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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム45

 リョウが一階に降りたとき、食堂はがらんとしていた。だが、つい先ほどまでそこが戦場のようだったのは、テーブルの上に置かれたままの皿の様子からわかる。奥からふくよかな中年の女性が現れて、皿を器用に積み上げていく。この宿の女主人だ。

「よく眠れたかい?」

 女主人は人の良い笑顔を浮かべて振り返る。

「とはいってもこの騒々しさだ。目が覚めてしまったかもね」

 自分で答えて豪快に笑う。

「そんなことはありませんでした。あなたのおかげでゆっくりと体を休めることができました。無理を聞いていただいて、ありがとうございます」

 リョウは頭を下げる。

「なにを言っているんだい。困っているときはお互い様だよ。あんたたちは荷物を盗まれて大変な思いをしていたんだしね。車だけは無事で良かったけどね。こんな田舎で置き引きにあうなんて、本当に災難だよ」

「でも荷物がすべて盗られたわけではなかったので助かりました。それよりここに泊めていただけたことの方が、私としてはうれしいことです」

 リョウはそう答えると、女主人がきれいにしたテーブルに着いた。


 エディが調達してくれた地上車は整備不良だったらしく、スピードを上げれば今にも止まってしまいそうなものだったのだ。エンジンの調子がいっそう悪くなった深夜に、リョウたちはこの宿屋を見つけたにだ。彼らだけなら、野宿でも平気だが、疲れきっているアリシアーナに無理はさせられない。無理をして後で動けなくなっては困るのだ。宿屋は満室だったのだが、ぐったりとしたアリシアーナを見かねて、女主人が三階の物置部屋をあけてくれたのだ。物置部屋とはいえ、かつてはそこも客室だったらしく、部屋には古いながらもベッドが据え付けられていた。

「昔はいつも、こんな調子だったんだけどね」

 女主人はそういいながら、手早くリョウの前に簡単な料理をおいた。焼きたてのパンにスープと目玉焼きに焼きベーコンを添えた物にサラダだ。

「普段は一部屋か二部屋が埋まればいいところなんだよ。幹線道路が別のところにできてしまってから、こっちを通る人はさっぱりでね」

 女主人はリョウのカップにコーヒーを注ぐ。

「でも帝国が自治権とやらを停止してしまったおかげで、こちらの方にも人が流れてきたんだ。幹線道路の方は帝国軍のアルテア分隊が検問しているって言うんでね。煩わしいのは嫌だろう? でもこのあたりじゃあたしんところしか宿屋がないからね。それで混んだのさ。でもあんたの身分証を提示すれば、検問なしですんなり幹線道路もいけるだろうよ」

「迷子にならなければね」

 リョウの言葉に女主人は声を上げて笑った。

「お仲間も起きてきたようだね」

 女主人は後ろを振り向き、エディたちの姿を認めると、再び厨房に引っ込んだ。


 女主人の同情心のおかげでベッドで眠ることができたのは確かだが、何の身分証も持っていなければ、女主人でも躊躇したはずだ。いくらアリシアーナの具合が良くなくても、怪しい人物を泊めることは、ほかの客の迷惑になるのだ。だがリョウが肌身はなさず持っていたハルシアートの身分証は、彼らの素性を疑う必要のないことを示していたのだ。もちろん彼女がハルシアートがどういう惑星国家かは知らないだろう。

 しかしこの宇宙に住んでいればどんな辺境の地でも身分証を確認することはできる。ハルシアートの身分証は帝国の最大限の保証を受けているということがわかれば十分なのだ。ハルシアートがグラントゥールの支配下にある惑星で帝国からの干渉を受けないのだということは知る必要もない。


「早いですね」

 エディがリョウの隣に腰を下ろす。

「そうでもないさ。君の方が早かったはずだ。ほかの泊まり客が目を覚ます前にに地上車の様子を見てきたんだろう?」

 エディは少しばかり目を丸くして

「気づいていたんですか……あの地上車を調達したのは僕ですからね。少しはまともに動くようにしておこうかと思ったんです。ほかの人たちがいると邪魔ですし……」

 エディは料理を持ってきてくれた女主人に礼を言うと、早速パンに手を伸ばした。

「それで動くようになったのか?」

「ええ、もちろんです。部品を交換したからもう大丈夫です」

「部品を交換って、いったいどこにあったんだ、その部品は?」

「いっぱい並んでいたじゃないですか。そのうちの一つと交換したんですよ」

 リョウは飲みかけのスープを危うく吹き出すところだった。

「盗んだのか?」

「とんでもない。ちゃんと交換したんです。向こうの地上車にはこちらの部品がついていますよ」

「そういうのを盗むっていうんだぞ」

 エディはにこりと笑って、

「手段を選べる状態ではないと思いますけど、僕たちはアルテア・シティに一刻も早くつかないといけないんじゃないんですか?」

「確かにそうだが……」

 リョウは少し肩を落とした。何の罪もない民間人に迷惑をかけるのは好きではないのだ。だがほかに方法はない。

「本当にまじめなんですね」

 エディは揶揄するようにリョウを見る。

「でもそのあなたが、あんな嘘を平然とつくとは思いませんでしたよ」

「仕方がないだろう。詳しい説明をするわけにはいかないんだからな」

 リョウは軽くエディを睨む。


 そこにジュリアとアリシアーナもやってきた。挨拶を交わし終えると、早速女主人が二人分の朝食を運んできた。

「お嬢さんもずいぶんと顔色が良くなったね。さあ、たんとお食べ」

 目の前に出された料理に目をやったアリシアーナはにこりと笑って

「ありがとうございます」

 と礼を言う。女主人は満足げにうなずくと再び厨房に戻った。

 その背を目で追っていたエディがスープをすすりながらぽつりと小声でつぶやく。


「確かに顔色はいいですね。でもそれも当然のことですが……」

 本当に小さなささやき声だったが、リョウにもジュリアにもその声は届いた。一人アリシアーナだけは気がつかなかったのだが、エディがそれ以上言おうとするのを阻止するように、向かいに座っていたジュリアがテーブルの下で彼の足を蹴って黙らせる。ジュリアに睨みつけられたエディがちょっと首をすくめて、スープを飲み続ける。


 一足先に食べ終えたリョウはコーヒーを飲みながらエディのことを考えた。彼は誰にでも人見知りせず物怖じもしないだがともに活動をしてきたリョウはどうもそれだけではないような感じがある。特にアリシアーナに対する彼の態度は、彼の性格とは少しばかり異なるように思えるのだ。密やかな侮蔑。時折そんな感情が見られる。

 不意にリョウはハーヴィのことを思い出した。ハーヴィも人なつこい性格で、リョウを慕ってくれたように思えた。だがそれが演技だったのを知ったのは、リョウを利用してマーシアを暗殺しようとしたときだった。

 だがフリーダムにマーシアはいないし、なによりエディはアルシオールの艦隊のフラー将軍の元から派遣されているれっきとしたアルシオールの士官だ。マーシアとアルシオールとの間に何かの関係があるにしても、エディに関わりがあるとはとても思えなかった。


「リョウ、まだ時間はありますか?」

 リョウは時計をみた。

「まだ出発しないがどうしたんだ?」

 エディはスープの入っていたカップを手に立ち上がった。

「お代わりをもらおうと思ったんです」

「君がか?」

 驚いたのはリョウだけではない。ジュリアもパンに伸ばしていた手を止める。

「珍しいわね」

 二人のその様子にアリシアーナの手も止まった。一転して注目の的になったエディは少し顔を赤らめ、

「このスープ、とてもおいしいと思いませんか?」

 リョウとジュリアは顔をほころばせうなずく。

「フリーダムの自動調理器が作るスープは、こくもなにもないからな。でもこのスープは確かに絶品だ」

 そうは思わないか、とリョウはアリシアーナを見た。ヒューロンのマーシアの館で料理人が作ったスープもとても手が込んでいておいしい物だった。この宿のスープも素朴だが、一流の料理人が作ったスープにも引けを取らない。王女としていつも手の込んだ物を食べているアリシアーナも同意したところを見るとここのスープは宇宙の超一流の店並の物なのだろう。

「艦に戻ることができたら、リチャードに言ってすぐにフリーダムの食事を改善させます」

「大丈夫。艦には戻れるわ。たとえ時間がかかろうともね。そうでしょう、リョウ?」

「ああ、もちろんだ。約束するよ」

 アリシアーナはこくりとうなずいた。


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