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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム36

 そこにアリシアーナが近づいてくる。その存在に気づいたレオスは急に笑いを納めた。

「何か用かな?」

 物問いたげなその様子に、彼の口調は優しかった。

「あなたにはとても大きな力があると感じました。そして帝国の法の外にあるとも」

「その通りだよ。私には帝国を倒すだけの力はあるし、それを帝国がどうこうすることはできない。それがどうしたのかね?」

 アリシアーナは一歩前に進むと、

「ではその力をどうか私たちのために貸していただけませんか? 帝国の悪政を打ち破るためにです」

 リョウは二人を見ながら、背筋が寒くなるのを感じた。どうにか自分たちの力になってもらおうと必死のアリシアーナは全く気づいていないが、あの優しい口調の底には冷ややかなものがある。そして軽蔑も見え隠れしている。

「帝国の悪政か……」

 彼は考えるようにつぶやいた。

「そうです。帝国の悪政を打ち倒すのです。そして新しい社会を築いていくべきなのです」

「アリシアーナ」

 リョウは思わず声を上げて、彼女の言葉を遮ろうとした。だが、逆に言葉を封じられたリョウの方だった。レオスがリョウに向けて邪魔をするなとで言うように手を挙げたのだ。リョウはレオスを見た。その視線に気づいたりレオスがにやりと口元をかすかにあげてみせる。小さく息を吐いたリョウは二人の成り行きを見守るしかない。

「リョウ……」

 そばにきたジュリアの心配げな声に、リョウは彼女を見下ろして干渉はできないと首を振った。ジュリアの顔に戸惑いが浮かぶ。もし対峙している相手がレオス・フェルデヴァルトでなければ、リョウはアリシアーナの前に立って、彼女を是非にでも守ったであろう。だがレオスならば少なくとも彼女を傷つけることはない。アリシアーナはまだ自分の保護下にあるのだ。そしてリョウが彼と会談するための条件としてアリシアーナを守るという約束は、彼女たちがさらわれた時点で破られている。このことはグラントゥールにとっては失点だ。その貸しはまだ完全に返してもらっていない。


「帝国を倒した後のことを君は考えているのかね?」

 レオスはアリシアーナに尋ねた。リョウはまるで自分が聞かれているかのようにごくりと息をのんだ。レオスにとってその質問は、回答者の器量を推し量るためのものだ。答えを間違えれば、グラントゥールはアリシアーナを相手にすることはない。

「もちろんです。反帝国組織の者たちを集めて、新たな政府を開きます」

「ではその中心になるのは誰なのかね?」

「中心になるのは当然アルシオール王国です。ほかの組織は国家としての体制を維持して行くには力不足でしょう。彼らは国家を運営したことはないのですから」

 リョウは隣でジュリアがハッと息をのむ音を聞いた。アリシアーナの言葉はあまりにも現実離れしている。アルシオール王国にいったいどれだけの力があると思っているのか、理解していないことの証にも聞こえた。

 レオスの口元が皮肉っぽく持ち上がる。リョウはその瞬間、アリシアーナは彼の試験に落第したことを知った。しかしレオスはまだ質問を続ける。

「そういう体制で、帝国よりもましなことができると思っているのかね?」

「もちろんです」

 アリシアーナの声に戸惑いはいっさいない。彼女自身はそれが正しいと信じきっているのだ。

「ではもし、私が君たちの味方をしたら、私たちはどういう扱いを受けることになるのかな」

 期待している声ではない。

「もちろん新たな政府の中でも重要な地位を得ることはお約束できます」

 まじまじとアリシアーナを見つめた後、彼は笑いだした。おかしくておかしくてたまらないと言う笑いに、ジュリアもアリシアーナも戸惑う。だがリョウだけは違った。リョウは沈痛な気分でアリシアーナを見つめた。

 不意にレオスは笑いを納めた。そしてそれまで優しい仮面に隠していたグラントゥールの筆頭公爵という素顔を見せて、

「なぜ私がそんなものを欲していると思うのだ?」

「そんなもの……」

 レオスの体から突然拭きだした冷たい雰囲気にアリシアーナは恐怖を感じたのか、思わず後ずさる。でも彼女にはなぜ新しい政権での地位が、彼にとって些細なものであるかのように言うのか理解できなかった。地位を約束されれば、誰もが喜んでいた。フリーダムのニコラスやジュリアも彼女が彼らの後援者になると知ったときとても喜んでくれたのだ。でも彼は違う。

「地位や権力が欲しければ、私は人の手など借りぬよ。自分の手で血を流して取りに行く。他人に戦わせて楽に手に入れようとは思わないし、そんなものに価値はない」

 レオスはそういうと、

「君はどう思うかね、リョウ・ハヤセ。彼女の計画は成功すると思うかな?」

 どうやら今度の試験の相手は自分のようだ。リョウはレオスの瞳をまっすぐに見つめると、首を横に振った。

「リョウ!」

 アリシアーナが抗議の声を上げる。彼が否定したことは彼女にはショックだったらしい。瞳を大きく見開いてこちらを見つめている。

「それがどういう形の政府にしろ、アルシオール王国が中心となれば、ほかの勢力が黙っていないだろう。自ら血を流してきた彼らがな」

「リョウ、アリシアーナの前で言い過ぎよ」

 ジュリアが体を寄せてささやく。だがアリシアーナは自分の認識と現実にはかなりの開きがあることを知るべきなのだ。不意にレオスが笑った。

「本当におまえはおもしろい。おまえたちの大切な後援者の前でそんなことを言うのだからな。誉めたたえておけば波風も立たせずにすむだろうに」

 レオスは言葉を切ってアリシアーナに顔を向け

「だがこの件をどうするかによって、アルシオールの器がはかることができるわけだ。告げられた事実が気に入らないと、資金を引き上げるか。それとも事実は事実として受け止めた上で、帝国打倒のために彼らに援助し続けるか。彼らが気に入らないからといって、ほかの勢力と接近しようとしても力のあるものは、誰もアルシオールの力を借りたいとは思わぬだろうしな。帝国建国以来の名門のアルシオールとしてはこの段階で正規軍を動かして反逆するつもりはないだろうし、なかなか難しい選択かな?」

 レオスは一つ一つ想定される状況をアリシアーナに開示した。


「ところでリョウ、君なら反帝国勢力を糾合し、一つにまとめることも不可能ではないと思うよ。何しろ君はイクスファの英雄だし、ヒューロンから生還した唯一の反逆者だ」

「まるでそそのかしているように聞こえますが……」

「事実を言ったまでだ」

 自分の言葉に満足しているようなレオスを見つめたリョウはしばし沈黙した後おもむろに

「あなたは大きな勘違いをしているな」

「ほう、それはどう言う意味かね?」

 リョウは息を吸い込むと

「俺には指導者たる器量はない」

 レオスが一瞬驚いた表情を見せた。グラントゥールの筆頭公爵という仮面の下にあるレオスという一個人が姿をのぞかせた瞬間だった。だがその言葉には彼だけではなく、アリシアーナやジュリアまでも驚いていた。

「リョウ、そんなことはないわ、あなたはちゃんと……」

 我に返ったジュリアの言葉を、レオスがそれを遮った。

「過剰な謙遜は相手を侮辱しているということにもなるんだぞ」

 その口調に腹立たしさが入っているような気がするのは、リョウのせいで本当の自分が現れてしまったからだろうか。リョウはレオスの咎めるような視線を真正面から受け止めて、

「彼女にこの話をしてみるといい。大笑いして俺の意見に賛成してくれるだろう。その後で俺のリーダーとしての欠点をいくつも上げるだろうな」

 リョウはマーシアの様子を想像した。レオスの顔に優しい表情が浮かぶ。彼もまたマーシアのことを思い浮かべたに違いない。

「あの子がそう言ったのか?」

 リョウはうなずく。

「そうか……あれがそう言ったのなら、おまえはリーダーには向かないのだろう」

 レオスは独り言のようにつぶやく。

「だが、レオス卿。リーダーでなくても帝国というダムを破壊することはできる。その力はささやかでも一つの傷からダムは崩壊する。それにいくつもある反帝国組織を一つにまとめ上げる手助けはできるはずだ」

 レオスがほほえんだ。

「ずいぶんと時間がかかりそうな話だ」

 彼は余裕のある声でそう言う。確かにその通りだ。だがここまできた以上あきらめるつもりはない。


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