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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム35

 鉄格子の扉が開かれ、中にいた女性たちは恐る恐る檻の外に出ていく。まだ解放された実感がないのか、やつれた顔に喜びはなかった。絶望に疲れ果てたその様子にリョウは胸を痛める。

「何人いたんだ?」

「全部で57人だ」

「そんなに?」

「どうやら、あちこちに売り飛ばされる予定だったらしい。で、彼女たちをどうするつもりだ? まさか私たちに面倒をみさせる気じゃないだろうな?」

「ほかに誰がいるんだ?」

 トーマスが眉を上げた。

「俺のところの組織はとても小さいんだ。彼女たちをどうにかできるほどの人手も力もない。だが君たちは違う」

「確かにそうだが、これはこの件とは関係がないだろう。任務は君の仲間を無事に取り戻すことだ。そして君の仲間はそこにいる」

 トーマスの視線が少し離れたところでジュリアを示した。彼女はアリシアーナを傍らに置いて、別の女性となにやら話しているようだ。とにかく彼女たちは無事だ。

「乗りかかった船だ。彼女たちをここに放り出していくこともないだろう。それに君たちならそんな非道なことはしないと思うよ。彼女たちは君たちに銃を向けた訳じゃないからね」

 トーマスは苦い顔をした。

「いやなところをついてくるな」

 グラントゥール人にとって敵は自分たちと敵対したものだけだ。存在的な敵だとしても銃を向けなければ、彼らは無視する。そしてなにより彼らの基本は鷹揚さだ。一度自分たちが気に入ったとなれば、立場上敵であろうが関係なく大判振る舞いをする傾向がある。そんな彼らが、この女性たちになにもしないはずはない。トーマスが顔をしかめるのも、そのことを自分自身でもわかっているからだろう。そしてそれをリョウが見抜いていることも気に入らないのだ。だがリョウは彼らが捕らわれていた女性たちの面倒をみることを確信していた。


「さて、あいつ等のことだが……」

 倉庫の片隅には組織の男たちが縛られて床に座らされていた。そういう連中は下っ端で、もう少し上の人間は一人一人、女性たちを閉じこめていた檻の中に今度が自分たちが閉じこめられていたのだ。彼らを束ねていた大物は、すでに別動隊がとらえたという報告があったばかりだ。

 しかし彼らをそのままこの惑星の警察に渡すのにはためらいがあった。彼らがおおっぴらに人身売買を行うことが出来たのも、ここの政府の上層部に食い込んでいるからだろう。そんなところに彼らを差し出したら、一日もしないで釈放されるはずだ。

「レオス卿はあとどれくらいで到着するんだ?」

 トーマスが時計を見る。

「あと五分だな。彼らの始末は公爵に任せればいいだろう」

 ほかに方法はないだろう。そううなずのを見たジュリアたちが一人の女性を伴って近づいてくる。

 リョウはジュリアとそしてアリシアーナの様子を確かめる。アリシアーナと視線が合ったとたん、彼女がそれまで我慢していた思いがあふれ出たかのように、リョウに飛びついた。とっさにアリシアーナの体を抱き止める。

「どうしたんだ、怪我でもしているのか?」

 トーマスたちの視線を感じながら、リョウはアリシアーナにささやいた。

 アリシアーナが肩に顔を埋めて、

「怖かった……とっても怖かったの……」

 しゃくりあげるようにして答える。細い肩が震えている。

「彼女がんばっていたのよ。本当は不安で胸がつぶれそうだったでしょうに」

 ジュリアがすっかりリョウに身を委ねているアリシアーナの背中を優しくさする。

「ああ、そうだよ。彼女はがんばったんだ。誉めておやりよ」

 そういったのはジュリアとともにやってきたアンナだ。彼女たちに言われるまでもない。リョウは幼子を慰めるように震えている体をそっと抱きしめた。

「もう大丈夫だ。なにも怖いことはもう起こらない」

 リョウは何度も何度もアリシアーナの耳元でささやいた。しばらくしてアリシアーナのすすり泣いていた声がやんだ。

 リョウは抱きしめていた手を緩めると、アリシアーナが恥ずかしそうに顔を上げた。

「ごめんなさい。取り乱してしまって」

 ようやく自分を取り戻したらしい彼女が恥ずかしそうに頬を赤く染めてリョウから離れた。

「君は悪くないさ。悪いのは……」

「私たちだと言わせたいのだろう」

 とトーマスが後を続けた。リョウがちらりと視線を投げる。

 ジュリアは内心驚いていた。リョウが彼らと行動をともにしてから半日しか立っていないはずだ。もちろん、自分たちが連れ去られたのは、リョウがいなくなってから30分ほど後のことだった。

 しかもリョウを連れていくやり方は、友人のものではないはずだ。本来ならリョウは共同戦線を張ったとしても、警戒し、心を許さないはずだ。でもこの様子を見る限り、リョウは彼を信頼している。彼らから決して撃たれないと言う自信があるようだ。

「いったいどういうことなの、説明してちょうだい」

 リョウが答えようとしたときだった。


「見事な指揮ぶりだったな」

 中に入ってきたのは、フェルデヴァルト公爵だ。思いも寄らぬ来訪者にジュリアは口を閉ざした。二人の部下を連れて中に入ってきたレオスは、拘束されている男たちを一瞥した。

「まだ生かしているのかね? とっくに始末しているのかと思ったが……」

「俺は人を殺すのはあまり好きじゃないんですよ。あなたならそれくらい十分承知だと思いますが」

「だが君は軍人だったはずだが。軍人が人を殺さずにいることはできないだろう」

「これが戦争ならね。でもそうじゃない。彼らはただの犯罪者です。。物は壊しても直したり新しく作ることはできますが、人の命はそうじゃない。彼らにもう一度チャンスを与えてもいいでしょう。俺はそう思いますが……。戦闘で人を殺しているにもかかわらず、そんなことを言うのは偽善でしょうけどね」

 リョウは自嘲するように言った。そんな彼にレオスは遠くを見つめて

「あの子ならたとえ偽善であろうと、やらないよりはましだろう、というだろうな」

 そう一人ごち、視線を戻した。

「まあ、いいだろう。指揮権はまだ君のものだ。それに抵抗もできない相手を殺してはつまらないからな」

 レオスは振り返って、部下の人にうなずいてみせる。しばらくして彼は一人の男を連れてきた。

「これがこの組織のリーダーだ。別動隊の手から逃げ出したんだが……ちょうどわたしが通りかかってね」

 しっかりと拘束されている男を見下ろしたレオスは

「君も運が悪かったね。わたしでなければ逃げられたのだが」

 男は三十代半ばのようだ。目には知性がかいま見える。

「この男も生かしておくつもりなんだろうな」

 レオスががっかりするような口調で言う。

「子供のようなことは言わないでください。私たちは裁判官ではないのですよ。それにここはあなたの支配権が及ぶ場所じゃない。とりあえず司直の手に渡すべきでしょう」

「そんなの駄目だよ」

 アンナが声を上げた。

「いいかい、ここの政府連中は賄賂漬けになっているんだよ。上がりを受け取っている連中だっているんだ。その収入源を彼らが自らの手で潰すと思うのかい?」

「だが、だからといって、俺たちの手で彼らを裁いていいことにはならないだろう」

「確かにそうかもしれないけどさ。現実問題として、彼らはまた同じことを繰り返すよ」

「彼らをここで殺しても同じような連中は出てくる」

 リョウは思わず反論した。その言葉にアンナは口ごもる。だが同時にリョウもこの政府が腐っていれば、正義は果たされることはないのだと痛感していた。だからこそ、大本である帝国を何とかしなければならないと思うのだ。しかし彼にはまだその力はない。

「堂々巡りのようだな」

 リョウの胸の内を知ってか、レオスは言葉を続けた。

「だが自分の住んでいる場所を少しでも住みよくしたいと思っているのなら、他人を頼らぬことだ。誰かに何かをしてもらおうとは思わぬことだな。政府が腐っている、正義が行われないと思うのなら、自分たちの手で変えればいいことではないか。デモをするのもよし、メディアに訴えるのも一つの方法であろう」

「そんなことなら、前から何度もやっているよ。でもなにも変わらない」

「こんなところで変わらないと喚いていたところで事態は変わることはあるまい。変わるまで活動すれば事態は動く」

「そりゃそうでしょうよ。変わるまで活動していればね」

 アンナは腰に手を当ててレオスの前に来ると胸を反らして見せた。

「でもいったいどんな活動をすれば、連中は消えるって言うのよ。帝国政府に苦情を訴えても、こんな小さな惑星政府のことなんか取り上げられることはないわよ」

 レオスは真正面から自分を見つめているアンナを興味深そうに見下ろした。

「知っているかね。君の横に立っている男はテロリストなんだよ」

「テロリスト?」

 三つの声が同じ言葉を発した。ジュリアは憤りをあからさまにした声。リョウはといえばそう評価されたことに驚いていた。そしてアンナはまるでばい菌でもさわった時の恐怖の声だ。心なしか彼女が後ずさったようだ。

「そんな言われ方をしたのは初めだ」

 もちろんリョウも憤慨していた。だが彼らにはよくそういう神経を逆なでする言葉を使いたがる癖があるのだ。いちいち腹を立てていたら、いつでも腹を立てていることになる。

「自分の主義主張を押し通すために、非合法の活動をするのがテロリストではないと?」

 レオスはリョウの反応を楽しむように言った。リョウは言葉を詰まらせる。そんな彼の顔を見て、レオスは大笑いする。

「あなたたちはどうなんだ?」

 リョウは忌々しげに彼を見ると、言葉を続けた。

「あなたたちも非合法の活動をしているだろう?」

 レオスはにこりと笑って、

「我々は帝国の法の外にいるのだと行うことを忘れたのかね?」

 ととどめを刺す。完敗だった。

「まったく君はおもしろい男だよ」

 レオスは再び大きく笑った。


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