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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム46

 惑星アルテアの首都アルテア・シティは、帝国内で自治権を得ていた政府の都市としては一般的なものだった。惑星シドラスのような特徴はないが、政府関係の庁舎が集中している地区や、商業地区などがはっきりと区分けされている。

 リョウたちは地上車でそのまま町の中に入っていた。途中で何度が検問を受けたが、その都度リョウが携帯していた身分証のおかげで詮索されることなく通行することができた。

 そしてリョウたちは商業地区のうらぶれた一角に地上車を止めた。

「嫌なところですね」

 今にも身震いしそうにつぶやいたのはアリシアーナだ。外壁にひびの入ったビルや破れた窓のある建物に囲まれた彼女は、シドラスで襲われたことを思い出したのだろう。確かに雰囲気はそっくりだ。

「大丈夫よ。今はリョウがいるから」

 ジュリアが彼女の腕を優しく触れた。

「リョウ、ダグラスの店はその路地の奥よ」

 ジュリアが情報端末とあたりの風景を比べて指示する。

「車を降りよう」

 リョウの言葉に全員が従う。

「それにしてもずいぶんと静かですね」

 エディが大通りの方を見た。

「戒厳令が敷かれたようね。政府庁舎は完全に帝国軍の支配下にあるわ」

「完全に行政はストップしたのか?」

 ジュリアがリョウにうなずく。

「政府関係者は軍に捕まったわ。処刑される可能性も捨てきれないわね」

「だから人々は外にいないの?」

「そうだと思うわ。動いているのは軍用車両だけのようね」

 ジュリアの言葉の通り、大通りを帝国軍のマークを着けた装甲車両が走り抜けた。

「帝国軍とはいえあまり無茶なことはしないだろう。二、三日こういう状態が続けば、ゆっくりとではあるが、人々の日常は戻っていく」

「ええ。さあ、私たちもいきましょう」

 歩きだしたリョウは路地に入る手前の角の店の前で足を止めた。何かの店のようだが、偏向ガラスの窓のせいで外からは中が見えない作りになっている。それでも通り過ぎることができなかったのは、そこに掲げられている看板のせいだった。店の名前もなにをしているのかすらもかかれていないその看板には惑星シドラスでグラントゥールの筆頭公爵レオス・フェルデヴァルトと会談した酒場と同じ帆船が描かれていたのだ。違うのは帆に描かれている模様だ。シドラスの帆には獅子の横顔だったが、アルテアのこれは長い槍を足でつかんでいる鷹が飛んでいる姿だ。

「リョウ、なにをしているの?」

 ジュリアの声にリョウははっと我に返って、急いで後を追った。


「ここよ」

 情報端末とのデータを比べていたジュリアは空きケースが山積みになっている場所を通り抜けて目立たないドアの前に立った。ドアの横には窓が一つついているだけで、とても客商売の店とは思えない。

「本当にここなんですか?」

 と疑問の声をあげたのはエディだ。

「間違いないはずだけど……」

 ジュリアの声が自信なさげなのは、人の気配が全くしないからだ。

「でもここにカーペントリー酒屋って書いてありますが……」

 アリシアーナが見つけたのは郵便受けに入っていた郵便の宛名だった。

「じゃあ、間違いないわ」

 不意にごろごろと台車を引くような音がしてリョウたちは振り返った。二十代後半の赤毛の女性が、壜の入ったケースを台車に乗せてこちらにやってくる。彼女はリョウたちに気づき、立ち止まった。そしてジュリアをじろじろと見る。警戒しているようだ。

「あたしんちに何の用だい? うちは小売りはしていないんだ」

 だから壜のケースが無造作に外に積んであるのだ。個人客を相手にしているのなら、こんな奥まったところでは人は来ないし、目立つ看板もないのだから、ここに店があるということはわかるはずはない。だが酒場などに酒を卸している店ならどこにあろうと関係はないし、派手な看板も必要ない。それに生業を持っていた方が情報屋としてもやりやすいだろう。

「私はジュリアというの、ダグラスに会いに来たのだけど、彼はいないのかしら?」

 赤毛の女性は目を細めて

「あたしのダグラスに何の用なんだい?」

 彼女はどうやらダグラスの妻か恋人のようだ。

「彼が私たちを呼んだのよ」

 ジュリアの説明に赤毛の女性は荷物を降ろす手を止めて改めてジュリアを見た。

「じゃあ、あんた。ダグの嫌いな物を言えるかい? 一番目じゃないよ。三番目の奴だよ」

 ジュリアは一瞬困惑した表情を浮かべたが、すぐに何かに気づいたらしく、

「もちろんよ。彼が三番目に嫌いなのは鶏の手羽先よ。一度思い切って食べて骨が食道を切り裂くところだったって言っていたわ。でもそれで嫌いになったんじゃないわ。あまりにも珍しい症例だからって、医学生たちが入れ替わり立ち替わりやってきたせいよ」

 赤毛の女性は大きくうなずくと、

「ダグに連絡を入れといてやるよ。すぐには無理かもしれないけどね。連絡が付くまであの角の店で待っているといい。あそこはダグのお気に入りの店だからね」

「ありがとう。助かるわ」

 リョウたちはきた道を引き返して、エレンが示した酒場の前に立った。そこはリョウが足を止めた酒場だった。


「やっているのかしら?」

 人気のない様子にジュリアが首を傾げる。太陽は西に傾き始めたばかりだ。リョウはもう一度看板を確かめ、そして扉に手をかける。

 カランと乾いた鈴の音ともに扉が開く。

 薄暗い店内だがこういう店特有の煙草の匂いはしない。正面のカウンターの中では若い男がグラスを磨いていた。

「中に入ってもかまわないだろうか? ここで待ち合わせをしているんだ……」

 男は手を止めてリョウとその後ろにいる三人を確かめように目を向けた。

「どうぞお好きな席にお座りください」

 男はそう答えると再びグラスを磨き始める。

 リョウはぐるりと店内を見回した。カウンターの右横のスペースが暗くてよく見えないのが気になるが、リョウは扉がよく見える場所にジュリアたちを連れていった。そこなら入ってきた者の確認が容易だし、カウンターの奥にある厨房にも近い。万が一、扉をふさがれても厨房から逃げることができるはずだ。

「緊張しているみたいですね」

 エディに腕を触られてリョウは身構えようとした。

「こういうところは嫌いなんですか? それとも何か思わぬ事態が起きると感じているんですか?」

 その言葉にアリシアーナが不安げにリョウを見る。宇宙艇を失ってからのアリシアーナは少しのことでも敏感になる。リョウは緊張を解いて、

「大丈夫だ、アリシアーナ。俺が少し過敏になっているだけだ。君たちを守らないといけないからな」

 間違いではなかった。リョウはあのカウンター横の暗がりがどうしても気になるのだ。


 不意にアリシアーナのおなかが鳴った。とたんに彼女の顔が赤くなる。

「ごめんなさい……」

 小声で謝るアリシアーナにジュリアが慰める。

「気にしないで。人間なら当たり前なんだから。何しろまだお昼ご飯を食べていないんですものね」

 と今までろくな休憩もとらずに地上車を走らせたリョウを軽く睨む。もっとも昼食をとろうにもアルテア・シティに向かう途中にはそういうところは全くなかったのだ。アリシアーナのことを考えれば、あの宿屋の女主人に何か作ってももらうべきだったのかもしれない。

「すみません……ここって食事も出してもらえるんですか?」

 カウンターの方を見たジュリアが怪訝そうな顔をして視線を動かしている。リョウはその先を追うようにして振り返った。ほとんど気配を感じさせずにョウの横にカウンターにいた男が立った。そしてリョウに向かって一本の葡萄酒の壜を差し出した。三人の視線が自分に注がれているのをリョウは感じた。

「これは?」

 リョウは明らかな警戒を見せて尋ねた。カウンターの男はそれまでの無愛想な様子とは一変して、にこやかな笑みを浮かべ

「あちらのお客様があなたに渡してほしいと……」

 そういった彼が目を向けたのはあの暗がりだった。リョウも見るが相変わらず誰がいるのかわからない。男は少し体を傾げて、リョウの耳にだけ聞こえるように

「白い惑星の思い出に味わってほしいとのことです。もっともあなたの一番お好きな銘柄の葡萄酒は用意できなかったのを大変すまないとおっしゃっておりました」

 その瞬間、リョウは自分の顔色が変わったことを自覚した。


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