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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム29

 ジュリアは心を落ち着けるようにゆっくりと息を吐くと、改めてショーウインドーのガラスを見た。そこには自分とリョウがいて、その真後ろに一人の男が立っている。相手はたった一人……。

 ガラスに映るリョウの目をとらえた。リョウもまた同じようにジュリアを見ていた。彼にはその思いが読みとれたのだろう。かすかに首を横に振る。攻撃はできないという意味だ。そして彼の視線は、ガラスに映るいくつかの人影を示した。ジュリアは目を見開いた。何気なく店の中を覗いていたり、カフェで電子ペーパーを読んでいる人たちが、後ろに立つ男の仲間だとリョウは考えたのだ。もし本当にそうなら、リョウでさえ気づかないうちに囲まれていたことになる。

「あなたたちはいったい誰なの? なにが目的?」

 ジュリアはアリシアーナに聞こえないように小さな声で詰問する。言葉から怒りが滴り落ちている。

「君たちに危害を加える気はありません。ただし彼がおとなしくわたしの指示に従ってくれたらの話ですが」

 ガラスに映る男は同じくガラスのリョウに向かって告げた。

「彼女たちは人質ということか……」

「きみと格闘戦をやりたくないので。何しろきみはあの白い惑星で、ある男を叩きのめしたとすごく有名ですから。私はあの男とは何度か手合わせをしたが、まだ一度も勝った試しがありません。それにわたしたちは今、次の作戦行動に入る直前なんです。怪我をして戦線を離脱したくはありませんから」

 リョウははっと息を飲んだ。白い惑星といえば、ヒューロンのことだ。そこで格闘戦をして彼が勝った相手は、ダレス・ハンストロームだ。彼はグラントゥールの中でも格闘戦の技術には長けていると有名だったらしい。そしてその彼を倒したリョウも、一目おかれる存在となった。少なくともヒューロンでは、だ。だがあのとき、マーシアはこう言っていた。『この件はグラントゥール中に広まる』と。


「俺に用があるのというんだな?」

 男が頷く。リョウはなにも気づいていないアリシアーナとやりとりを心配げに見守っていたジュリアに目を向けて少し思案する。

「リョウ?」

 ジュリアが彼の決意に気がついた。

「大丈夫だ。心配はない」

「でも、彼らは何者かわからないのよ。それになにをするつもりなのかも」

 リョウ自身は、彼らの招待もそれほどひどいことにならないことも予測がつくが、ジュリアの心配は彼女からしてみれば当然だろう。リョウはくるりと男に向き直った。

「俺をどうにかするつもりなのか?」

「いいえ、ただ話がしたいと思っているだけです。本当にただそれだけですよ。心配はいりません」

「だとしたら、わたしたちもついていくわ」

 いつの間にかジュリアも男の方を向いていた。

「やめてください」

 男はあからさまな拒否反応を示した。

「わたしたちが話をしたいのは、彼一人です。あなたなら場合によっては同席してもかまわないとおっしゃるでしょうが、でも彼女の同席はわたしたちがごめんです」

 そのむき出しの感情は、彼らがグラントゥール人であることを示し、またマーシアに近い存在であることも証明していた。そしてそれは同時にアリシアーナがアルシオール王国の王女であるということを知っているということだ。そうでなければあのような反応はしない。

「ジュリア、俺のことは本当に心配はいらない。それよりアリシアーナのそばについていてくれ。彼女がパニックを起こさないようにな」

 そうジュリアをなだめたリョウだが、本当の心配は、彼らがアリシアーナに害を及ぼさないかということだ。

「正直に言うと、俺には彼女たちを守る任務があるんだ。それを中断するのはすごく不本意だ。だから俺がそちらの要求に従っている間、君たちに俺の代わりを努めてもらいたい。要するにアリシアーナの護衛だ」

 男の顔が曇る。護衛というところに引っかかるのだろう。そこで彼は念を押すように

「必ず彼女は守ってもらいたい。君たちの事情がどうあろうとな。俺たちの共通の友人の名にかけて誓ってもらおう」

 男は目を細める。

「共通の友人ねぇ……。確かに報告書に書いてあるとおりの男ですね。一見、人が良さそうに見えますが、そう判断すると反撃される。食えない人だ」

 ひとしきりつぶやいた後、男は少しばかり姿勢を正して、

「いいでしょう。わたしたちの共通の友人の名にかけて、きみの代わりに彼女たちの護衛を引き受けましょう」

 リョウは頷いた。これで心配はない。彼らにとってこの手の誓いは掟に匹敵するのだ。

「リョウ、あなた、彼らを知っているの?」

 ジュリアはリョウがある時点から彼らを信頼し始めたことに気づいた。もちろん同時に警戒もしてはいるのだが。

「いや。会ったことはない」

 あっさりとした答えにジュリアは混乱しそうだった。会ったことはないのに、なぜ信頼できるのか? 彼らしくない。

「あなたたちはわたしたちの味方なの?」

 今度は男に尋ねる。

「彼らは俺たちの味方じゃない」

 答えたのはリョウだった。ジュリアが彼をにらむ。

「だとしたら、あなた一人を行かせることはできないわ。決まっているじゃない」

「ジュリア、彼には少なくとも今は敵ではないよ。そうだろう?」

「きみがわたしたちに攻撃をかけていないのなら」

 と男は付け足した。リョウとその男との妙なやりとりにジュリアは困惑を隠せなかった。リョウはまるで彼らに対して何の警戒もしていない。長い間の知り合いのように接しているのが不思議だ。

「彼らには彼らなりの行動規範があるんだ。少なくともこの惑星では俺たちに攻撃をかけるようなことはしない。それは信じてもいい」

「あなたはそれを信じているの?」

 リョウは頷いた。

「それならなぜ人質を取るようなことを……」

「俺を警戒しているからだ。俺は彼らのルールを理解はしているが、それに従う気はないからな。そうだろう?」

 男はそうだとジュリアに教えるように頷いた見せる。

「アリシアーナが不審に思わないうちに、彼女のそばに行ってくれ。俺のことは適当にごまかしておくんだ。用が終わったらすぐに戻るから」

 ジュリアは小さく息を吐いた。なにをいってもリョウが男に案内される場所に行くのは止めようがないのだ。嫌だと彼が拒絶すれば、アリシアーナの身に危険が及ぶだろう。リョウは彼らを信頼しているとはいえ、ジュリアはまだそこまで男たちに心を許す気はない。

「わかったわ。でも十分に気をつけてね」

 そういって送り出す以外にジュリアはできなかった。

「わかっている。心配はいらない」

 リョウは笑ってそういうと、男と共に歩きだした。


 リョウは来た道を戻った。そして三つ目の角にさしかかったとき、男は路地に入る。

「マーシアは今どこにいるんだ?」

 男は驚いたように振り返った。

「彼女が会いに来たとは思わないのですか?」

「マーシアなら、こんな回りくどい手は使わない。会いたいと思ったら、直接会いに来るさ」

 男はにこりと笑う。

「よくご存じだ。彼女はスルーシャ星域の反帝国組織を壊滅させるべく作戦行動中です」

「君たちも作戦行動の直前だと言っていたな」

「ええ、この星域とアーロン星域の間に巣くっている抵抗組織を壊滅するよう皇帝から依頼されたんです」

「グラントゥールも忙しいな」

「帝国軍があまり役に立たないのでやむを得ません、彼女の件も今回の件も一度は帝国軍が出撃したんですけどね。わたしたちは彼らの後始末です。連中ときたら、まともに作戦を立てることも知らないようで、かえって後始末をする方が大変なことになります」

 どうやらそれは本音のようだ。男は質素な入り口の前で立ち止まった。横の窓から中を覗くと、酒場のようだ。入り口の看板には、店の名前はなく、ただ帆を張る船と交差する二本の剣が描かれていた。帆の部分には獅子の頭部が描かれている。そういえば帆船と二本の剣はグラントゥールの紋章だ。偶然の一致ではないだろう。

「これになにか意味はあるのか?」

 リョウは当てずっぽうで聞いてみる。

「勘がいい人だとは聞いていましたが、本当にその通りのようだ」

 彼は独り言のようにつぶやくと、

「ここはグラントゥールの店なんです。店名がなくただグラントゥールの紋章の入った看板だけがぶら下がっている店は、みなそうです。帆に描かれている獅子の模様は、この店がフェルデヴァルト家の直属のものだということです」

 その意味するところは、ここが治外法権であるということだ。帝国自体も彼らに何ら制限を設けることができないのだ。地元政府ならなおのこと彼らがなにをしようと見て見ぬ振りをしなければならない。

 そして彼らが酒場を経営するためにこの店をおいているわけではないということだ。


 男は扉を押し開いて中に入った。そしてテリトリーに入ってきた進入者を確認しようとするかのようにいくつかの視線が絡みつく。店内は思ったほど暗くはない。リョウはさっと辺りを見回した。

 テーブル席はほぼ満席だ。その上には酒場らしからぬ料理がのっている。

「ここはそのガイドブックにも載っている店です。昼間は安いが高級料理店並のランチを出すことで有名なんですよ」

 リョウはジャケットのポケットにしまい込んでいたガイドブックを思い出した。蒸気機関車から降りてすぐのところで、ジュリアから手渡されたものだ。

 ガイドブックに載っているということはここにいる客の多くは観光客だろう。

 リョウは男の後をついていきながら、客たちを観察した。入り口付近のテーブルの三人と、壁側に六人が死角を作らない位置に座っている。彼らが守っているのは……。

 リョウは奥まった席で一人座っている男に目を向けた。初老の男のテーブルには何もない。彼はリョウの視線をまっすぐに受け止める。

「彼がグラントゥールの筆頭公爵フェルデヴァルト家の現当主レオス卿か……」

 案内していた男の足が止まった。

「レオス卿を知っているのですか?」

 男は驚いたように振り返った。


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