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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム38

 ニコラスは表示されている二つの報告書を読み比べていた。惑星シドラスに降りたことは本来なら完全な休暇だからいちいち報告書を作成するようなことではない。ジュリアとリョウの二人以外はそんなものは作ってはいない。だが二人はシドラスでの事件に関して正式な報告書を作成したのだ。それにジュリアが贈られたという宝石とセレイド触媒の件がある。確かにセレイド触媒の補充はフリーダムにとって不可欠なものだ。しかし彼らが接触を持ったグラントゥールはどうみても帝国側の人間だ。帝国側の人間と接触し、あまつさえこちらが何よりも必要としているものを贈られるとは……しかもそのことに関してなぜリョウが異議を唱えなかったのか、ニコラスには理解できなかった。以前の彼なら、どんな苦しくても敵からの援助など拒んでいただろう。そうだからこそ、帝国軍の士官であったとき、貴族の士官たちから目を付けられすべてを失い、その結果ヒューロンに送られた。もし彼が誇りを犠牲に妥協し、媚び諂うことができたのなら、そんな目には遭わなかったはずだ。

「彼は変わった……」

 立ち上がったニコラスはそうつぶやくと、コーヒーを取りに行きそしてまた席に戻った。手にした大きなマグカップから湯気が立ち上っている。彼はしばらくその湯気を見つめて、机の上にあるスイッチを押した。

「エディ、リョウを俺の部屋に呼んで暮れ――いや、艦長公室の方に出頭しろと伝えるんだ」

 机のディスプレイに映ったエディが一瞬戸惑ったように見えた。艦長公室に呼ぶということは、これが私的なものではないということだ。今までニコラスはリョウに対しては一度も自分の立場を見せつけるようなことはしていない。なぜならリョウは、彼にとってかつての上司であり、彼らのためにヒューロンで苦労した親友なのだ。ほかの部下たちとは違う。

 だがこのフリーダムを治めているのは自分なのだ。という思いがなぜか強く彼の心を占めていた。


「艦長公室に……出頭だって?」

 リョウは情報端末のディスプレイに映るエディを見た。エディは重々しくうなずく。彼も戸惑っているようだ。

「どうしますか、リョウ」

 リョウは心配そうに見つめるエディを安心させるように

「すぐに行くと伝えてくれ」

「はい」

 エディがほっとした顔で通信を切った。

 リョウは何も映らなくなった通信端末を手にしたまま、ニコラスの感情に考えを巡らす。

 彼が突然ああいう態度に出たのは、おそらく惑星シドラスでの出来事が原因なのだろう。リョウは手にしていた情報端末を腰のホルダーにしまった。机の上にはスケッチブックが広げられていて、マーシアがこちらを見つめている。微笑んでこちらを見ているマーシアの絵に向かって、まるで当人がそこにいるかのように

「全く君たちは波風を立てるのが好きだよな。もっとも俺には悪気はないのはわかっているが、しかしそう感じる者ばかりじゃないんだぞ」

 リョウはたしなめるようにいうと、スケッチブックを閉じ、立ち上がった。


 艦長公室はブリッジの近くにある。ちょうど交代の時間なのだろう兵士たちが通路を行き交っている。そしてリョウを見る度に敬礼をしていく。リョウもその都度、手を挙げて帝国の士官と同じように返していく。この中の多くが帝国軍出身なのだから当然軍律もそれに準じていることの方が多い。

 この艦におけるリョウの立場は曖昧なものだ。かつて彼の部下はほんの一握りだし、ヒューロンにいる間に彼の階級は消えた。だがここでは誰もが彼に上官に対する挨拶をしていく。艦長と同等の敬意が彼に払われているのだ。

 リョウは自分がそれにふさわしいのか何度も考えていた。彼は仲間の元に戻ったが、フリーダムには彼の仲間だけではなく、彼の知らない人間が大勢いて、そこで社会を作っているのだ。いわば一部の人間にとって彼は既知の人間だが、それ以外の大多数のものたちにとって彼は新入りなのだ。帝国のような軍律があるとは言っても、はっきりとした階級はない。ここにいるのは帝国を離れた軍人や元軍人、または惑星政府軍から密かに派遣されたもののほかにも民間人までいるからだ。それに規模が大きくないというのもある。とはいえ、命令系統を確立するためにはそれなりの上下関係が必要となる。一つには職務の責任の度合いであったり、または経験や入ってきた順番などだ。


 その点から見て、リョウは特別に扱われている。彼はニコラス直属の参謀の扱いでこの艦にいるが、その実態は居候だ。これといった仕事があるわけでもなく、必要に応じて任務が与えられるだけだ。アリシアーナの護衛という名目で、彼女の世話をするように、ほかの誰にも割り振りしにくいことが彼に回ってくるのだ。ニコラスからの呼び出しがなければ、彼は一人で部屋にこもっていることもできるのだ。もっともそんな無為な時間を過ごすつもりはリョウにはない。たとえ任務がなくとも、彼は多くの時間を訓練場においていた。どういう状況であろうと万全な状態で戦いに望むための心構えだった。

 だからこそ惑星シドラスでジュリアたちが誘拐されたとき、グラントゥールの手を借りたとはいえ、無事奪還することができたのだ。リョウが彼らの期待に応えるほどの能力を持っていなければ、彼らは自分たちのやり方で名誉を取り戻したことだろう。彼らは目的のためには手段を選ばない。ジュリアたちを取り戻せれば、他者など気にもとめないのだ。


 そのアリシアーナは今ジュリアのところにいる。おかげで時間がとれて絵を描いていた……。

 リョウは静かに一人微笑むと、改めて艦長公室のドアを見つめた。そして壁際のスイッチを押す。

「ニコラス、リョウだ。入ってもいいか?」

 彼は中の住人にそう告げた。そう言いながらリョウは苦笑する。自分の立場が曖昧なせいもあるが、己自身まだ以前の立場から抜け切れていないのを感じたのだ。


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