れることもある。だから警告を受け取ることのできる人物はある一定の階級のものに限られているんだ。一般の兵士には権利がない」
「それはグラントゥールの上層部ということか?」
「そうだ。グラントゥールの体制を変えることができ、またそのことに責任を持てるもののことだ。彼らの個人的な行動を縛ることは誰もしない。それがたとえ筆頭公爵であろうともな。なぜなら、我々は時代を見定めて、時代が変わるときに、すぐに対応しなければいけないからだ」
「一種の安全策だな」
マーシアはうなずいた。
「だが、それらの行動は私的な活動と見なされている。グラントゥールでは私的な行動より公的な行動の方が優先される。私的な行動で帝国の敵に身を投じていた場合、それが自分の子供であろうとも容赦することはない。それがグラントゥールの掟だ」
グラントゥールの掟は非情でとても血なまぐさい。実の子でさえ、掟となれば平気で殺すというのだ。
「とはいえ、グラントゥールも人間だ。だから警告をするんだ。その情報をどう扱うかは、受け取った者次第だ」
「もし今度のような場合はどうなるんだ? 仮にここから飛び立とうとしているものがいたら? いきなり撃ち落とされたりするのか?」
「一般と同じ扱いになるだけだ。何かの物資を個人的に運んでいるのなら、臨検を受ければいい。それが嫌で逃げようとするのなら、撃ち落とされても文句は言えないだろうな」
マーシアはにやりとした。
「グラントゥールらしいよ」
そう答えたリョウは肝心の応えがないことに気づいた。
「ところで君がここにいる理由はまだ聞かされていないんだが……」
マーシアはテーブルにひじをついて組み合わせ縦に細い顎を乗せて、いたずらっ子のように目を輝かせて
「私もある男からこの惑星にある男を脱出させてほしいと依頼されたんだ」
リョウははっとしてマーシアをまじまじと見つめた。彼女があえてリョウと同じ言い方をしたのがわかった。
「その依頼主は、ダグラス・カーペントリーという男か?」
マーシアは首を静かに横に振った。だがにこりと笑むと、
「依頼主はギルバート・ウェルダムだ」
「ギルバート・ウェルダム……」
リョウははっとした。ギルバート……ヒューロンでマーシアと別れ収容所に戻ったあと、連れてこられた囚人だ。そしてヒューロンを脱出するときにともにマーシアの小さな宇宙艇でヒューロンを離れたのだ。ウィロードル商船団のアランに拾われたときに、ギルバートとは別れたきりだ。その彼とマーシアがつながるとは思いもよらなかった。
「彼は元気にしていたか?」
長い時間ではなかったが、ともに死線をくぐり抜けた仲だ。彼のその後のことが気になった。
「さあな、私は知らない」
マーシアの言葉を素っ気ない。
「直接会ったことはないんだ。この件にしても私に話を持ってきたのは、ウィロードル商船団のアランだ。彼とギルバートは知り合いらしいな」
リョウはうなずいた。彼の船に収容されたときの待遇の違いで十分に思い知らされている。
「彼は動けない状態だから、私に話が回ってきたんだ。あの男に貸しを作っておくのも悪くはないからな。あれはひどくけちになるんだ」
リョウは同意するように笑った。
「ずいぶんひどい目にあったらしいな」
マーシアが気遣うような目を向けた。彼女の気持ちがうれしい。しかしリョウは静かに首を振った。
「大したことはなかった。俺は雇われたんだ。雇われた以上、どんな仕事であろうと精一杯やるのは当然だろう」
マーシアは少し驚いたように目を見開くと、優しくほほえんだ。
「おまえらしいな。だがアランには……」
リョウは軽く手を挙げて言葉を止めた。
「君が支払ってくれた契約金はすべて俺が持っているよ。彼はそのまま渡してくれたんだ。俺が働いたのは自分の衣食住のためだ。それ以上のことは彼は要求しなかった」
ヒューロンの看守たちとは違ったよ。リョウはそう彼女に伝えた。その言葉にマーシアは本当に驚いているようだった。
「おまえにすべてを渡したのか?」
「君がいくらで契約したのかは知らないが、かなりの金額をもらっている。もちろん経費は差し引いてあるだろうけどな」
マーシアはくすりと笑った。
「あの男はグラントゥールの間ではがめついことで有名なんだ。難癖を付けては少しでも高い輸送料を取ろうとする。その男がおまえに金を渡すとはね。一度握った金は死んでも離さないと思ったが……よほど気に入られたらしい」
「うれしいよ、あっちでもこっちでも気に入られて。でもそのおかげで、こき使われたり誘拐されたりするのはごめんだけどな」
マーシアが声を立てて笑った。久々に聞く、マーシアの屈託のない笑い声だ。
「レオス卿にはお灸を据えておいたよ。彼が泣きつくまで口を利かなかったんだ。少しは懲りただろう」
「君には知られたくなさそうだったが、やはりばれたのか」
「当たり前だ」
そう言った後、マーシアは顔の前で指を組んで、
「おそらく私とおまえの目的は同じだ」
リョウは姿勢を正した。
「同じ?」
マーシアがまじめな顔でうなずく。
「私への依頼は、シギリオン反帝国戦線のリーダー、アーサー・ランスティの救出だ」
それは反帝国運動をしている者たちの中でも五指にはいるほどの大きな組織の指導者の名前だった。




