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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム43

 操縦室のドアが開くなり、狭いコクピット内にはノイズがあふれていた。

「いったい何があったんだ?」

 リョウはエディの隣の席に体を滑り込ませた。エディは必死に通信機を調整している。通信機の故障かもっと別の理由か……とにかく外部との連絡が取れない状況なのは確かだ。

「いつからだ」

 リョウも思い当たりそうな機器をチェックする。

「五分ほど前からです。はじめは機器の故障かと思ったのですが……」

 不意に耳障りなノイズが消えた。機器に異常なところはない。次の瞬間、

「我々はグラントゥールのエルスバート公爵の艦隊である。ヴァルラート帝国皇帝サイラート四世の依頼を受け、ただ今より惑星アルテアの制宙圏を我が統制下に置く。何人であろうと、我々の許可なく移動することは許さない。惑星アルテアは帝国自治法第732条により惑星アルテアの自治権は消失する」

「帝国自治法だって?」

 リョウの言葉にエディが深刻そうにうなずいた。

「惑星アルテアは反帝国組織を支援していたことが帝国側に知られたという事です。帝国自治法の第732条は確か反帝国活動に関わった政府は自治権が失われるとありますから」

「詳しいんだな」

「ええ。興味があったんです。帝国法にね」

 彼らの通告はまだ続いていた。エディはよりはっきり聞こえるように通信機器を調整すると同時に、策敵レーダーの範囲を広げた。

「指示に従って止まりますか?」

 エディが振り向く。リョウは背もたれに体を預けて目を閉じる。移動を禁じたという事は制宙圏内にある宇宙艇や宇宙船などを臨検する気なのだろう。リョウはちらりと肩越しに客室の方を見やった。自分たちだけなら臨検を受けても何とか逃れることができるだろう。

 だがアリシアーナは彼らとは立場が違う。アルシオール王国の王位継承者である彼女がここにいること自体が問題になる。アルテアは帝国に反逆したという事で、自治権を剥奪されたのだ。その惑星に行こうとしていたという事がわかれば、アルシオール王国にも同じ事が起こらないとは限らないだろう。

「至急、降下ポイントを算出して、そこにさりげなく向かってくれ」

「降下ポイントを算出って、手動で降下するんですか?」

 エディは驚くと同時に怯えているようだった。手動の大気圏突入は緊急事態でしか想定されていない。たいがいはその惑星の大気圏突入時に管制官が誘導してくれるのだ。

「アルテアの管制が機能すると思うのか?」

「あっ」

 リョウの冷静な指摘にエディは我に返ると、降下ポイントの算出にかかる。

「ジュリア、俺たちはフリーダムに引き返すことができなくなった。アルテアが自治権を失って帝国に接収された。だが俺たちはこれからアルテアに降下する。何が起きてもいいようにしっかりシートベルトをしておくんだ。アリシアーナのことは君に任せる」

 リョウは索敵レーダーを監視しながら、客室内のジュリアに伝える。

「アリシアーナって、彼女、密航したんですか?」

「ああ。物入れに隠れていた。あれほどついてきてはいけない言っておいたんだが……おかげで選択肢がなくなった」

「本当にやるとは思わなかった」

 エディが小声でつぶやいた言葉をリョウは聞き逃さなかった。リョウはじろりとエディを睨んだ。エディが自分の失言に気付き、顔を青くする。

「あの……わたしがあなたと同行することを知った彼女が尋ねてきたんです。もちろん、わたしだってだめだといいましたよ。信じてください。絶対やっかいなことになるってわかっていたんですから。でもとても哀しそうな顔をするから、思わず言ったんです。どうしてもついてきたいのなら、密航するしかないねって。軽い冗談のつもりだったんです。まさか本当に実行するなんて……」

 エディはがっくりと肩を落とした。自分が冗談で言ったことがこんな事になるとは思わなかったのだろう。アリシアーナのせいで彼らは窮地に立たされているのだ。アルテアについたところでフリーダムに戻れる可能性は多くはない。

「起きてしまったことは今更取り返しがつかない。今はとにかくグラントゥールの人間と接触する前にここから脱出するだけだ」

 エディもうなずいた。


「いったい何が起きたのでしょうか?」

 ジュリアは先ほどまでリョウが座っていた席にアリシアーナを座らせ、シートベルトを締めさせた。言いたいことは山のようにある。だが今はそれどころではない。不安な彼女がこれ以上不安になってパニックを起こさないようにしなければいけないのだ。

「わからないけど、いいことではないわね。でも大丈夫。リョウがいれば怖いことはないわ。シドラスでもそうだったでしょう?」

 その瞬間、青ざめていたアリシアーナの顔がぱっと明るくなった。

「確かにそうでした。リョウさえいてくれれば怖い物はありません」

 無邪気に喜ぶ様子にジュリアはほっとした。リョウの名前のおかげでアリシアーナはパニックにならずに済みそうだ。だが同時にリョウのことを持ち出したジュリアも彼がいてくれるから落ち着いていられるのだ。アリシアーナもそして自分もリョウにすべて寄りかかっている。リョウはジュリアたちの命に対して責任を負っているが、ではジュリアは彼の何に対して責任を負うのだろう? ジュリアは彼だけが多くの責任を負っているように感じられた。それでいいのだろうか? ジュリアが自分の考えを追求しようとしたときだった。船体に軽い衝撃が走る。びくりと体をふるわせるアリシアーナ。これは何かが近くでワープアウトしたときの衝撃だ。


 レーダーのディスプレイに映し出される映像にリョウは思わず感嘆の声をあげた。

「見事な腕前だ。これ以上近づけばこちらの船体に被害が出るというぎりぎりのところでワープアウトするとはな。さすがはグラントゥールだな」

「帝国軍ではこういうことはできないんですか?」

「まず無理だな。これだけ距離を詰めると言うことはそれだけ繊細な技量が必要だ。訓練に訓練を重ねた技量がね」

「それでどうするんですか?」

 通信機からは停止の指示が発せられている。もしこのまま停止しなければ、攻撃を受けることになる。

「降下ポイントは算出したな」

 エディはうなずいた。すでに算出された数値はコンピュータに入力済みだ。

「よし。次はゆっくりと停止するんだ」

「停止ですか? でもさっきは臨検を受けるのはまずいといっていたでしょう?」

 リョウはニヤリと笑った。

「臨検を受けるつもりはない」

「でもどうやって……」

 臨検を免れるのか、時こうとしたそのとき、再び船体が揺れた。エディがあわてて状況を報告する。

「牽引ビームです」

 だがリョウは顔色一つ変えていない。すでに予測していたのだろう。

「エディ、しっかり捕まっていろよ」

 操縦桿を手にしたリョウはそういうと、いきなりエンジンを全開にして後ろ向きのまま、牽引ビームを発射している宇宙船に向かっていった。牽引ビームの力が増していく速度よりもリョウの操縦する宇宙艇の速度の方が早い。

 牽引ビームにエネルギーを割いている宇宙艇はリョウに追いつかれそのまま衝突してしまう。それを回避するには全速力でこの位置から退避しなければならない。移動するには牽引ビームは邪魔だ。

 緊急事態を知らせる赤い照明に切り替わる。衝突警報が鳴り響く。そんな中、宇宙艇の自由を奪っていた力が不意に消失した。牽引ビームに割り振っていたエネルギーを彼らは衝突を避ける方に使うことにしたのだろう。すなわち向かってくる敵を撃破する。それがグラントゥールだ。

 エディが息を飲む。

 次の瞬間、リョウはすべてのエネルギーを前方の推進力に切り替えた。その反動で、体に負荷がかかる。

 レーダーには照準の合わなくなった宇宙船の主砲が飛散するのが映った。


「いったい、今のは何だったんだ?」

 操縦桿を握っていた男が一段高い場所にいる男を振り返った。

「追いかけて撃破しますか?」

 別の男が問う。船長席の男は口元に笑みを浮かべて首を横に振った。

「アルテアから外に出た訳じゃない。あの大胆な行動に敬意を払って、今回は見逃してやろう」

「それでかまわないのですか? もし司令官が何か言ってきたら……」

「そのときはありのままを話すさ。俺たちはあの宇宙艇に負けたんだとね。それに責任は俺がとる」

 男の部下たちは一様に納得してうなずいた。それぞれが再び機器に向き合い、次の標的に向かって作業が行われていく。


 青く輝くアルテアに一つの点が向かっていく。そして吸い込まれるように消えた。


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