フリーダム34
倉庫街の中心部に大きな黒煙が上がっていた。その一瞬前の激しい振動に驚いた男たちが、あちこちの倉庫から飛び出してくる。そして恐る恐る近づいてくる。
その様子をリョウたちは倉庫の屋根から双眼鏡を片手に確かめていた。
「ずいぶんと派手なことをするものだな」
トーマスが双眼鏡をのぞきながら隣で同じように腹ばいになっているリョウに言う。
「俺は警官じゃない、軍人なんだ。やるときは思い切りやるし、手段を選ぶ必要はない」
リョウは双眼鏡から目を離し、
「だがこういうことができるのも、グラントゥールのおかげだけどな」
トーマスは笑った。
「一応共同戦線を張っている状態だからな。何でも用意する。戦闘艦でも、惑星でもな」
リョウは呆れたように彼を見返し、深くため息をついた。
「何か問題か?」
「いや、グラントゥール人らしい言い方だよ」
「言葉だけのつもりはない。私たちは言葉に出したことは必ず実行する」
トーマスはすかさず言い返す。
「むきになるな。君たちのことはよくわかっているつもりだ。君たちがいつも真剣だと言うことはね」
そういなしたリョウは再び双眼鏡を当てて、集まってきた男たちに目を向ける。
その中の一人が周りに散らばった紙を拾い上げた。倍率を上げると、彼らがそれぞれ拾い上げた紙を見せあい、そしていきり立った様子で、犯人を捜そうとでもするかのように周りを見回している。だが彼らからは見えるはずもない。リョウはグラントゥールの携帯端末を手にした。
「男たちの姿は見えているな?」
携帯端末の向こうの答えを確認すると、
「いいか、一人も逃さずに後を付けろ。決して姿を見られるなよ」
リョウは視線を動かして、一時的に自分の部下となった男たちを見た。彼らが屋上を見上げてうなずくのが見える。みな、若い連中だ。
「連中はまだ新兵なんだ。帝国風に言うならな。これから実践を積んでいく。四、五年もすれば一人前になるだろう」
「グラントゥール人として?」
「ああ、グラントゥール人としてな」
その言葉がいかにも彼ららしい、と笑ったリョウはを再びのぞき込んだ。男の一人が別の方向に走っていくのが見える。
「アレク、左の路地に入った男の後を追え」
「全員の名前を覚えたのか?」
「一時的にとはいえ、俺の部下だからな」
リョウの答えにトーマスは驚く。
「信じられないな」
「だがそれが俺の方針なんだ――よし報告が来たぞ」
リョウが手にした情報端末には次々と情報が入ってくる。
「どうやら、ここが一番怪しいようだな」
リョウが地図に示された建物を示す。
それはこの倉庫街の建物の中でも比較的大きな部類だ。だがグラントゥールの調べでは、この人身売買組織は政府の上層部とのつながりが強い。こういうところを拠点にしていても見逃される可能性は高いのだ。
「よし、行こうか」
リョウは立ち上がった。トーマスがそれに続く。
「ところであの爆弾に仕込んだ紙にはなんて書いてあったんだ?」
「ああ、あれか……」
リョウの顔に照れくさそうな笑みが浮かんだ。
「女性たちを救いに行くと、少し芝居がかった調子で書いておいたのさ。そう書いておけば、連中はあわてて自分たちの持ち場に戻るだろうからな。この広い倉庫街を一つ一つ探す必要はない。いくらセンサーで探査しても、紛らわしい倉庫はあるからな」
ジュリアは檻の中から、男たちが集まりひそひそと話しているのを見た。はっきりとした言葉は聞こえないが、先ほどの爆発音と関係があるようだ。外から戻ってきた男たちが中で警戒に当たっていた男たちに何かを見せている。それを見た彼らの表情は三者三様だ。戸惑うもの、せせら笑うもの、または怒りにまかせて手にしていたものを丸めて投げ捨てるもの。男が投げ捨てたものが再び位置に着こうとしていた男たちの勢いに押されて、ジュリアの目の前まで転がってきた。くしゃくしゃなそれはすすけた紙のようだった。ジュリアは監視たちが目を離しているのを確認すると、鉄格子の間から手を伸ばしてそれを掴んだ。
「それは何?」
アリシアーナが隣からのぞき込む。
「これより正義を果たす。悪しきものは宇宙の果てを見ることになろう」
小声で読み上げたアリシアーナが首を傾げる。
「それはいったいなんだい? まるで十年以上もはやった子供向けヒーロー番組の決めせりふじゃないか」
アンナが笑いをこらえるながら近づいてきた。
「連中が騒いでいたのはこれのせいかい?」
「ええ」
ジュリアはうなずくとすぐに笑みを浮かべて、
「リョウがあの番組を知っていたとは意外だったわ」
とつぶやく。
「これを書いたのは、リョウなの?」
ジュリアはうなずく。
「もう作戦は始まっているわ。アンナ、いつても動けるようにみんなに注意してちょうだい。男たちに見つからないようにね」
「それはかまわないけど、本当に助けはくるのかい?」
「間違いないわ、約束する」
ジュリアがはっきりとした声であんなに答えたときだった。突然外が騒がしくなる。
「襲撃だ。裏の壁を破壊する気だぞ」
「一人も入れるんじゃないっ」
男たちの叫びが飛び交う。激しい音が入り口とは反対の方から響いてくる。
アンナが男たちの背中を見送る。
「向こうには壁しかないはずだよ」
だがたたきつけるような音はそちらの方から聞こえてくる。何か大きなものをぶつけて壁を壊そうとしているのだろう。見張りに残された男たちも気が気ではない様子だ。
ジュリアはにやりと笑みを浮かべた。
「不安じゃないの? いくらリョウが強いからといって、彼らはあれだけいるのよ。しかも彼らは今か今かとリョウが現れるのを待ち受けているのに」
「アリシアーナ。彼はそんな間抜けじゃないわよ。そんなことは十分承知しているわ」
「そっか、あれは囮なんだね」
アンナが膝を打った。
まさにそのときだった。正面の扉が開いた。何人かの男たちが飛び込んでくる。と同時に、銃が放たれ、入り口付近にいた見張りが倒される。いくら広い倉庫とはいえ、反対側にいた男たちがその異変に気づかないはずはない。振り返った彼らはすかさず応戦に出る。ジュリアたちが閉じこめられている檻の前で細く長い光が飛び交う。
「誰だか、知らないけど、銃の腕がいいんだね」
とアンナが食い入るようにその光景を見ている。ジュリアの目にはそれがはっきりと見えていた。構えたその姿は間違いなくリョウだ。
「散開しろ。女性たちを守るんだっ」
リョウの声だ。アリシアーナが顔を上げる。ようやく血の気の失せたような顔から不安が消えた。
「リョウ!」
アリシアーナが自分の存在を示すように声を上げた。ジュリアがあわてて彼女の口を押さえようとしたがすでに遅かった。リョウたちと応戦していた男の一人がこちらを振り向いた。
「あんた、馬鹿だね」
アンナが呆れたように首を振った。アリシアーナはなにを言われているのか分からない様子で、ジュリアを見る。ジュリアは見張りたちの視線からアリシアーナを遮るように立つと、
「状況を見ないとだめよ。今、見張りはリョウとの戦いで不利なの。リョウにとってあなたの存在が大切なものだと彼らは知れば、人質にするわ。軌道エレベーターでのことを覚えているでしょう。彼が抵抗しなかったのは私たちのためだったのよ」
アリシアーナはしゅんとうなだれた。人質になれば、リョウは自分の命と引き替えにでも助けてくれるだろう。でもそんなことはさせたくない。
「さて、お嬢さん、きてもらうか」
一番近くにいた見張りの一人が、アリシアーナの言葉の意味に気づいていた。彼は銃撃の間を縫って、アリシアーナのいる檻に近づくと、鍵を開けた。そしてアリシアーナに向かって手を伸ばす。
だが突然、男の手が凍り付いたように止まった。有利になると思って紅潮していた顔が、一瞬にして青ざめた。
「残念ですね」
男の背後から顔を見せたのは、まだ二十歳前の兵士のようだった。彼はいつの間にか男に忍び寄っていたのだ。彼はアリシアーナに一瞬だけ目を留めると、誰もいなかったかのようにジュリアに視線を向けた。
「あなたがジュリアさんですね?」
ジュリアにとって彼はまったく見知らぬ男だ。それが名前を知っているということに戸惑うが、否定したところで何の益もないのははっきりしていた。ジュリアはゆっくりと彼に向かってうなずいた。
「見たところ、ご無事のようですが、お怪我はありませんか?」
「ええ、一応はね。ところであなたは誰なの?」
「わたしはレイヴァルと言います。今は、リョウさんの部下です」
レイヴァルはにこりと笑うと、男に銃を突きつけたまま、
「この男ですが、殺してしまってもいいですか?」
とまるで食器を下げてもいいかと聞くような調子でリョウを振り返る。
「駄目だ。可能な限り生け捕りにしろ」
リョウはすかさず答える。
レイヴァンは肩をすくめると、
「殺した方があとの面倒がなくていいのに」
とつぶやいたあと、思い切り男の頭を銃で殴りつけた。男は腰が砕けたようにその場に崩れ落ちる。
「でもあの人は人を殺すのがあまり好きではないようですからね」
レイヴァンは同意を求めるようにジュリアを見る。
「リョウを知っているの?」
「もちろんです。我々の間では超がつくほどの有名人ですよ。一時的とはいえ、彼の指揮下で戦えるのは光栄です。ほかの連中は悔しがるでしょうけど」
ジュリアは一人で悦に入っている男を怪訝そうに見つめるしかなかった。
そこに再び爆発音。はっとするジュリアにレイヴァンが大丈夫だと声をかける。
「これも作戦です。後ろの壁を破壊したんです。別動隊を突入させるためにね」
目を向けると白い煙の向こうに人影が現れた。リョウとの交戦に夢中になっていた男たちは自分たちが挟まれたことに気づくと、急激に戦意が衰えていった。
その直後、戦いは終了した。




