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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム42

「ところでダグラスという男の詳しいことを教えてくれないか?」

 操縦室に顔を出し、すべてが順調に進んでいることを確認したリョウは客室に戻るなり、ジュリアに尋ねた。

「ダグの事?」

「俺は彼が情報屋で、君に緊急で重要な頼みごとをしたという事だけしか知らされていない。すべては彼がお膳立てしていて、俺たちは彼が逃がしたいと思っている人物を受け取って目的のところまで届ければいいと言うことだけだ」

「全くニコラスったら……自分が知っていることはあなたも知っていて当然という感じね。あなたもなぜニコラスに問いたださなかったの? いつもならしつこいぐらいに聞きまくるでしょう」

 作戦に不備なところはないか、リョウは常に情報を集める。上からの命令だからと言って、作戦をそのまま実行することはない。それが軍部の一部には嫌われる原因の一つともなっていたのだが、兵士たちの命がかかっているのだ。妥協はできなかった。

「一応詳しい状況を聞いたんだがな、ニコラス自身よく把握していなかった。すべてはダグラスに任せておけばいいと言うだけでね」

 リョウはそう言うと新しくついだコーヒーに口を付ける。リョウはジュリアの視線を感じて顔を上げた。

「ニコラスには何も言わなかったの?」

 リョウは首を傾げた。

「それではだめだとか、指揮官ならもって情報を把握しろとか、あなたなら曖昧な情報で動いたりはしないでしょう」

「俺はな。だが指揮官は俺ではないし、ニコラスにはニコラスのやり方がある。俺と同じようにはできない。彼はダグラスという男を全面的に信頼している。それに今回の場合は情報を手に入れるにも限界があるのは確かだしな」

「それであなたは一応、納得したわけね?」

「そうでなければここにはいないよ」

 ジュリアはリョウが一歩引いた立場に自分を置いたのに気づいた。ニコラスとの諍いが彼をこのような立場に追い込んだのか、と考えながら、

「ダグラスは信用できるわ。彼はやると言ったら必ずやる人よ。あなたがグラントゥールの人たちを信頼するのと同じくらい私たちは彼を信頼しているの」

 リョウがグラントゥールを信頼しているのと同じだと言われれば、リョウもダグラスを信用するしかない。少なくともダグラスを無条件に信じているニコラスやジュリアを信じることはできる。

「ダグラスはヨハン・シュルツ解放戦線時代の同志なの。私たちを受け入れるように進言してくれたのも彼なのよ。私たちがこうしていられるのも彼の力があったから。あの中では彼が一番信じられたわ。だからニコラスもなにをおいても彼の役にたちたいのよ」

「彼は自分の組織が壊滅したあと、君たちと合流はしなかったんだな」

 ジュリアはうなずいた。

「私たちは彼が死んだと思っていたの。でも、ある作戦の時にリチャードから紹介された情報屋が彼だったのよ。それから時々、情報をもらっているわ。もっとも支払いは悪いんだけどね」

「そう言うつながりか……。ところで誰を運んでほしいとかは言っていなかったのか?」

「ええ。知らない方がいいといっていたけど。何か気になるの?」

「食料を運んでいるつもりが、惑星破壊弾だったという事になると嫌だからだよ。運ぶ相手が凶悪な犯罪者という可能性はないか?」

 ジュリアは少し考えてから首を横に振った。

「その可能性は少ないと思うわ。むしろ彼は帝国を激しく恨んでいるから、反帝国運動に関わっている人間ね。たぶん大物だと思うわ。でも何らかの事情でアルテアから外に出られない。だから私たちに白羽の矢が立ったのよ。あなたの言い分じゃないけど、私たちは全く知られていないけど、ダグにとってはよく知っている相手だし、なにより一応の備えもあるわ」

 もし連れ帰る相手が、反帝国勢力の大物なら、ダグラスの判断は間違ってはいない。だがそれは無事にダグラスと接触することができて、惑星アルテアを脱出し、フリーダムに戻ることができたらの話だ。コーヒーカップに口を付けたリョウは、事がそう簡単には終わらない感じがした。どこかに見落としがあるような、だが彼の得た情報では判断がしようもないのも事実だった。


 不意に宇宙艇が振動した。ジュリアがコーヒーカップをおいているテーブルを片づける。

「アルテアの重力圏に入ったのね?」

 リョウはうなずいた。惑星アルテアには軌道エレベーターがない。宇宙管制塔の指示に従っての惑星降下が行われるのだ。その降下ポイントにつくまでに重力場の乱れなどで、船体が激しく振動することがある。先ほどの揺れはその前兆だ。そして再び艦は激しく振動した。

 と同時に、後ろの方で悲鳴が上がる。リョウとジュリアはとっさに振り向いた。リョウが銃を抜いて立ち上がる。

 向かった先は客室の清掃道具を納めている物入れだ。人が一人隠れることのできる空間はある。

 銃を片手に、リョウはドアを開けた。そのとたん転がり出たのはアリシアーナだった。彼女にとっては不意打ちだったらしい。悲鳴を上げた彼女は顔を上げた。リョウの顔を見たとたん、笑いかけた彼女の顔がこわばった。

「いったい、どういうつもりだ? これは遊びではないと何度も言ったはずだぞ」

 リョウは銃を納めたが、彼女に手をさしのべようとはしなかった。

「私……」

 とりつく島のないリョウの態度にアリシアーナは口ごもった。がすぐにキッと顔を上げて、

「私もこれが遊びだなんて考えていません。私もいずれはお父様の跡を継いで、アルシオールの統治をします。そのために戦いを経験するのは決して悪いことではないでしょう」

 アリシアーナは背を向けたリョウにはっきりと告げた。ジュリアが立ち上がり、リョウはその場で振り向いた。

「この作戦はとても危険なものだと何度も言ったはずだ。今までのように君の護衛のために人手を割くことはできないんだ。自分の身は自分で守らなければならないんだぞ。君にそれができるのか?」

「それは……」

「それに、君に万が一のことがあったらどうするんだ?」

「お父様には手紙を出しています。もしもの事があってもあなた方の援助は打ち切らないように、と」

 口ごもっていたアリシアーナが悲しげな口調で答える。リョウが自分の心配をしてくれるのはフリーダムへの援助が打ち切られるのが怖いからなのか、と考えたのだ。だが次の瞬間、

「そんなことを言っているんじゃない。君に何かあったとき、君の国はどうなるんだ? そこに住んでいる人たちは?」

 アリシアーナははっとした。そして改めてリョウを見つめると同時に、彼がほかの人たちとは違い、自分の思惑ではなく、それを越えて彼女自身のことを考えてくれていることに気づく。私利私欲のないその姿に、アリシアーナは後悔の気持ちがあふれてきた。

「ごめんなさい……」

 自然に言葉が出てしまう。リョウは深く息を吐き出すと、ジュリアに彼女をシートに着かせるように頼む。

「彼女をどうするつもり?」

「このまま連れていくわけには行かないだろう。一度戻るしかない」

 計画がかなり遅れることになるが、アリシアーナを危険の中に連れて行けない。シドラスの時とは違うのだ。

「そうね、それしかないわね」

 ジュリアもそう納得するほかはなかった。アリシアーナがしょんぼりした様子で席に着いたのを見届けたリョウが操縦室に行こうとしたその時だった。

「リョウ、至急きてください」

 エディの切迫した声が客室内に響いた。


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