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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム48

 それは暗がりではなく闇だった。闇がリョウの行く手を塞いでいるかのようだ。しかも本物以上の質感があって、そこに踏み込むのに勇気が必要だ。その向こうには確かに誰かの気配があるし、確かめたいという思いもあるのだが、既成概念か邪魔をしてそこから先に進むことができない。


「いつまでそこに突っ立ている気だ?」

 懐かしい声とその口調にリョウは思わずほほえみを浮かべた。そのとたん、彼を縛り付けていたものが、会いたいという欲求に打ち負かされ、リョウは吸い込まれるようにゆっくりと足を運んだ。最初の一歩ですべてが闇に包まれた。指の先すら見えない。こういうのは嫌いだ。銃を構えたくなるのをこらえて、もう一歩進む。次の瞬間、闇は消え、再び酒場の中だ。ただし、光のない世界から室内とはいえ光の中にいきなり入ったのだ。目を細めて、光に慣れるまで待つ。まぶしさが消え、リョウは改めて、そして期待を込めて正面を見た。


 リョウの前には両方のこめかみから銀色の髪が流れる黒髪のマーシアが彼を見上げていた。ヒューロンで別れたときと何一つ変わらないマーシアがそこにいた。

「元気、そうだな」

 震えそうになる声を何とか抑えながらリョウはそう声をかけた。だがマーシアの言葉は素っ気ない。

「おまえの目にはそう見えるのか?」

 嫌みな切り替えしに、リョウは一瞬戸惑い、改めて彼女の周りを確認した。向こうでジュリアたちが使っているのと同じテーブルには書類が山のように積まれている。まるでヒューロンの彼女の執務室のようだ。そして目の前には今見ていたであろう書類が広げられている。彼女はげんなりしているのだ。


「いったいいつからこんな状態なんだ?」

 リョウはヒューロンでグラントゥールの行政の動きを見ていた。

「四日前だ。急にここにくることになったのにもかかわらず、どこで聞きつけたのか、行政士官の連中が私を待っていたんだぞ。全くなんだって、連中に最新の高速艇を一番最初に支給するんだ? ワープ航法のできない宇宙船で十分だろうにな」

 久しぶりの再会なのに、マーシアの口からは愚痴が飛び出る。それがとてもうれしかった。まるでヒューロンで別れた後の歳月などなかったかのように。

「見てみろ、それを」

 リョウはマーシアが示した書類の山に手を伸ばした。

「惑星ハルシアートの小麦生産高向上における提言……」

 ハルシアートといえば彼の身分証が発行されている惑星だ。

「誰宛か見ろ」

「レオス・フェルデヴァルト公爵……って彼宛の書類なのか?」

 マーシアはむすっとした顔でうなずいた。

「先日、サイラート帝に呼ばれて、サイラート帝とレオス卿と三人でカードをしたんだ。負けた結果がこれだ」

 書類の山をかけてカードで勝負をするという様子が思い浮かんで、リョウは思わず吹き出した。グラントゥールの多くのものは、マーシアが滅多に感情を見せない女性だと思っている。だが少なくとも自分とレオス卿は彼女が豊かな感情を持っていることを知っている。マーシアが慕っているサイラート帝もおそらく彼女の本質を知る数少ない人物だろう。

 気心の知れた三人がカードで時間を共有し、その結果、マーシアは書類に埋もれる羽目になるか……。

 リョウは思わず吹き出しついには大きく笑いだしてしまった。マーシアが忌々しげにそんなリョウを睨む。

「その馬鹿笑いをやめたらどうだ? 後ろの連中が驚いているぞ」

 リョウは振り返った。ここにくるときは闇のベールだったところが、こちらからだとはっきりとジュリアたちの姿が見える。

「遮蔽スクリーンなんだ。外からはこちらは見えないがこちら側からははっきりと認識できる。必要とあれば壁と同じように偽装することもできる」

「ヒューロンの特別訓練室の立体映像の応用か……」

 リョウはマーシアの向かいの椅子に腰を下ろした。目に留まったのは、傍らに置かれているスティック状の携帯栄養食だ。リョウは顔をしかめた。

「またそういうもので済ましているのか?」

 非難めいた口調に書類に目を通していたマーシアは顔を上げる。

「これが一番、便利なんだ。しっかりと栄養はとれるからな」

「だが俺の前ではやめてくれ」

 思いのほか真剣な口調にマーシアは食べかけの携帯栄養食を袋に戻した。

「私に腹を空かせていろというのか?」

「何か頼んでくるよ」

「おまえも食べるのか?」

 立ち上がったリョウはマーシアを振り向いて、

「ああ、俺も昼飯にまだありついていないんだ」

「それならいいだろう。おまえも一緒ならな」

 うなずいたリョウはスクリーンの外にでた。


「リョウ?」

 めざとく彼を見つけたアリシアーナが声をかける。ジュリアが振り返った。

「大丈夫なの?」

「大丈夫って……いったいなにを心配しているんだ?」

 カウンターの男に注文をしていたリョウが普段よりもリラックスした様子で振り返るのをみて、ジュリアとアリシアーナは顔を見合わせた。ようやくリョウは彼女たちの心配の元が、マーシアのいるあそこにあると気がついた。

「安心していい。なにも起こらないよ。それよりダグラスからの連絡はあったか?」

 ジュリアは首を振った。

「何かあったら、向こうにいるから声をかけてくれ」

 ジュリアは暗がりに目を走らせてから、大きくうなずいた。

 しばらくしてリョウの目の前にこの店の自慢らしいクラブサンドが二つ置かれた。三枚の食パンの間にそれぞれの具材が入っているものだ。食べ応えがありそうだ。

「マーシア、テーブルの上をあけといてくれ」

 リョウが叫ぶ。すると暗がりの中から、

「何ならいっそのこと燃やしてしまおうか?」

 リョウは思わずカウンターの男と目を合わせる。男にもそれがどういう意味なのかわかっているようだ。

「やめとけ、後で困るのは君だぞ」

 リョウはトレイを持ち上げると暗がりの中に再び入っていた。

「かいがいしい人ですね。あの人があんなに世話を焼くなんて、あの奥にいる人はどんな人なんでしょうね?」

 エディはそう言うとぱくりと手にしていたサンドにかぶりついた。

 ジュリアが再びあの暗がりを見つめる。


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