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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム24

 リョウが散乱するガラスと陶器の人形の間に仰向けに倒れ込んでいた。少しして彼はゆっくりと体を起こし、頭を降って破片を払い落とす。

「リョウ……」

 彼が抵抗せずに殴られるなんて信じられない。ジュリアの顔はそう言っていた。ジュリアは改めてリョウを見下ろしている兵士たちを睨みつける。彼らは無様に倒れているリョウに注意を向けている。

「あなたたち……」

 彼らに向かって進み出そうとしたジュリアの前をエディが立ちはだった。

「そこを退いて。邪魔をしないで」

 ジュリアが低い声でエディに命じる。だがエディは

「今のうちにここを離れましょう」

 有無を言わさぬ口調で、ジュリアの行動を阻止すると、その手を掴んでリョウの側を離れる。


 ステーションにいた人々がこの事態に気がついて集まりだしていた。相手が帝国軍の兵士だと知っても、おそるおそる周りを囲み様子をうかがっている。いわゆる野次馬たちだ。そしてリョウが気づいたシドラスの警備兵も、さすがにこの人だかりを無視することはできない。彼らの顔にはまたかと言いたげな表情が浮かんでいる。

 その人だかりから離れたところに連れられたジュリアはエディの手を振り払った。

「いったいどういうつもりなの? あのままリョウを見捨てるつもりなの? わたしは二度と彼を見捨てたりしないわ」

 エディは眉を上げた。

「でも今のあなたにできることはないでしょう」

 ジュリアには彼のその口調は思いも寄らなかった。冷徹そのもので、思わず見つめなおす。

「あなた……」

 と何かを言いかけたそのとき、再びリョウが殴られる。人垣が崩れ、リョウの体が転がり出る。すかさず兵士の一人が彼の髪を掴み上げて引きずり戻す。

「やめさせて。リョウが死んでしまうわ」

 アリシアーナが悲鳴に近い声を出す。

「元はといえばあなたのせいですよ。お姫様」

 エディは腹立ちを隠そうともしなかった。

「わたしのせい……?」

「そうです。あなたがあそこで自分の地位をひけらかすような口調で、彼らをたしなめなければ、彼はあの兵士たちの注意をそらす必要もなかったんです。あなたは自分の立場をわきまえていますか? 今、帝国軍と事を構える訳には行かないんですよ。いくらここが中立地帯だと入っても、僕たちの身分証は正規のものではないし、帝国軍とシドラス政府が本格的に調べようとしたら、わたしたちの正体はすぐに分かるでしょうね。そうなれば困るのはあなたのお父様ですよ。表向きとはいえ、アルシオール王国は親帝国の国家でしょう。ですがあなたとわたしたちが捕まることで、アルシオール帝国が本当は反帝国勢力の味方だと言うことが公になるんです。そういうことをあなたのお父様は決して望まないと思いますが。いくらあなたを目の中に入れても痛くないほど溺愛していても、です」

「エディ、そこまでにして」

 アリシアーナの蒼白な顔を見て、ジュリアが止める。

「彼女にだって悪気があったわけではないわ。それをそう責めるのは酷と言うものよ」

「ジュリアさん、悪気がないと言うことは決して免罪符ではないんですよ」

「エディ……」

 ジュリアはまるで別人がそこに立っているような思いで、エディを見つめた。冷ややかに皮肉るのは、いつものエディらしくない。


「おや、ようやく警備兵たちが事態を納めに行く気になったようです」

 エディの言葉に振り返ったジュリアたちが目にしたのは警備兵たちが野次馬たちを追い払うところだった。

「警備兵がいるって知っていたの?」

「気は付いたのはリョウです。だから彼は一度も手を出していないんです。いくらこの惑星政府が中立だとは言っても、帝国軍相手には自分たちの権利を行使することはできないでしょう。そんなことをしようものなら、たちまち帝国軍がこの惑星を支配下においてしまいますから。ジュリアさん、なぜリョウが一度も手を出していないのか、わかりますか?」

 しばらく考えていたジュリアはうなずいた。

「何となくだけどわかるわ」

 アリシアーナは困惑気味にジュリアに説明を求める。

「こういうことなのよ。リョウが手を出していないことは、ここにいるみんなが知っているわ。多くの野次馬たちがね」

 そう言っていたジュリアは不意にはっとした。

「リョウはわざとショーウインドウに倒れ込んだのね?」

「その方が目立ちますから。そして警備兵たちも何かが起きたことに気づきます。警備兵たちは帝国の兵士とのもめ事は関わりたくないのです。だがリョウが抵抗していなければ、彼らも無視はできない。そしてなにより一番重要なことは、徹底して被害者にならなければならいということです。一発でも兵士たちに浴びせていたら、警備兵たちはリョウの身分証をしっかりと調べるでしょうし、帝国にも照会が行くことになります。そうなれば彼の素性はばれてしまうかもしれません」

「素性……?」

「お姫様、リョウは逃亡者なんですよ。帝国に正式の照会が行けば彼がヒューロンからの脱走者であることがわかってしまうかもしれないでしょう」

「身分証と言えば、リョウの身分証はどうなっているのかしら? わたしはてっきり、ニコラスがわたしたちと同じものを用意していたと思ったけど……」

 ジュリアはそのことを今の今まで失念していたのだ。軌道エレベーターに乗るときには身分証の照会を受けることになっている。もし彼が持っていなければ……

「その心配はないでしょう。彼は正規の身分証を持っていると言っていましたから。もし問題があるのなら、あなたにそれを話していると思います。それほど彼は間抜けではないでしょう」

「確かにそうね……」

 ジュリアは肩を落としながらそう答えていた。落ち込んだのは、浮かれていてリョウの身分証のことに気づかなかったからだ。


「でもどうやって身分証を手に入れたのでしょうか? あなたたちの身分証を用意するのも大変だったとリチャードが言っていたのを覚えています」

「そうでしょうね。アルシオールの国籍ではなく、よその国籍の身分証なんですから。作るとなればやはり偽造するしかないでしょう。しかも本物と寸分違わないような作りにしなけばならないのですからね」

「エディ!」

 再びジュリアが叱責の声を上げた。さすがにアリシアーナも彼が自分に対していい感情を持っていないことに気づいた。だが彼女にはなぜそう思われるのか理解できない。

「リョウは本物の身分証だといっていましたから、政府のチェックを受けるときも大丈夫だと思います。だから僕たちは少し様子を見ていましょう」

「もし何かあったら?」

「どのみち、彼を助けることはできませんよ。ジュリアさん。僕たちは何事もなかったかのように、立ち去るだけです」

「結局彼を見捨てるの? わたしにはできないと……」

「でもあなたにできることは何もありません。あなたが捕まることを彼は望まないでしょうしね」

 エディは冷たくはっきりと言い切った。


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