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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン08

 射撃訓練室内に響いていた銃声がやんだ。リョウは手元のパネルを操作して標的を確かめる。多少のばらつきはあるが、全弾が標的の中心部を撃ち抜いている。リョウは手にしている銃を愛おしげに見下ろした。射撃練習を始めてから五日がたつ。最初は違和感のあった銃も、今ではすっかり自分の体の一部のようになっている。そう感じ始めた頃から命中率が上がり始めた。かつての感覚をほぼ完全に取り戻すことができたのだ。

「見事ですね」

 声をかけてきたのは、隣のブースで射撃訓練をしていたハーヴィだ。エリックから護衛役を命じられた彼は、いつも目立たないようにリョウの側にいた。それはリョウを煩わさず、また用事があれはすぐに応えられる絶妙な位置だ。マーシアと違って一日中、誰かに張り付かれるという経験のない彼にとって、それは負担にならない距離だった。万事控えめな彼は自ら進んでリョウに話しかけることはない。前に彼が個人的な言葉を聞いたのは、ようやく銃を自分のものにし始めたころだ。「命中率を上げるにはどうしたらいいのか」と尋ねられ、リョウは彼の構え方などを修正した。その後彼の命中率は確実に上がった。しかしながらまだ完全に癖が直っているわけではない。リョウは彼の標的に目をやった。今回も二発ほど大きくはずしている。彼の体つきや構えを見る限り、かなり上位の腕を持っているはずなのだが、なぜか彼は時折大きく調子を崩すのだ。

「本当は、レディと一緒にいたかったんです。グラントゥール人なら誰でもそう思っています。だからあなたのお世話をするように言われたときは少しがっかりしたんです。すみません」

 自分の思いを正直に打ち明けた彼にリョウは親しみを感じた。

「気にするな。男の俺のそばにいるより、マーシアのそばにいる方が何倍もいいに決まっているからな」

「でもそのおかげで射撃の腕が上達しました。あなたがだんだん銃を自分のものにしていく様子を目にする事が出来たのも収穫です。でも本当に、自分の部屋とここの往復しかしていないですね」

「食堂にも行っているがな」

 ハーヴィは笑った。マーシアがヒューロンを離れ以来、リョウは食堂で食べるようにしている。食堂にも専任の料理人がいて、エリックが連れてきた超一流の料理人ほどではないが、なかなかうまい食事を出してくれる。料理人は人なつこい男で、リョウとすぐに打ち解けたのだが、そこに食べにくるものたちの三分の一はあからさまにリョウを拒絶し、別の三分一は無関心、そして残りの三分の一は、ひそかにリョウを観察し、その一挙手一投足から彼を評価をしようというものだ。そういう見方をしているのは、特にエリックが残していった兵士たちに多い。

「僕もよく聞かれます。あなたはどんな人だと。銃の腕はとかね。だから彼らに言ってやりましたよ。あなたの銃の腕はレディと同じぐらいだってね。レディは十発撃っても標的は九発しか穴かあいていないんです。一発は必ず同じ穴に命中させているんです」

「本当なのか?」

「もちろんです」

 ハーヴィは大きくうなずいた。彼女のことがよほど自慢らしい。それにしてもそれが事実だとしたら、マーシアはどれだけの訓練を重ねて、そこまでの技術を身につけたのだろう。

「俺の射撃がマーシアと同じだというのは買いかぶりだよ。今の話を聞く限り、射撃は彼女の方が遙かに上だ。今度ほかの連中に聞かれたらそう応えておいてくれ」

「そうですか……でも、僕はそうは思わないんですけど」

「俺には彼女のような真似は出来ないよ」

 その言葉を聞いてもまだハーヴィは不満そうだったが、気を取り直すように

「もしあなたの体の調子が悪くないなら、おもしろいところに案内しますよ。どうです?」

 と明るい声でリョウを誘った。

「俺はもう、病人じゃないんだ。そんな心配はいらない」

「では特別訓練室に行ってみませんか? こんな動かない標的相手ではなく、もっと高度で実践的な訓練の出来る施設です」

「ほう、それはおもしろそうだな」

「こちらです」

 銃を片づけたリョウはハーヴィの後に続いて射撃訓練室の外に出た。


 ヒューロンに建てられているグラントゥールの施設はそれぞれの機能に応じてまるで海に浮かぶ島だ。それぞれの島をつなぐように通路が延び、その中心にあるのはそれらの施設を統括している中央コントロールルームとそこに住む者たちの居住棟だ。

 リョウは通路の窓に目を向けた。外は緩やかな斜面になっている。マーシアの部屋はこの斜面の反対側にあり、ここからは直接見えない。

「レディが恋しいですか?」

 いつの間にか足を止めていたらしい。リョウはガラスに映ったハーヴィを見た。

「そうだな。四日も彼女の顔を見ていないと、なんだか体の一部がまだ目覚めていない感じがする」

 リョウは照れくさげに笑った。

「あなたがそう思うのは当然だと思います、レディはグラントゥールの太陽だという人もいるんです。太陽がなくなればみんな困りますからね」

「太陽か……俺には月に思えるな」

「月ですか? あの夜に輝く?」

「俺にはな。真っ暗な世界にただひとり置き去りにされて、道を失い凍えていた俺に、彼女が光をくれたんだ。暖かい光を」

「暖かい月ですね。でも月は消えてしまうじゃありませんか」

「だがそこにある。見えなくても存在している。そうだろう?」

「それはそうですが……」

 ハーヴィは納得いかないようだったが、リョウは確信していた。マーシアは間違いなく月なのだと。自分を救ったのは明るい日差しの太陽ではなく、闇を照らした月だ。

「あなたは僕たちとは違った目でレディを見ているのかもしれませんね」

 通路を歩きだしてからく黙り込んでいたハーヴィが口を開いた。

「僕たちはレディを冷たい太陽だと呼ぶこともあるんです。またはヒューロンの白き女神の申し子とか」

 その口振りからグラントゥールでそう言われることはあまりいいことではないらしい。

「特に僕たちのような立場ではね。エリックのように彼女に近い人たちがどう思っているかは僕たちには知る由もありませんが、レディが冷酷無比なのは誰でも知っています。それにほとんど感情を表に出すことがない人なので、なにを考えているのかわかりません。だからレディがここから離れて、ほっとしている人たちも少なくないと思います」

 それは意外だった。確かに真剣に書類に目を通している彼女は、少々近寄りがたくなる。エリックのように身近に接していれぱ、彼女だって笑うときもあると言うことを知るだろうが、ハーヴィの立場ではマーシアはまだ遠い存在なのだろう。

「あなたはレディをどう見ているんです?」

 リョウは振り返ったハーヴィににやりと笑って見せた。

「感情豊かな女性だよ」

「えっ?」

 予想に違わず、ハーヴィは唖然とした顔をした。

「怒るし、すねる。だがなによりとても優しい女性だ。ただし人をからかって楽しむという癖はあるけどな」

 マーシアを思い出してリョウは優しい気持ちで、呆然とするハーヴィにほほえんだ。

「信じられません。まるで別人です」

「人にはいろいろな面があるということだよ。きみが見ているマーシアがマーシアのすべてじゃない。もちろん俺が知っているマーシアもそれが彼女のすべてじゃないはずだ。人間というものはそういうものだと思う」

 ハーヴィは何かに思い当たったかのようにハッとした。そして、

「確かにその通りですね」

 彼は納得した様子でうなずいた。

「あっ、ここです」

 彼はドアの前で立ち止まると、ドアの横にあるパネルに数字を打ち込んだ。

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