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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン07

 リョウは台の上に置かれているレーザー銃を手に取った。帝国軍で使用されている一般的なものだ。銃把を軽く握り、体を開いて腕を伸ばす。かつては体の一部のように感じられた銃が今はとても重い。リョウはかつて感覚を思い出そうとしながら、前方の的に狙いを定める。そしてゆっくりと引き金を引いた。光弾の発射音が射撃訓練場に響く。

 リョウの左右で射撃訓練をしているエリックの部下たちが手を止めた。

「まいったな。十発中五発しか命中せずか……」

 射撃結果の表示を見て、リョウは深く吐き出す。

「少し自分に厳しくないか?」

 彼のブースにエリックが入ってきた。

「全弾、当たっているじゃないか。真ん中ではないということだろう」

 エリックはそう言うとリョウの前にあるパネルに触れた。スクリーンに映し出された同心円の的には命中位置を表す十個のランプが点滅していた。そのうちの五つは、真ん中の一番小さい円に集中している。そして残りの五つも一番外側の範囲には入っている。標的との距離を考えれば、上出来といえるだろう。だがリョウは満足できなかった。三年の収容所暮らしで銃の感覚はすっかり鈍っているのにも関わらず、記憶は銃を握ったとたんによみがえったのだ。だが新兵の時ですら、命中率はもう少し高かった。

「焦ることはないさ。いずれ時間がたてば、勘を取り戻すだろう」

「そう信じたいが、三年間のギャップはきついな。できると思っていたことができないというのが一番いらだつ」

 エリックは笑った。

「きみは細胞再生治療を受けたばかりなんだ。体を一から作り替えたようなものだ。本来なら、まだベッドの上だ。それがたった一月半でここまで回復できたんだ。焦ることはない」

「確かにそうだな」

 リョウは脇に積んであるエネルギーカートリッジを掴んだ。


「ところでマーシアが五日ほどヒューロンを離れるのは知っているか?」

「昨日、マーシアから聞いた。サイラート帝に会いに行くそうだな」

カートリッジを入れ替えたリョウは再び銃を構えて、引き金を引いた。続けざまに十発。命中精度は先ほどと同じだ。銃を正確に保持できないのだ。もっと体を鍛え直す必要がある。

「マーシアは直接皇帝と会うことのできる身分だったんだな」

 銃を手にしたままリョウは、マーシアが近くの親戚に会いに行くような口振りだったことを思い出していた。第二級臣民である彼にとって皇帝は雲の上の存在で、軍人になっても直接顔を見たことはない。第一級臣民の大部分も皇帝と言葉を交わすことなど想像すらしたことはないだろう。第一級臣民の中でもいわゆる権力の中枢部にいる特別階級の人間だけが、皇帝の声を直接聞ける機会を得られるのだ。個人的に話ができるのはその中にも何人いるかどうか。それほど皇帝の存在は遠いのだ。

「マーシアは帝国内でどんな存在なんだ? 一見、何の権力もないように見えるのに」

「マーシアに直接聞いてみたか?」

「それができれば、きみに聞いたりはしない。マーシアに聞いても、連中がどう見ているかなんて興味がない。といわれるだけだ」

 エリックは声を上げて笑った。

「短い間によく彼女の性格をつかんだな。まさに彼女ならそう言うだろう」

 エリックはリョウの銃を手にして、構える。リョウが脇にどけると、彼と同じように続けざまに引き金を引いた。九発が中央に命中し残りの一発もわずかに中心部の円をはずれただけだ。だがエリックの舌打ちが聞こえた。

「今日は調子が悪いらしい」

 彼はそういって、リョウに銃を返す。リョウは銃を受け取りながら、彼が撃った標的をちらりと見やった。一発はずしただけで、調子が悪いというのなら、普段は全弾命中させているということだろう。銃からしばらく遠ざかっていた自分と、望むだけ訓練が出来るエリックと比べるのは間違っているとわかってはいるのだが、つい焦りたくなる。

「マーシアの後ろにくっついているのがわたしの仕事なんだ。これぐらいは出来ないと役には立たない」

「マーシアの護衛なのか?」

「いろいろだよ。もちろん側にいれば護衛だし、皇帝の元へ行かなければならないといえば、わたしが連れていくことになる。常にバックアップをすることが任務なんだ。彼女の側にいるためには、彼女の役に立つ人間でなければならない。こいつもその一つさ」

 そういってエリックはリョウに、見定めるかのような視線を向けた。話すべきか逡巡しているのが、よくわかる。それだけ簡単な話ではないということだ。リョウはなにを聞いてもいいように覚悟を決めて、銃を台に置き向き直った。その様子を見て、エリックも決意したようだった。

「マーシアは、帝国内でサイラート帝の養女として扱われている」

 驚くまいと思っていたリョウだが、さすがにそれは出来なかった。

「養女……そんなに皇帝と近いのか?」

 リョウはしばらく言葉が出てこなかった。

「なぜ、彼女は宇宙に出ているんだ? しかも戦闘も行うんだろう? 養女ならもっと別の生活ができるはずだ……」

 戦いがなくても宇宙は決して安全な場所ではない。皇帝の養女ともなれば深窓の令嬢として一生安全にそして贅沢に暮らせるはずだ。

「マーシアがそんな暮らしを受け入れると思うか?」

 エリックが逆に問い返す。その瞬間、リョウを襲った衝撃がすっと消えていった。深窓の令嬢のように暮らすのは彼女には似合わない。彼女は初めて会ったときのように凛とした強さが似合っている。

「帝国内のほとんどものは、彼女がそういう立場にあることを知らない。マーシア自身が公式な場に出ることを拒否しているからな。出るとしたらそれはグラントゥールの人間としてだ。マーシアに向かって皇帝の養女なんだろう? と聞いたりしたらかえって銃で撃ち抜かれるぞ。マーシアは皇帝に親代わりになってもらったつもりはないと言うだろう。彼女が慕っているのは、フェルデヴァルト公爵の親友のサイラートという人間だ。決してサイラート帝じゃない。今回だって、皇帝が来るように言っていたら、彼女は自分の役目じゃないと拒否したはずだ。だが、話したいことがあるから別邸の方にきてほしいと言われたら、マーシアも拒否するのは難しい。別邸はサイラート帝が皇帝という冠をはずすことの出来る場所だからな」

 すなわちサイラート帝が別邸であうときは、皇帝としてではないということだ。しかしなぜ、マーシアを呼ぶのだろうか?

「理由なら明らかだろう? 原因はおまえさ」

「俺? 反乱者として収容されていた囚人を匿ったからなのか?」

「というより、マーシアの興味をここまで引いた人間が男だと言うことだな」

「はぁ?」

 エリックは面白がるように、

「想像してみろ。猫っかわいがりしている娘が、父親の知らない間に男を部屋に連れ込んでいたんだ」

そのたとえにリョウは一瞬、我を忘れた。

「俺がマーシアに何かするとでも言いたいのか!」

「そうじゃない。ただ父親としては、どういうことなのか問いただしたいと思うのは当然だろう。普通の父親なら、おまえを怒鳴りつけて『二度と娘に近づくな』と脅せばすむが、さすがに皇帝の身分がそれを許さないからな。何しろおまえは皇帝に反逆した囚人だ。サイラート帝は最近の皇帝の中ではまともな皇帝だ。私事で自分の皇帝としての権力を乱用することはない。その前のウルヴァルト帝なら、すぐさま民衆の楽しみのために公開で処刑されていたか、もしくは寵姫の捧げ物にされていたかもしれないな。彼の寵妃に気に入られたら、たとえ反逆者でも、逆におまえは自由の身になっていただろう。何しろ寵姫のおねだりに、惑星をいくつもくれてやるほどの人だったからな」


ウルヴァルト帝はサイラート帝の叔父で、寵妃に入れあげる様には、多くの惑星国家の離反を招くほどであった。寵妃がウルヴァルト帝を利用して政治を行っていたと言っても過言ではなく、このころから帝国に対する反体制運動が激しくなり始めたのだ。もちろんウルヴァルト帝は激怒し、弾圧も激しいものとなっちた。ある時などは、惑星破壊弾を使用して、惑星一つを丸ごと宇宙の塵にしてしまったことさえある。そこには、関係のない民衆も大勢暮らしており、彼らは全員巻き添えになったのだ。その後、ウルヴァルト帝は急死し、子供のいなかった皇帝の後継者として名乗りを上げたものたちの間で皇位継承権を巡って内乱が起きた。それに勝利したのが、ウルヴァルト帝の姉を母に持つサイラート帝であった。彼は帝国に存在した皇帝の中でも五本の指の入るほどの賢帝といわれていた。皇位継承権の内乱で混乱した帝国を瞬く間に掌握し、公正な政治を行っていた。反逆者だからと、民衆に娯楽を提供するかのような公開処刑を廃止し、彼らの多くを帝国のために辺境の惑星の開発に従事させたのだ。反帝国運動を続けるために捕らえられた反逆者は生きることを選択し、そのために収容所で帝国のために働くという矛盾に満ちた生活を送ることになっていた。

「俺がここにいることでマーシアが困った立場になるのか?」

「その心配はない。マーシアはあくまでもグラントゥールの人間だ。マーシアに保護されているきみのことで、皇帝が口出ししようものなら、グラントゥールの内政に干渉したことになる。皇帝が一番避けたいのはそこなんだ。彼が皇位につけたのは、グラントゥールの筆頭公爵であるレオス・フェルデヴァルト公爵のおかげだ。たかが囚人一人のことでグラントゥールの矜持を傷つけて、わたしたちの軍事力を失うことはしない。皇帝にとってなによりも信頼できる軍事力がわたしたちなんだ。サイラート帝はきみの件を口実にマーシアの顔を見たいんだよ。何しろ二ヶ月前にサイラート帝と会った時、マーシアはカードで大負けして、気に入らない条件を飲まされたと文句を言っていたんだ。それ以来マーシアは彼とは連絡を取ろうとしていないんだ。サイラート帝も少しは気が咎めているんだろう」

「マーシアはカードをするのか」

「ああ。おまえはどうだ?」

「ときおりな。賭事は得意なんだ」

「マーシアもさ。運の強さも指揮官としては重要な資質だ。彼女も負け知らずだよ。だがあのときは違ったらしい。一見平静だったが、内心かなり怒り狂っていたんじゃないかな」

 エリックの瞳が遠くを見つめて笑った。何となくリョウにはそのときのマーシアが想像できた。


「マーシアは俺をどうする気なんだろうな?」

 リョウは銃をさわりながら漠然と抱いていた不安を口にした。エリックがその言葉をきっかけに過去から現在に戻ってくる。

「収容所が懐かしいのか?」

「冗談じゃない!」

 リョウは思わず声を荒げた。そして、

「だがいつまでもこのような状態でいることは出来ないだろう?」

「確かにそうだな。今回は皇帝との面会が終わったらマーシアは帰ってつもりだが、いつまでもヒューロンに留まっていられるほど彼女も暇じゃない。この長期滞在を決めた時点で、いくつもの任務をキャンセルしているんだ。だがいずれ、彼女でなければならない任務が出てくる。きみにも一応覚悟は必要だろう」

 リョウは真剣な面もちで彼の言葉を胸に止めた。

「とはいっても、どんな覚悟が必要なのかは俺にはわからないな」

 再び銃を構えて射撃の練習を開始しようとしたリョウがそう言って笑った。

「たぶんマーシア自身にもわかってはいないんだと思う。マーシアがきみの処遇について結論を出したときが、おそらくそのときだろう。それまでは自分の家のようにここの施設を使っているといい」

 リョウは構えていた銃を下ろした。

「かまわないのか? 俺が自由に出歩いても」

「もちろん。この施設のどこにでも入れるようにしておくよ」

 エリックはそういうと、

「ハーヴィ」

 射撃室の奥で一人で黙々と銃を撃っている青年を呼んだ。彼は顔を上げてエリックにうなずくと、銃を片付けてリョウのいるブースにやってきた。線の細い少し神経質そうな青年だ。

「彼はハーヴィ・ストロナイだ。知りたいことがあれば彼に聞くと言い。二十歳になったばかりだか優秀な男だ。いわゆる幹部候補生なんだ。経験を積めば艦隊を指揮することになるだろう。ハーヴィ、リョウのことは知っているな」

「はい、存じております」

 ハーヴィは青い瞳をまっすぐリョウに向けた。希望に満ちた一途な思いがそこにあった。かつて自分にもそういう時代があった。そんな思いがふとよぎり、懐かしさに彼は手を差し出した。

「よろしく頼むよ」

「こちらの方こそ、よろしくお願いします。もしよろしければ後でイクスファ退却戦の話を聞かせていただければ光栄なのですが」

 遠慮がちに尋ねるハーヴィにリョウは気持ちよく了承した。

「暇があれば、彼には銃も教えてやってほしい。何事にも熱心ななんだが、なぜか銃の腕はいまいちなんだ」

 エリックとリョウはハーヴィが再び自分のブースに戻って練習している様子を眺めた。確かに腕の動きがぎこちない。だが……

「今の俺が人に教えられると思うのか?」

 リョウはそういって、穴のあいた標的を見やった。

「わたしのの勘ではあと三日もすれば、以前の腕前に戻っていると思うよ」

 そういって軽く笑ったエリックだったが、

「ところで施設の外に出たければ出てもいいが、一つ注意してくれ」

「なんだ?」

「帝国の管轄は確かに収容所とその周りだけだ。確かにこの惑星はマーシアの惑星で帝国の管轄権はない。しかし確実にきみを守れるのは、この施設を囲む一定範囲だけだ。それを離れると、きみが向こうに拉致されても防げない。何しろここにいるのは戦闘要員とはいいがたいものたちばかりだから。もちろん何名か腕の立つ兵士は残しておく。外に出るときはハーヴィをつれて歩くといい。腕はいまいちとはいえ、収容所の看守たちよりはましだろうから」

「ハーヴィは俺の護衛と言うことか?」

「手短に言うとそういうことだな」

「手間をかけさせるな。ありがとう」

 リョウはエリックの心遣いに感謝し、立ち去る彼を見送った。そして再び標的に向き直り、銃を構えた。

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