フリーダム30
「いい目をしているな」
レオスの言葉に向かいの椅子に腰を下ろしていたリョウは一瞬、動きを止めた。彼を見上げるように目を向けると、
「そんなことをいわれたのは、久しぶりだな。俺が新兵だった頃の上官を思い出したよ」
リョウは椅子に腰を落ち着けた。
「だとしたらその上官は見る目のある男と言うことだな」
「自分と同じことを言ったからか?」
「もちろんだ」
レオスはウェイターを呼ぶと、
「君はなにを注文するかね。見ての通り、この店の料理人の腕はグラントゥールでもなかなかのものだ。私の艦隊で働かないかと誘っているのだが、彼はどうも宇宙とは相性が悪いらしくてな」
「宇宙酔いをすると言う話ですよ」
「彼の名前を聞いたかね?」
リョウはレオスの脇に立つ男に目を向けると首を振った。ここに来る間、自己紹介はしていない。
「だめだな」
とレオスは顔を上げて彼をたしなめる。
「申し訳ありません。ですが、いろいろとあったんですよ。それに彼にとってわたしはさして重要な人間ではありません。あなたのところに連れてくるだけのことでしたから。いちいち名乗ることもないでしょう。わたしは彼のことを知っていますしね」
「彼はトーマス・フィッツ・フェルデヴァルトだ」
「フェルデヴァルトと言うことは、あなたの一族ということか?」
「そうだ。わたしが死にマーシアが死ねば、彼が我が公爵家を継ぐことになる」
「正確にはわたしの父が継ぐんです」
「だがあれは資格を完全に満たしてはいない。だからおまえをここに送り込んだんだ。そうすれば自分は跡を継がなくてもいいからな。しかもフェルデヴァルト公爵家も断絶せずにすむ」
「マーシアが跡を継いだのちに、子供ができたらどうするんだ?」
リョウの言葉に二人はリョウを見た。
「そのときはわたしは跡を継がずにすみます。めんどくさい書類仕事から解放されて、宇宙で好きなことができるんですから、わたしにとっては喜ばしいことです」
何ともあっさりとした答えだ。だがそれが本心なのはグラントゥール人の性質から理解できた。
「マーシアは跡を継ぐ気なのか?」
むしろこの質問にリョウは戸惑った。二人の会話はマーシアが跡を継ぐことが既定の事項が前提だったはずだ。だが、レオスのこの様子ではまだはっきりしていないのかもしれない。いや、二人の頭の中にはマーシアが跡を継ぐという前提がある。だがそれは何かの理由で確実ではないのだ。リョウはヒューロンでのマーシアの言動を思い返した。マーシアは自分が重要なことから目を背けているのだと言っていた。彼女はそれが何かを知りながらも、そして立ち向かわなければならないことも理解しつつも、何らかの理由で立ち向かえずにいるのだ。そのことを彼らに話していいものだろうか。彼らのこともマーシアとの関係もはっきりとは知らないのだ。安易に自分が感じたことを話していいとは思えない。
「トーマス、君は向こうで食事をしてくるといい」
「レオス卿」
不満の声だった。トーマスの視線がちらりと向けられた。彼は警戒しているのだ。比較的友好的な雰囲気とはいえ、リョウは小さい勢力なりに反帝国運動を行っているのだ。そしてフェルデヴァルト公爵がサイラート帝の親友であることをリョウは知っている。そして当然、リョウが知っていることを彼らも知っているはずだ。
「心配はいらない。この男は正面から正々堂々と戦いを挑むことを好む。場合によってはそれができないこともあるが……」
レオスは笑みを浮かべると、リョウを見つめ、
「この男はそういう不器用な生き方を選ぶ男だ。だから心配はいらない」
トーマスは少し考えてから、リョウに向きなおった。
「一つだけ教えてください。なぜあなたはレオス卿を知っていたんですか? グラントゥールは表にでることは少ない。もちろん作戦行動の結果、大勝利を得たとしても、それを知るものは帝国の中枢部でも数が限られています」
「名前はマーシアから聞いて知っていた」
「だがあなたの立場ではレオス卿の顔を知るすべはないはずです」
「彼はイリス・システムのアクセス権を持っているんだよ。しかもA級ライセンスだ」
トーマスはあわてて振り返った。
「それはわたしと同じではありませんか。彼は帝国の敵対者なんですよ。それなのにどうして……」
レオスはトーマスの驚きを楽しんでいるようだった。
「わたしに聞かれても知らん」
彼は肩をすくめた。
「彼にその権限を与えたのはマーシアだ。しかも未だ取り消されていない。彼は知ろうと思えば、帝国の重大な作戦行動を知ることができる」
レオスの瞳がそうだろうと言いたげにリョウを見た。トーマスが深く息を吐き出す。
「いったい彼女はなにを考えているんですか。ヒューロンにいる間、彼を自由にさせるのはいいでしょう。しかし我々の手から離れた後もそのような権限を与えていれば、帝国は我々のことをどう見ると思うんですか?」
その瞬間だった。面白がっていたレオスの目が鋭く光りトーマスを射抜いた。トーマスの体が硬直するのをリョウは見た。さすがに一癖も二癖もあるグラントゥールの面々を押さえ従わせる立場にいるだけはある。トーマスは言い過ぎたのだ。帝国が彼らをどう見ようと気にするのは、グラントゥールではない。
「マーシアは滅多に他人を信用しないし、そういう恩恵を与えることはない。だが一度そういう恩恵を与えれば、取り上げることもしない。利用して自分たちを有利にしたければそうすればいい、というのがあの子の考えだ」
そう、確かにその通りだ。彼女から銃を渡されたときも同じことを言っていた。「殺したければ殺せばいい」と。心を許した相手に対しての信頼感か、それとももっと違う意味なのかもしれないが。
「それに……」
リョウはトーマスの注意を呼び戻した。
「君たちの艦には、おそらくここの厨房と同じような設備があって、人並みの食事ができるようになっているだろう。君たちのことだ。材料も十分すぎるほど積み込んでいるだろう。俺は君たちの料理人が作るものは一流の料理でうまいことを知っている。だがいくら腹を空かせていても、俺は君たちの艦には近づくことはできない。宇宙港に入るパスを手にしていたとしてもだ」
二人の反応がリョウにはおもしろかった。うまい比喩ではないが、レオスはなにを言おうとしているのか、すぐに理解した。
「パスはイリス・システムのアクセス権と言うことか。厨房の材料が、イリスの情報で……」
宇宙港のパスを持っていても、乗り込むための手段がなければグラントゥールの艦に入ることは出来ない。リョウはイリス・システムにアクセスするための端末を持っていなかったし、ほかの方法も知らないのだ。
「宝の持ち腐れか……」
トーマスはようやく納得したらしい。
「俺もそう思う。だが今の今までまだあのアクセス権が有効だったとは知らなかったんだ」
「レディが教えておいてくれればよかったと思うのか?」
「いや、今言ったとおり、教えてもらっても情報を手にすることはできない」
「さて、納得したのなら、おまえは席を外せ。わたしは彼と二人きりで話がしたいんだ。このことはグラントゥールにも我がフェルデヴァルトにも関係のないことなんだよ」
リョウはちらりとレオスを見やった。どうやらごくプライベートな話をしたいらしい。マーシアに関してのことかもしれない。
だがトーマスにはまだ迷いがあるようだ。
「人質を取っているのは君たちの方だろう?」
リョウはそう言って、ジュリアたちのことを思い出させた。レオス卿の用件も気になるが、いい加減に彼女たちの元に戻らないと、ジュリアの心配が極限に達してしまうかもしれない。
「確かに彼女たちを利用させてもらいましたが、レオス卿と彼女たちを比べれば、卿の方がその価値は遙かに高い。違いますか?」
彼の含みをリョウは瞬時に悟った。その瞬間、
「俺はグラントゥール人ではないぞ、貴様らと一緒にするなっ」
リョウは思わずテーブルをたたいてトーマスをにらみつけていた。思い浮かんだのは銃を手にしたときのマーシアの表情やハーヴィ。そしてなにより彼らの非情さだった。
「俺は仲間を見捨てたりはしない。ましてや武装もしていない、殺気もない相手に対して何かを仕掛けるようなことはしない。たとえ君たちが卑劣な手段で、俺を連れてこさせたとしてもな」
その嫌みにトーマスが顔をひきつらせた。




