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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム32

 レオスの部下たちがリョウの剣幕に立ち上がって戦闘態勢をとる。通信機をしまったリョウも応戦するように構えた。

「やめるんだ」

 レオスは部下たちを制止する。リョウはトーマスに向き直った。

「貴様は俺の代わりにジュリアたちを護衛すると言ったな。責任を持つと」

 レオスの傍らにいたトーマスは答えない。

「だがこのざまはなんだ。ジュリアたちに何をしたんだ?」

「わたしのせいではない。彼女たちが逃げ出したのが悪い。結局おまえの言葉を信じていなかったことだろう」

「確かにな」

 少し長居をしすぎた。リョウは彼らグラントゥールというものを知っているが、彼女たちは違う。しかも出会いが出会いだ。いきなり人質にされ、リョウの自由を奪う存在となったのだ。何とかその状態から抜け出そうとするのがジュリアだ。アリシアーナをつれて、グラントゥールの兵士たちの目を盗んで抜け出した彼女だが、別の厄介事に巻き込まれたらしい。グラントゥールの連中とやり合うより、そちらの方が対応が難しい。何しろ正体が分からないのだから。

「君を任務から無理矢理引きはがして、ここにつれてきたのは私たちだ。従って私たちには君の任務をしっかりと受け継ぐという責任がある。たとえ状況がどうであるにしろ、彼女たちを危険にさらしたのは私たちだ」

 レオスはそういうと、リョウをしっかりと見据えて、

「グラントゥールの名誉にかけて、彼女たちを保護し、そして危害を加えたものには正当なる罰を与えよう。グラントゥールの掟にかけて誓おう」

 それは彼らにとって神聖な誓いだった。その意味の重大さを理解しているリョウは大きくうなずいた。


 リョウはジュリアの壊れた情報端末を見下ろしていた。そこは奥まった薄暗い路地だ。路地の両側に建つ建物にはいたずら書きがされている。何枚もガラス窓が割れていて、薄汚れたTシャツがひらひらと舞い落ちている。「あっ」と言う声に顔を上げれば、ほつれた髪の女性が落下していく洗濯物に手を伸ばしている。だが取れるはずもない。彼女はうんざりした様子で下を見て、リョウたちに気づいた。次の瞬間、あわてた様子で顔を引っ込めると、窓を閉める。

「ずいぶんと嫌われているな」

 彼女が落とした洗濯物を拾い上げてリョウはつぶやいた。

「表通りはあんなに華やかなのに一つ道を違えるとまるで違うな」

 物珍しげにあたりを見渡したトーマスの口調からは、グラントゥール独特の慇懃さが消えていた。

「宇宙暮らしは長いのか?」

 トーマスがうなずいた。

「物心ついた頃からだ。さすがに戦闘艦ではなかったが」

 輸送船や移動要塞が彼の家だったという。

「惑星に降りることはあまりないということか」

「降りるときはたいがい任務だな」

 リョウは壊されたジュリアの情報端末を拾い上げ、表通りに向かって歩き出す。

「人が住んでいるところには必ず光と陰が存在する。こういう賑やかなところがあれば、必ずそれに匹敵するぐらい暗い部分も存在するんだ」

「マリダスでもそうなのか?」

「もちろんだ」

 表通りにでたリョウはブティックが建ち並んでいることに気づいた。ジュリアはわざとこのあたりにやってきたのだろう。ブティックならば試着をするためのスペースがある。そしてそこに男はなかなか入って行きにくいものだ。店員と彼女たちだけになったときに、ジュリアは口実をつかって従業員専用の出入り口から外にでて路地に逃げ込んだのだ。

 彼女たちが逃げ出した経路は予想がついたが、しかしいったい何者が彼女たちを拉致したというのだ?

「レオス卿から情報だ」

 リョウはトーマスを見た。

「どうやら彼女たちは人身売買組織に拉致されたようだ」

「人身売買? その情報は正確なのか」

 一瞬、トーマスはむっとしたもののうなずいた。

「レオス卿が裏社会の大物から手に入れたものだ。彼らは滅多に心を開くことはないが、私たちを裏切ったりはしない」

 そう言ったトーマスはニヤリと笑った。グラントゥールを裏切れば、彼らは根絶やしにされるということだ。やると言えば彼らは徹底的にやる。それが破壊であろうが創造であろうが、そこにかけるエネルギーは同じだ。ただ方向性が違うだけで。


 二人は地上車に乗り込んだ。

「彼らのアジトはセントラル・シティはずれの倉庫街だ。その近くには小さいがシャトル発着場がある」

 リョウはうなずいた。軌道エレベーターが完備してある惑星とはいえ、地上から宇宙港に物資を運ぶためには軌道エレベーターだけでは需要を満たすことはできない。そこでどの惑星でも貨物用のシャトル発着場があるのだ。

 リョウはトーマスが差し出した情報端末を受け取った。イリス・システムはセントラル・シティのメインコンピュータに侵入していた。

 人身売買はこの星域内ではそう珍しいことではないらしい。もちろん帝国政府がその犯罪を許すはずはないが、それでも社会からはみ出した者たちは消えることはない。

「宇宙港に連れ出される前に彼女たちを保護しなければならないな」

 リョウは一人つぶやくと、倉庫街の地図を検討し始めた。

「私たちの人数は十名だ。レオス卿はその指揮権を君に委ねると言っている」

 リョウは顔を上げる。

「君が彼らの指揮官だろう?」

「そうだ。だがレオス卿の命令だ」

 リョウはトーマスの表情を探った。一時的とはいえ、指揮権を奪われるのは、おもしろくはないだろう。だがトーマスの表情にそんな気配はみじんも現れていなかった。リョウの思いを読みとったのか、トーマスは口元に自嘲的な笑みを浮かべて、

「この事態を招いたのは、わたしの責任だからな」

 だがすぐに

「だがそのことよりも、『イクスファの英雄』の能力を見てみたいんだ。レディが肩入れし、レオス卿が一目おいた君の手腕を、な。とはいえ、彼らはレオス卿の命令だとはいえ、能力のない者をリーダーにすることはない。それだけはよく覚えておいた方がいい」

「わかっているよ。君たちのやり方はね。それに一つ訂正したい」

「何をだ?」

「フェルデヴァルト公爵が俺と会う気になったのは、別に俺に一置いたからじゃない。単なる好奇心だ。マーシアの注意を引いた男を自分の目で確かめたかったんだと思う」

 リョウは思わず微笑んだ。なんだとトーマスが見る。

「いや、ふと思っただけだよ。まるで掌中の珠である愛娘にできたボーイフレンドを品定めしている父親のようだったな、と」

 それを聞いてトーマスが明るい声で笑った。

「確かにそうかもしれない。私の父も妹のボーイフレンドを呼びつけては探りを入れていたのを思い出したよ」

「それはまた大変だな。それで妹さんはどうなったんだ?」

「それが何年も父親恐ろしさで恋人が逃げ出していたんだが、去年、結婚したよ。もちろん恋愛結婚だ。その相手が、事務屋で、銃を握らせれば隣の標的を撃ち抜くし、格闘戦なんかとてもじゃないができないんだ。だから父も歯牙にもかけなかったんだが、ある日例のごとく呼び出したんだ。だがそいつは今までの男とは違って、体をこわばらせて恐怖に震えながらも、しっかり父の視線を受け止めたんだそうだ。それで結婚の許可を得たというわけだ。私が何度かグラントゥールの戦士として鍛えようとしたんだが、あれはものにはならないな」

「だが、心は紛れもなくグラントゥール人だったということだな」

 リョウの言葉にトーマスはうなずいた。


 しばらくして倉庫街には言ったリョウたちは地上車を止めた。目の前には四角い建物が見渡す限り並んでいた。


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