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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム23

 シドラスの軌道エレベーターの宇宙ターミナルは人であふれていた。物珍しさに、足が止まりがちなアリシアーナの両脇をリョウとジュリアが固めて、他人とぶつからないように保護する。

「交通の要所でもないのに、ずいぶんと混んでいるのね」

「先ほどいくつかの商船が宇宙港に入港していたようですから、その乗客や乗組員ではないかと思います」

 そう答えたのはエディだった。

「ここまで来て大丈夫なのか?」

 リョウが振り返る。エディは彼が担当している通信システムの異常から、休暇が取り消されていたのだ。そのためにリョウがジュリアとアリシアーナの護衛を代わる羽目になったのだ。だがそれにもかかわらず、エディは連絡艇を操縦して三人を軌道エレベーターの宇宙ステーションまで送ってくれたのだ。

「最初にするのは、通信システムの全体的なチェックです。それはコンピュータの仕事なので、僕は必要ありません。僕の出番はそのあとです」

「だからついてきたのか。どうせならこのまま下に降りたらどうだ? 時間ならあるだろう?」

 エディはにっこりと笑い、

「かまいませんよ、彼女たちの買い物が一時間程度ですむのなら」

 二人の目は、ショッピングモールの入り口近くの店をのぞき込んでいるジュリアたちに向けられた。

「早速始まったか……」

 リョウは大きく息を吐き出した。

「ニコラスから聞いたんだな?」

 エディはうなずいた。

「女性のショッピングにつきあうのは苦手なんです」

「俺だって、得意じゃないさ」

 そうつぶやいたリョウの目が、連絡艇発着場の方に向けられた。そこに帝国軍の兵士たちがひとかたまりとなって現れた。


「帝国軍も宇宙港にやってきたんですね」

 とエディ。

「おそらく軍港の方だと思うが……。フリーダムは武装商船と偽装しているんだったな」

「書類上は払い下げられた帝国の戦艦を改造した形です。もし問題があれば、宇宙港に入港はできないはずです。このシドラスは帝国寄りの中立国ですから。それよりあなたの身分証は大丈夫なんですか? 誰もそのことに言及していなかったようですけど。僕たちにはアルシオールが手配してくれた身分証がありますが、あなたにはそんな時間はなかったはずです」

「大丈夫だ。身分証なら正規のものを持っている」

「正規のものですか……いったい誰が手配したんです?」

「それはいろいろとあるんだ。それよりまずいぞ」

 リョウはエディを促した。帝国の兵士たちがジュリアとアリシアーナを見て、ささやきあっている。

「目を付けられたようですね。あの服の乱れ具合からすると、とても優秀な兵士たちとは言いがたい連中のようです」

「行こう。俺たちは彼女たちの護衛なんだからな」

 二人はさりげなく、だが急ぎ足でジュリアたちに近づいた。

「ところで彼らと一戦交えることになったら、あなたは大丈夫なんですか? ヒューロンからの脱走者だと知られたらどうするんです?」

「心配はいらないだろう。この広い銀河の中で辺境の流刑星からの脱走者の顔をいちいち公表するはずがない。俺がそう言わなければいいんだ」

「確かにそうですね。では心おきなく暴れられますね?」

 リョウはあきれたようにエディを見て、

「おまえなぁ……俺はなるべくそういう面倒は避けたいと思っているんだが」

「あなたはそう思っても、彼らは違うと思いますよ」

 エディは彼らがアリシアーナとジュリアが逃げられないように包囲しようとしているのを見て取った。


 ジュリアはショッピングモールの入り口に飾られているドレスにつられるように、アリシアーナを連れて、リョウたちの元を離れた。リョウとエディが自分たちに注意を向けているのはわかっている。何かあればすぐに駆けつけてくれることも。だから少し離れたところにいても安全だ。それにジュリア自身も戦士としての訓練は十分に積んでいた。だからアリシアーナと一緒にショーウィンドウの中をのぞき込んでいたときに、悪意のこもった視線にすぐに気がついたのだ。ただアリシアーナを不安にさせる訳には行かない。

「アリシアーナ。リョウがしびれを切らしているわよ。そろそろ彼のところに戻りましょう」

 ショーウィンドウの中を目を輝かせてのぞいていたアリシアーナがはっととして顔を上げた。戻ろうという言葉に残念そうな表情が浮かんだ。

「何か気に入ったものがあったの?」

「あの……あれがかわいいと思って」

 アリシアーナの視線をたどったジュリアは、手のひらの大きさの陶器の人形たちを見つけた。小さな人形がハープを奏でていたり、小さな犬と戯れていたり、またある人形は猫を膝の上に抱いている。飾りものの人形だが、その表情がとても愛らしい。

「帰りにまた寄りましょう。そしてそのとき一番気に入ったのを買えばいいわ。シドラスに降りる前から買い物をしていたら、リョウがますますうんざりするし」

「あの、全部を買ってはいけないんですか?」

「全部欲しいの?」

 アリシアーナは真剣な顔でうなずく。

「お金があるのなら、買ってもいいけど……」

「お金ならあります」

 そういってアリシアーナはカードを取り出そうとした。だがジュリアはとっさにその手を押さえる。

「こんなところで出したらだめよ。誰が見ているかわからないし、盗まれたり襲われたりするわ。まずは向こうに行きましょう」

悪意に満ちた気配がますます近づいてくるのを感じていたジュリアは急いでその場から離れようとした。アリシアーナが何に目を留めたのか知りたくてショーウィンドウをのぞいていた間に、彼らは身近にまで迫っていた。大きなミスだ。しかも彼らは帝国軍の制服を着た兵士だ。こんなところで彼らに捕まって、アリシアーナの正体が万が一ばれたら、とんでもないことになる。

 だがその場を離れようとしたジュリアの前に酒臭い兵士の一人が立ちはだかる。

 逃げ遅れた!

 ジュリアは焦りながらも、表面上は何事もないかのように、アリシアーナを背にかばい顔をぐいっと上げた。

「申し訳ありませんが、そこを退いていただけませんか?」

 下手に出たつもりだが、その口調からは反感がにじみ出ている。

「そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないか、お嬢さん。俺たちは帝国軍人なんだ。いい思いをさせてやれるぜ」

 ジュリアがその男の相手をしている間に、もう一人の男がアリシアーナに手を伸ばそうとしていた。ジュリアはそれがわかってはいたものの、目の前の男から、目をそらすわけにはいかなかった。

 次の瞬間、甲高い音が響いた。アリシアーナが自分に延びてきた手を叩いたのだ。王女としてのプライドが、彼らに触れられるということを良しとしなかったのだ。毅然としたその顔に、おとなしく素直な女性だという印象を持っていたリョウは驚いた。彼女は明らかに王女としての威厳を全身からあふれだしていた。

 しかし今は時期が悪い。ここで彼女がアルシオールの王女だと知られれば、なぜここにいたのか帝国とシドラスの政府に追及されることになるし、その結果自分たちの身元も明らかにされてしまう。そうなればアルシオールが帝国側に属していながらも、密かに反帝国勢力であるフリーダムに援助しているということがわかってしまうだろう。


「あなたたちはそれでもヴァルラート帝国の兵士ですか! 帝国の兵士はいつからそのような無法者のような態度をとることになったのです」

 きつい口調での叱責に一瞬、兵士たちが唖然とする。

 リョウたちはその隙に兵士たちとジュリアたちの間に割って入った。

「貴様は何だっ!」

 兵士たちがはっと我に返る。

「彼女たちはわたしたちの連れです。何か失礼なことをしたのなら謝りますから、どうかこれで機嫌を直していただけませんか?」

 リョウはそういって数枚の札を後ろのポケットから取り出すと、そっとリーダーとみられる男に握らせた。その行為にエディが目を丸くした。驚いたのは彼だけではない。ジュリアもアリシアーナも呆然としている。ジュリアに至ってはリョウがよもやそんな真似をするとは信じられなかった。

「こんなはした金で俺たちが満足すると思うのか?」

「ですが、彼女たちは素人ですよ。とてもあなた方を満足させることはことはできません。ですからどうかここは一つ……」

 リョウは突然胸ぐらを捕まれ、ぐいっと引き寄せられる。リョウは視線をエディに走らせ、そして次に彼の肩越しの何かに向ける。エディは振り返った。リョウが知らせようとしたのは、シドラスの警備兵の存在だ。その姿を見た瞬間、エディはリョウの目的を理解する。

 と、そのとき、ガラスの割れる音とともにジュリアとアリシアーナの悲鳴が上がった。


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