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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム44

 船体が激しく揺れる。

「宇宙航行用エンジンを切り離す」

 エディは復唱し、スイッチの一つを押す。とたんに別の衝撃が加わる。

「完全に不時着状態ですね」

「この状態ではシャトルの発着場は使えないからな。万が一のことを考えないと」

 リョウは操縦桿を掴み直して姿勢を安定させる。リョウは船体を放棄するつもりだった。シャトル発着場ではないところで不時着すれば、嫌でも人目をつく。グラントゥールが上空を制圧している状況では政府も大混乱で、すぐには動き出さないにしても、事態が落ち着けば必ず調査が入る。そのときに証拠となる物を残すつもりはない。しかし宇宙航行用のエンジンを地上で爆発させるとその影響は大きい。だから操縦には不便でもエンジンを切り離したのだ。もっとも連絡用シャトルも宇宙航行用と通常エンジンを持っている。大気圏内を航行するときは必ず通常エンジンを使用することになっているのだ。

「接地ポイントまであと10分」

 エディの報告にリョウは船体の姿勢を変えた。前のめりから船首を上げたのだ。船体は徐々に減速し、そして車輪が大地につく。がたがたと空を飛んでいたときとは別の振動が彼らを襲う。リョウは逆噴射を何度も繰り返して、船体を止めた。

「ジュリア、船体を放棄する。ただちに脱出しろ」

 リョウは客室にいる彼女にマイク越しに指示をする。その一方でエディはキーボードを叩いていた。リョウはシートベルトをはずして、座席の下と棚から必要な物を取り出す。

「船体放棄用のシーケンス、準備できました」

 リョウはうなずくと、荷物の一つをエディに渡した。そして

「ヴァルラート歴484年3月7日ヴァルラート標準時間14時16分。宇宙戦闘艦フリーダム所属宇宙連絡艇シヴァ2号、私、リョウ・ハヤセの責任において、船体放棄シーケンスの発動を命じる」

 リョウは朗々たる声で最後の命令を下した。

「船体放棄シーケンス発動します」

 エディが復習し、スイッチを押した。機器から一枚のディスクが吐き出され、エディからリョウに渡される。二人は同時に立ち上がり、コクピットを後にした。ドアが開く直前、振り返った二人は敬礼をし、ドアの向こうに消えた。

 誰もいなくなったコクピットではコンピュータが黙々とデータの完全消去作業を進めていた。


 そこは広い草原だった。そしてその周囲には森が広がっている。リョウたちが乗ってきた宇宙艇は森の一部をなぎ倒し、緑の草原に黒い跡を残して止まっていた。宇宙艇から遠ざかるように走っていたリョウは手を挙げて全員を止まらせた。アリシアーナがついて来れずにいるのだ。

「大丈夫か?」

 しばらくしてようやくやってきたアリシアーナは肩で息をしながら前のめりに膝を突いた。

 王宮や宇宙戦艦の奥まったところで生活している彼女は日頃から戦闘訓練をしてきている彼らのような体力はない。リョウは腕時計を見ると、エディを呼んだ。振り向いたエディはリョウの言わんとしたことを理解してうなずいた。そしてすぐさま走り出す。

「彼は……どこに……行くの?」

 アリシアーナがあえぎながら聞いた。

「偵察に出したんだ。心配はいらない。それより時間がないぞ」

 アリシアーナは立ち上がろうとするが足に力が入らないようだ。

「私はもう、無理です。もう走れません」

 息は落ち着いていたが、彼女には気力が欠けていた。

「そんなことはできないわ。ここにいればいずれ見つかってしまうのよ。そうなればあなたの身分はわかってしまうし、なぜこの惑星にいるのか追求されるわ。そのときあなたは嘘を突き通す覚悟はあるの? あなたの言葉しだいではアルシオール王国が危機に陥るのよ。さあ、立ってちょうだい」

 ジュリアが励ますものの、アリシアーナは動こうとはしない。

「宇宙艇はないのよ、ジュリア。私はどうやってリチャードのところに帰ればいいの?」

 その声は震えていた。宇宙に出る唯一の手段を失い、帝国の支配下に置かれたこの惑星で、身を潜めなければならないという事態に、恐怖と不安でアリシアーナは押しつぶされそうになっていたのだ。もはや彼女は目先のことしか見えていない。

 リョウはアリシアーナの細い腕を掴むと無理矢理立ち上がらせた。恨めしげにリョウを見るアリシアーナ。そんな視線などリョウは無視して

「いい加減にしろ。こんなところでただをこねるな!」

 腹の底からの叱責にアリシアーナが驚いたように目を丸くする。今までリョウはこんな声を彼女に向かって出したことがない。いや帝国軍の士官でニコラスたちの上官であったときも、リョウは滅多に声を荒げることはなかったと、ジュリアは聞いていた。帝国軍の第二級臣民からのし上がって指揮官となった男は、帝国貴族よりも紳士的だと言われていたのだ。その彼がアリシアーナを叱責した。アリシアーナはあまりのことに不安がっていたことすら忘れて彼を見つめていた。

「まだ終わった訳じゃないんだ。脱出しようと思えば、いつでもできるんだ。だがここで座り込んでいたら、やる前からあきらめていたら、永遠にリチャードとは会えないんだぞ。それでもいいのか!」

 アリシアーナは激しく首を振った。

「だったらあきらめるな。あきらめたらその時点ですべてが終わる」

 アリシアーナが再びリョウを見つめる。そしてゆっくりとうなずいた。

「とりあえずあの中に入るぞ」

 リョウは草原を包むような森を目顔で示した。ジュリアがうなずき、三人はゆっくりとかけだした。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

 どうやら軍か警察か治安部隊かのどれかがやってきたのだろう。足の遅いアリシアーナのために速度を調整しながら、森のに入ったリョウは時計を見る。

「耳を覆って、地面に伏せろ」

 二人がその指示に従った瞬間だった。

 衝撃が森を襲い、と同時に爆発音が響いた。

 木々の間から黒煙が立ち上るのが見える。そしていくつかの爆発が続けざまに起こる。

 アリシアーナをかばうように彼女の上に伏せていたリョウが立ち上がった。背中からは青々とした葉や枝が滑り落ちた。

「今のは?」

 アリシアーナはリョウに守られて傷一つない。アリシアーナは髪に絡んだ木の枝を払い落としているリョウを見上げた。

「宇宙艇を爆破したんだ。コンピュータの消去作業が終わると、内部と外壁を爆破して証拠を消してしまうんだ。内部は薬剤で証拠となるものをすべて無効にするし、外壁は今の爆発で粉みじんになる。証拠としての価値はこれで消える。彼らは残骸を前にこれがどこのものか知ることはできないんだ。調べようとすれば最新の設備で二十四時間作業を続けても五年や六年はかかる。そのころには状況も変わっているから、証拠としての意味は消えてしまう。そのための一連の作業なんだ」

 リョウはそう説明すると、ジュリアの様子を確認する。衝撃波で落ちた葉の中からジュリアが現れる。彼女にもけがはないようだ。

 そこにエディがやってきた。

「アルテア警察の人間が、宇宙艇の残骸に集まっています」

「被害は出ていたか?」

「はい、車両が二台、大破していました。人的被害は確かなことはわかりませんが、けが人はいるようです」

「帝国軍の治安部隊は動いていたか?」

「まだですが、いずれこちらに向かってくると思います。ここまで証拠隠滅したのですから、ただの不時着とは見なされないでしょうからね。しかもアルテアは目下混乱状態です」

「捜索は遅れるな」

 エディがうなずいた。帝国軍の治安部隊は自治政府の警察元々仲がよくない。しかも今は帝国軍がアルテアを制圧している状況だ。心ある者は自分たちの自由を奪おうとしている帝国に自ら進んで協力しようとする者はいない。それはもちろん警察も同じだ。ただ彼らは逆らうことはできない。命令には従わざる得ない彼らにできる抵抗は自分たちが無能であることを示すことだ。人的には帝国軍から派遣されている治安部隊の数は少ない。警察の手を借りなければ、人を捜すこともままならないのが現実だ。

「車を調達してきました。目的地の首都アルテア・シティまでは、二日間地上車を走らさなければなりません」

「そんなに離れているの?」

 エディがジュリアを見て

「これでもなるべく近い場所を選んだんです」

 といいわけをした。

「仕方がない。管制誘導をしてもらえなかったのだからな。とにかく、ドライブだ」

 リョウの指示のもと、彼らはエディが手に入れた地上車に乗り込んだ。


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