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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム41

 リョウはフリーダムの宇宙艇の客室部分に座っていた。この手の宇宙艇には慣れているはずなのだが、なぜか落ち着かない。シートの中で何度か座り直す。

「手持ち無沙汰のようね」

 目の前にコーヒーが差し出された。顔を上げると、ジュリアがいた。

「目の前に計器がないとやはりおかしな気分かしら?」

 ジュリアは隣の席に腰を下ろした。

「この手の宇宙艇で、客室側に座ったことはほとんどなかったからな。こっちの方が緊張する」

 ジュリアはぷっと吹き出した。

「なんなら、コクピットに行く? 本当は自分が操縦したいのでしょう?」

 リョウはばつの悪い顔をして前髪をかきあげた。

「エディを信用していないわけじゃないんだが、あいつは経験が少ないからな。確かに訓練では優秀だが……」

「訓練と実践は違うわね。医師の世界もそれは同じよ。でも……」

 そこから先は言わなくてもわかる。誰でも経験は積まなければならないのだ。

「エディがやりたいと言ったから許可したんだ。彼は通信や策敵の担当だが操縦資格があるし、そう難しいコースでもないからな。それに話があると言っていただろう?」

 ジュリアはうなずきながらリョウの隣のシートに座った。言いあぐねているのかジュリアは自分のコーヒーに目を向けたまま、カップをゆっくりと動かす。そして決心したように顔を上げた。

「話は、シドラスから帰ったあとのことだろう? ニコラスと俺の……」

 ジュリアはちょっと驚いた顔をすると同時にほっとした表情を見せた。

「何でもわかるのね」

「そうでもない。だが君があえて俺と二人きりで話をしたがっているのを感じたからな。君はよほどのことがない限り、軍務に干渉はしない。それなら用件はニコラスのことだと想像がつく。それにニコラスが俺をああ言う形で呼んだことが思わぬ波紋となっているようだしな」

 ジュリアはまじめな顔でうなずいた。ジュリアはリョウと同じように、フリーダムの階級には組み込まれていない。しかもリョウとは違って、当初からいる存在であり、また必要とあれば艦長のニコラスにも歯にものを着せずに苦言を呈する女性として、仲間内では認識されていた。しかも彼女は中立の立場にあった。だから多くの乗組員が彼女の医務室を気軽に訪れてはコーヒーを飲んでいく。そこで何気なく交わされる言葉が、彼らの精神状態に安定をもたらすこともあるのだ。そしてまたジュリアがニコラスにアドバイスをするときのヒントともなっていた。

 一方、リョウの方はもっと直接的だ。ニコラスのやり方に内心反対している者たちが、リョウの部屋を訪れては何事か言いたい表情をしていたのだ。だが、リョウは世間話まではするが、それ以上の話を持ち出すことは許さなかった。話がそちらに向かいそうになると、彼は静かに視線を向ける。そうすると彼らは口を閉ざすほかはなかった。だが航海長のルークだけは違っていた。


 彼は部屋に入るなり、

「艦長、あなたが指揮を執るべきだ」

 と告げたのだ。ルークは再び彼を艦長と呼んでいた。

「この艦の指揮官はニコラスだ。それが嫌だというのなら、おまえは艦を下りるべきだろう」

 冷徹な口調にルークはぎょっとしてリョウを見返していた。彼からそう言われるとは思っていなかったのだ。

「この艦を命がけで奪ったのはあなたではないですか。そしてすべてをかけて俺たちを逃がしてくれたのもあなただ。この艦の指揮権はあなたが戻った時点で、あなたに戻されるべきだったんです。それなのにどうして?」

 ルークの行き着く先はいつもそこにだった。リョウはスケッチをするために手にしていた鉛筆を机に置くと、ルークに向き直った。

「三年の月日をおまえはどうみる?」

 唐突に問いかけにルークが困惑する。

「決して短い月日じゃない。人が成長するには十分すぎるほどだ。だがおまえは変わっていないな。もう少し冷静になってニコラスを見てみろ。あいつはもう俺の部下だった男じゃない。指揮官としてこの艦をよくまとめている」

「しかし!」

 ルークが声を荒げる。

「もしどうしてもニコラスのやり方や考え方を受け入れることができないと言うのなら、俺をかつぎ上げるのではなく、自らニコラスの代わりになるか、船を下りるしかないだろう」

「私に反逆者になれと言うのですか?」

「おまえが俺に指揮官になれと言っているのは、俺に反逆者になれと言っているのと同じだとは思わないのか?」

 その言葉にルークはようやく思い当たったらしい。

「それは……」

「俺はニコラスを支持している。彼の部下であることに不満はない。彼が命令をすれば俺は自分の意志でそれに従うだろう」

 そう告げたリョウはルークの表情が変化するのを確かめる。ニコラスと敵対する気がないことを彼は納得しただろうか?

「もしあなたの考えてニコラスの考えが相対することになったらどうするんですか?」

 リョウは迷わなかった。

「そのときは俺は船を下りる」


 その明確な答えにルークはおとなしく部屋を出ていったのだ。

 それから彼は何かをずっと考えているようだとリョウは聞いていた。彼の中で結論が出るのは先のことだろう。

 ルークの訪問が一つのピークだったことは間違いない。ルークとのやりとりのあと、彼の部屋を訪れるものはほとんどいなくなった。時折、数少ない例外が愚痴をもらしにくるジュリアと、エディだった。エディとはそう接点があるわけではないのだが、居心地がいいのか最近は頻繁に顔を出すようになっていた。

 今回エディが彼らに同行することになったのも、リョウとジュリアが行くと聞いて、彼が自ら望んだことだという。その折りに、彼が望んだのはシャトルの操縦がしたいと言うことだった。リョウはシミレーションで彼の操縦技術を確認した上で許可をした。

「エディはうまくやっているようだな」

 リョウはコーヒーを飲んだ。

「そうね、ニコラスが操縦するときよりも発艦はスムーズだったわ」

「彼は元々戦闘機乗りだからな」

 そう応じたリョウは

「ニコラスとのことなら心配はいらない。俺がなにも動かなければ、フリーダムの対立も自然におさまるだろう。そうなるように手は打ったつもりだ」

「ありがとう。ニコラスはあなたのことが嫌いな訳じゃないのよ。ただ三年間リーダーだった自負とあなたの部下だったことへの思いが彼を苦しめているの。あなたの部下だったときの彼は、あなたのことをルーク以上に信奉していたから」

「俺は誰かに信奉されるような人間じゃない」

「そう思っているのは本人だけよ。どう言うわけかあなたの周りには、あなたの知らないうちにそう言う人たちが集まるようになっているのよ」

 ジュリアの言葉に苦笑を浮かべたリョウはふと、

「もし君の言うとおりだとしたら、俺の目の前で俺を罵る人間はとても貴重だな」

 コーヒーを飲みかけていたジュリアは手を止めた。

「そんな人がいるの?」

 リョウは思わず優しい表情を浮かべて、

「いるよ。面と向かって何度も馬鹿だと言われた」

 信じられないとつぶやいたジュリアの声を聞きながら、リョウが思い浮かべたのはマーシアだ。彼女といるときは、自分は素のままでいられたような気がする。いいことも悪いところも彼女にはさらけ出していたように思った。


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