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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム33

 そこは小さな檻の中だった。すえた臭いにアリシアーナは思わず顔をしかめる。ガチャンという音にアリシアーナは振り向いた。男が扉を閉め、これ見よがしに大きな鍵を金属性の錠に差し込みゆっくりと回す。ガチャリと鍵がかかるの」がわかった。

「やめて、ここから出して」

 アリシアーナは鉄格子を掴んだ。

 男は黄色くなった歯を見せて笑う。

「心配するな、あと三日もすれば出してやるよ」

「三日……そんなに長くここにはいられないわ。いますぐ出して」

「あいにくだがあきらめるんだな、お嬢さん」

 男の手が、鉄格子にしがみついているアリシアーナの手を掴んだ。アリシアーナは鉄格子を離そうとしたが男の手は力強くびくともしない。ごつごつした感触に、アリシアーナの体が強ばる。

「柔らかい手だ」

 男はグイッとアリシアーナの手を引っ張った。その拍子に体が鉄格子に押しつけられる。

「離して」

 アリシアーナの声が震えた。だが男は何も聞こえなかったかのように、袖をまくり上げる。男の息が急に荒くなる。男はアリシアーナの細く白い腕をゆっくりとさする。

「これはいい。細くて白くて傷も付いていない」

 男は何度もさすりながら、うっとりと

「それに何より弾力がある」

 アリシアーナは嫌悪と恐怖に体をふるわせた。

「俺はな、これがいいんだ。こっちよりもな」

 男はそういうと、押しつけられているアリシアーナの胸を指先ではじく。

「いやっ」

 アリシアーナは空いている方の手で胸を押さえると体を背けた。恐怖と屈辱と怒りに、アリシアーナの顔が歪む。涙がぽろりと頬を伝う。

「おい、いつまでそこにいるんだ」

 声と同時に横の方から強烈な光が入ってきた。空気が流れてすえた臭いが消える。

「大切な商品なんだぞ。手を出すな」

「わかっているさ」

 男は舌打ちをしてアリシアーナの手を離した。アリシアーナは急いで鉄格子から離れ、両手で自分を抱きしめる。顔をだけを動かして、男が去っていくのを見届ける。光の中に男が消えていき、光も消えた。


「行ったようだよ」

 あきらめきった女性の声にアリシアーナは顔を上げて、檻の中を見渡した。中には四人の女性が何かを囲んでいる。誰かが横たわっているのだ。

「ジュリアっ」

 アリシアーナは自分が彼女のことをすっかり忘れていたことに気づいた。その声に周りを囲んでいた女たちが振り向き、囲みを解いた。

「しっかりして、ジュリア」

 アリシアーナは動かない体に手をかけようとした。だが一人の女性がその手を押さえる。

「体を揺するのはやめておきな。頭を強く打っているようだからね」

 さっき声をかけてきた女性だ。アリシアーナはしばらく彼女を見つめるとこくりとうなずいた。

 不意にジュリアが身じろいだ。

「意識を取り戻してきたようだね」

 女性の声にアリシアーナは泣き笑いの表情を浮かべうなずいた。


 ジュリアはズキズキする頭を押さえながら、体を起こした。周りを囲む女性たちを見渡した。どの顔も絶望の表情が浮かんでいる。いったいここはどこなんだろう?

「よかった……」

 ジュリアの前に今にも泣きそうな顔のアリシアーナが現れた。

「心配をかけてしまったようね。でももう大丈夫よ」

 体を起こしたジュリアは周りを見渡した。四方を鉄格子で囲まれていることに唖然とする。しかもそれがまるでコンテナのようにいくつも並んでいるのだ。その一つ一つに何人もの女性たちが入れられている。

「いったい何なの、ここは?」

「檻だよ。私たちは売られていくんだ」

「売られていく?」

 女性たちがうなずいた。

「みんなこの惑星の人間か、たまたま立ち寄った人なんだ。いきなり捕まってここに連れてこられた者もいるし、借金のために連れてこられた者も、いい働き口があると言われてだまされた者もいる。私は借金のせいだけどね。でもここにくるまで自分が売られるとは思っていなかったよ」

 女性はアンナと名乗った。

「あんたたちは捕まったんだね」

「そうよ。いきなり頭を殴られて……」

 ジュリアは痛みに顔をしかめた。

「もう少し手加減をしてくれてもいいとは思うのだけど」

 と文句を言う。

「ずいぶんと余裕があるじゃないか」

 アンナは腕を組んだ。

「ここから逃げられると考えているんならあきらめた方がいいよ。無駄だし、その報復はすさまじいからね。見てごらん、あの子を」

 アンナが目で示したのは隣の檻の片隅でぼろぼろに破れた服を体に巻き付けている女性だった。彼女は体を震わせながら、両手でしっかりと自分を抱きしめていた。ジュリアは彼女の瞳の中に恐怖があふれているのを見る。そしてアンナに向き直った。

「三日前のことだよ。向こうの連中は逃げだそうとしたんだ。見張りが間抜けだったせいもあるけど、途中までは成功したんだよ」

「でも捕まったのね」

 アンナはうなずく。

「見せしめに彼女だけが私たちの前でひどい目に遭わされたんだ。何人もの男たちによってね。十人、いや、二十人ぐらいいたよ。誰だってそんな目には遭いたくないからね。それから反抗的な態度をとろうとする者はいなくなった。彼らにしてみれば一石二鳥だろうね。私たちは逆らわないし、あいつらはいい思いをした」

 腕に痛みが走り、ジュリアは思わずアリシアーナを見た。いつの間にか彼女はジュリアの腕に触れていて、アンナの話に恐怖を感じてしまったらしい。

「ごめんなさい……」

 あわてて手を離すアリシアーナ。

「わたし、早くここから出たい……」

 ささやくように声を震わせて訴えるアリシアーナをジュリアは抱き寄せて、子供をあやすように

「大丈夫よ、アリシアーナ。必ずここから出られるわ」

 その言葉に安心したのか、アリシアーナは肩に顔を埋めながら、何度もうなずいた。

「出られるだって? 下手な希望を持たせるんじゃないよ。ここの連中は政府の上の連中ともつながっているんだよ。それだけじゃない。帝国軍の将校ともだよ。そうでなければ、こんな大規模に悪事ができるわけないだろう」

 そのことはジュリアにも想像がついていた。惑星政府はそこに住む者たちが選挙で選ぶ場合が多いが、それでも最終的に帝国政府が認めなければならない。選挙の結果が正しく反映されているとは限らないのだ。帝国が成立してからすでに500年近くがすぎている。帝国という中で存在していた惑星政府が堕落するには十分な時間だ。

「確かにそうね。でも、私たちには仲間がいるの。彼なら何があろうと助けにきてくれるわ」

 凛としたジュリアからあふれる自信に、アンナは一瞬、圧倒された。

「リョウが来てくれるの?」

 アリシアーナが顔を上げる。

「そうよ、彼が助けにきてくれるわ、必ず」

 その瞬間だった。

 大きな爆発音とともに、大地が振動した。

 再びジュリアにしがみつくアリシアーナ。だがジュリアは彼女を支えながらも笑みを浮かべていた。

「言ったでしょう、リョウはかならず助けにくるって」


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