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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム26

 シートベルトをした体に軽く重力がかかる。リョウは軽く顔を動かして隣に座っているアリシアーナを見た。彼女はぎゅっと瞼を閉じ、体中も力が入っている。

 軌道エレベーターに乗るのが初めてだと言うのなら、それも仕方がないだろう。もっとも軌道エレベーターも初期の頃と比べれば、ずいぶんと乗り心地が良くなっているし、シャトルで宇宙に出るのとその衝撃は変わらない。

 不意に脇腹が痛んだ。軌道エレベーターの宇宙側のステーションで兵士たちに殴られたところだ。

『相変わらず、被虐趣味だな』

 リョウはハッとした。一瞬、マーシアの声が聞こえたような気がしたのだ。呆れながらもからかうような彼女の声。リョウは思わず一人笑んだ。マーシアなら言いそうなせりふだ。

「傷が痛むの?」

 向かいから心配そうにジュリアが見ていた。

「大丈夫だ。殴られ方は心得ているから、ダメージは大したことはない」

 ジュリアの顔が曇る。

「ヒューロンでの経験ね?」

「まあな」

 彼は肩をすくめると、背もたれに体を預けた。


 不意にあたりが明るくなる。強烈な太陽光と宇宙線を遮断していたためにキャビンの中は、薄暗かったのだが、成層圏を抜けたとたん、窓の遮光率が下がったのだ。白い雲の間を抜けて、彼らの目には緑の大地が広がっていた。軌道エレベーターのシドラス側のステーションは、草原の中に作られていた。

「アリシアーナ、目を開けてごらん」

 リョウに促されたアリシアーナがおそるおそる瞼を開いた。その瞬間、青い瞳が広がる。

「なんて……きれいなの……」

 彼女の唇から言葉がこぼれ落ちる。

 地上に近づくにつれ、草原は微妙な色の違いを見せ、風が渡っていく様が見える。その間を一本のハイウェイが延びている。幾台かの地上車が、その先にある摩天楼に向かっていた。

「あれがシドラスのセントラル・シティね」

 ジュリアは体をねじるようにして外を見た。

「大きそうな街ね。買い物のしがいがあるわ」

 力を込めて拳を握ったジュリアに、

「頼むからほどほどにしてくれよ」

 と困ったようにリョウは答える。

 ジュリアはアリシアーナと視線を交わし、くすりと笑った。


 ドアが開いたとたん、草原の香りが三人を包んだ。

「いい匂い……」

 アリシアーナがうっとりとつぶやく。

「ああ」

 リョウも思い切り空気を吸い込んだ。囚人としてヒューロン行きの輸送船に乗せられたときから今日まで、緑の匂いの混じったすがすがしい空気にふれることはなかった。

 惑星の大気にはそれぞれ独特の匂いがある。緑の惑星でもあるシドラスには草の匂い。雪と氷に覆われた惑星ヒューロンの匂いは凍てつく冬の匂いだ。

「アリシアーナも宇宙での生活は長いの?」

 アリシアーナは少し悲しげにジュリアを振り返る。

「もう四年ぐらいになります。時々はアルシオールに帰っていますが……できるだけ早く宇宙に戻るように言われています」

「意外だわ」

 ジュリアは率直につぶやいた。アルシオールの国王ラキスファンは彼女のことをとても大切にしている印象だった。目の中に入れてもかわいいとは彼女とラキスファンのことを言うのだろうと思ったぐらいだ。彼女がどうしても宇宙に出たいと言ったから、それで仕方なくフラー将軍の率いる艦隊をつけて宇宙に出したのだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。

「宇宙にいなければならない理由をきみは聞いているのかい?」

 アリシアーナは首を振った。

「リチャードはなにも話してくれません。でも宇宙にいることは好きです。みなさんと一緒に、帝国に抵抗しているのだと感じられますから」

 そのほほえんだ様子に、彼女にもいろいろな思いがあるのだと、ジュリアはアリシアーナへの見方が変わった。リョウは元気づけるかのように彼女の肩を軽く叩く。そんなありふれたコミュニケーションにアリシアーナはうれしそうな顔をして、リョウを見上げた。

 そこに一台の地上車が現れた。

「リョウ・ハヤセ氏ですね?」

 と運転席から降りてきた人物が尋ねる。

「そうだが、これは?」

 男はリョウに地上車のキーを差し出して、

「シドラス軌道エレベーター警備部から、あなたに地上車を貸し出すように依頼されました。これがその車です。なんでも事を荒立てず、また警備部の面子を守っていただいたお礼とのことです」

 とはいえさすがに「はい、そうですか」と言うことはできない。キーの受け取りを躊躇しているのを見て、

「何も心配はいりませんよ。グラントゥールの関係者にどうこうするほどわたしたちは愚かではありません」

 彼はそういった後で

「それにこのあたりでは、レンタル用の地上者の台数は少ないんです。セントラル・シティに行くのはバスという手段が一般的なのです。あいにく今日は交通管制が不具合を起こして調子が悪く、バスに乗れるのは、早くても一時間後になるかと思いますが……」

 それはとどめだった。一時間もここにいなければならないと聞いて、ジュリアが抗議の声を上げる。

「わかった、これをお借りしよう。警備の方々には十分に礼を言っといてほしい」

 リョウは男からキーを受け取った。

「ではよい旅を」

 リョウの乗った地上車は係員に見送られ、草原を貫く道を走りだした。


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