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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム27

 ジュリアは駅の案内板を確かめながらプラットホームに向かう。その少し後ろをアリシアーナとリョウが歩いていた。

 シドラスの首都であるセントラル・シティに直接地上車で乗り込むことはここの法律で禁じられていた。地上車でやってきた旅行者たちは一度セントラル・シティ周辺の駐車場に車を置き、そこから公共交通機関を使って市内に入るのだ。

 ジュリアのたっての希望で、彼らはバスではなく列車を選んだ。そちらの方がレトロで、旅をしている気分になれるというのが理由だ。もちろんアリシアーナは列車がなんなのか知らない。

 彼らが地上車を止めた駐車場から煉瓦造りの建物に入る。そこが駅だった。

 三人は途中で、乗車券を購入する。

「自動発券機なのね」

 と少し残念そうにジュリアがつぶやく。

「君が期待しているのは、もっと古い時代のやり方なのかい?」

「だってこれを見てよ。この宇宙時代に伝説の中の生活を楽しめますって書いてあるのよ」

 いつの間にか彼女はシドラスの観光案内のパンフレットを手に入れていたらしい。彼女が乗るのを楽しみにしている列車も、ほかの惑星では最新技術を取り入れたものとして走ってはいるが、ジュリアが期待しているのはそういうものではないようだ。

 不意に大きな音が響いた。甲高い乾いたような音に、誰もが驚き足を止める。リョウもジュリア身構える。

「心配はいりませんよ」

 通りすがりの女性が、笑いをこらえるようにして近づいてきた。

「シドラスは初めてですか?」

「ええ。その通りです」

「でしたら、今の音に驚かれるのも無理はありませんね。あれは蒸気機関車の汽笛の音です」

「蒸気機関車?」

 三人は声をそろえた。

「そうです。シドラスには輸出できるような特別な資源がありません。でも石炭ならたくさんあるのです」

 その女性によれば、蒸気機関車はかつて人類がまだ一つの惑星に閉じこめられていた時代に一時期はやった交通機関の動力装置だと言うことだ。宇宙に人々が飛躍し、いつしかその存在は忘れられていったが、その勇姿は伝説という形で語り継がれてきた。シドラスの政府は石炭で動くことのできる蒸気機関車を再開発して、それを観光資源として活用しているという。歴史の資料でしか知らなかったものを実物で見ることができ、しかも実際に活躍しているところを見て、多くの人たちは感激するという。そしてまた見たくなってもう一度シドラスにやってくる。


 彼女が去った後、リョウはジュリアを見た。

「きみが歴史好きだったとは思わなかったよ」

「別に歴史が好きな訳じゃないわ。ただちょっと興味があっただけ。それに格好いいでしょう」

 とパンフレットを開いて蒸気機関車の写真を示した。のぞき込んだアリシアーナも大きく頷く。確かに格好がいい。レトロだが今のものには感じられない力強さがある。

「よし、じゃあ。それに乗って市内に行くとするか?」

 ジュリアたちは大きく頷く。


 改札を抜けて、ジュリアたちはほっとして後ろを振り返った。改札を抜けようとする人の渋滞が起きている。目立つのは旅行者用の改札口だ。周りの人たちが口々に言うには、どうやら今日は特別警戒をする日になっているらしい。特に旅行者には身分証の提示を求めているから、それだけその改札口は長い行列を起こすことになる。

「でもその身分証ってまるで万能のカードみたいね」

 とジュリアが言う。

「万能のカード? ただの身分証のように見えますけど……」

「確かにただの身分証だけど、気がつかなかった? わたしたちは今まで一度も自分たちの身分証は見せていないのよ。リョウが自分のを見せるだけで、横柄だった彼らの態度が一瞬にして変わったわ。不思議だと思わない?」

 だがアリシアーナは首を傾げる。彼女にとって特別な扱いを受ける事は何の違和感もないことだった。

 リョウはしまいかけた身分証に目をやった。確かに万能カードと言われるだけの威力はある身分証だ。これを見せた途端、役人たちの態度が一変し、なんの質問もしないのだ。そのおかげでアリシアーナたちは煩わされることなく、すんなりとそれぞれの関門を通過することができた。それだけグラントゥールの力が強いと言うことなのだろう。末端の惑星政府にすら恐れさせるほどに。


 リョウは一人笑って、カードをしまった。もっともマーシアたちが意識して、その権力を見せびらかせているはずはない。彼女たちにとって惑星政府に干渉することは、書類仕事と同じぐらいやっかいなことに違いない。彼らにとって権力とは見せびらかすものではなく、自分たちの独立と自由を保障するものなのだ。そして彼らはその使い道を心得ている。

「彼の身分証を見せるだけで、いろいろと無料になるかもしれないわね」

 とジュリアがつぶやく。それもできないことではないだろう。しかしそんなことをするつもりはないし、また彼女も本気でそう思っている訳ではない。それでも一言釘を差しておく必要をリョウは感じた。

「仮にすべてただになってもそれできみは楽しいかい?」

 ジュリアはその意図を察して首を振る。

「どうしてですか?」

 と聞いてきたのはアリシアーナだ。ジュリアは彼女を見て、

「ショッピングの楽しみはね、限られた範囲の中でいかに自分の気に入ったものを探すところにあるのよ。全部ただだったら、そんな楽しみがないじゃない。目に付いたものを片端から手にすればいいんだから。だからありがたみも、なにより愛着がもてないでしょう?」

「そのためには何時間も歩く羽目になるんだよな」

 口を挟んだリョウをジュリアはじろりと睨んで、

「女にとってはそれも必要なことなのよ」

 と言い切った。リョウは肩をすくめる。

「郷に入れば郷に従え、ということだよ、きみもね」

「はい」

 リョウの視線を受け止めたアリシアーナが大きく頷いた。


 プラットホームにたって彼らの前を巨大な蒸気機関車が白い蒸気を上げながら入ってくる。

「すごい……」

 目の前に止まったそれに三人は呆然とした。

「こんなの初めてだわ……」

 とつぶやくジュリア。

「わたくしもです」

「俺もだ。この迫力なら人気が出るのは当然だな」

 その力強さに圧倒されながら、リョウはふと、マーシアのことを考えた。彼女がこれを見たらどういう顔をするだろうか。グラントゥールは常に最新の技術を追い求める。時折ヒューロンにいたヴァートン博士のように大昔に使われていた聴診器を好むものもいるが、グラントゥールでは例外だ。マーシアもこの手のものは見たことはないはずだ。

 マーシアにも見せてやりたい。そんな思いがわいてくる。この力強い機関車を見て彼女は驚くだろうか、それともどうして最新式の動力装置にしないのだと聞き返すだろうか。そのどちらも彼女ならありそうだと思うと、自然と笑みがこぼれていた。

「あなたも男の子なのね」

 ジュリアの子にハッと我に返る。

「男の……子?」

 リョウは思わず聞き返した。

「だってそうでしょう。機関車を見てうっとりするなんて、男の子だわ、ねぇ、アリシアーナ」

 アリシアーナも同意すると言わんばかりにうなずく。

「ほら、乗るぞ」

 リョウはジュリアたちの言葉を訂正する代わりに、そう促した。

 マーシアのことはまだ自分だけのものにしておきたかった。


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