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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム21

 ブリッジのドアが開いた。

 真っ先に飛び込んできたのは、正面スクリーンの映像だ。

「遅いぞ、リョウ」

 ブリッジの中でも一段高い場所にある艦長席からニコラスが振り返った。次の瞬間、顔色が変わる。

「アリシアーナ様を連れてきたのか?」

 その口調には非難が混じっていた。

「彼女は、敬称付きでは呼ばれたくないそうだ」

「なに?」

「俺はアリシアーナと呼んでいる」

「おまえ……礼儀知らずにもほどがあるぞ」

「そんなことはありません。わたしがお願いしたのです。ですから是非あなたもアリシアーナと呼んでください」

 ニコラスはもう一度、アリシアーナを見下ろすと、あきらめたかのようにため息をついた。

「あなたがそう望むのでしたら」

 その答えに、アリシアーナはにっこり笑う。


「こんなところで彼女を守りきれるのか?」

「戦闘になればどこにいても変わらない。一発食らえば、艦は爆沈する。それにここにいた方が少しは安全だろう。戦闘時の混乱で彼女が怪我をすることはない」

 アリシアーナを予備の席に座らせたリョウはニコラスの横に立った。

「それより敵艦は、あれか?」

「そうだ」

「攻撃はまだ受けていないのか?」

 ニコラスはうなずいた。

 リョウは改めてスクリーンを見つめる。

「戦闘艦一隻か……」

「今のところはな――エディ、重力場の変化に十分注意しろよ」

 エディが真剣な声で復唱する。

「こちらがワープフィールドを開放した直後に向こうが現れたんだ」

「ずいぶん傷ついているな」

 リョウは帝国の戦闘艦が敗走してきたのではないかと予測した。

「おそらく何の行動もとっていないところを見ると、レーダーの損傷でこちらに気づいていないか、それとも攻撃能力がないかだと思う」

 それがニコラスの見解だったが、リョウはもう一つの可能性を指摘した。

「俺たちを誤認している可能性もある」

「誤認?」

「そうだ。俺たちを追撃してきた艦だと考えているんだ。あれは損傷がひどくて脱落した艦なんだろう。彼らは俺たちが偶然居合わせたことは知らない。むしろ追いかけてきたのではないかという不安の方が大きいはずだ。俺たちの後ろには大軍がいるのではないかと……もしそうなら、彼らは抵抗せずに降伏を選ぼうとしているのだろう。その方が助かるからな」

「だが、俺たちの後ろにはそんな艦隊はないぞ」

「れがばれたら、連中はこちらを攻撃してくるだろう。後はおまえの判断次第だ」

「俺の判断?」

 ニコラスは思いもよらないと言う顔でリョウを見た。

「おまえがこの艦の指揮官だろう。選択肢は二つある。連中が気づく前にワープフィールドを展開して逃げるか……」

「だがこの距離でワープフィールドを展開すれば、敵の攻撃を受けたとき、この艦は無防備だ」

 リョウはうなずいた。しかもすぐにワープはできない。フリーダムはワープした直後なのだ。ワープエンジンを冷却する必要がある。ワープを連続して行うことは不可能に近い。

「もう一つの方法は?」

「攻撃をかけることだ」

「先制攻撃か……」

「そうだ。そして撃沈する」

「わかった」

 ニコラスの顔から不安が消える。

「艦長、戦闘艦より主砲が発射されました。着弾まで……」

「ルーク、回避だ」

 とっさに叫んだのはリョウだ。スクリーンが一瞬白い光に満たされ、艦の体勢が大きく傾き、リョウはニコラスの椅子に捕まって転倒をを防ぐ。

「ニコラス、反撃しろ」

 リョウが彼の耳元でささやく。ニコラスははっと我に返って、

「敵戦闘艦に、斉射三連!」

 主砲管制から復唱が返ると同時に、彼らは主砲の反動を受ける。主砲から発射された青い光弾が大きく延びて、よけようとした戦闘艦のエンジン部分を貫く。戦闘艦は二つに折れて爆発した。


「危なかったな」

 リョウの言葉にニコラスもうなずいた。

「ワープフィールドの開放直後で、すぐに対処できなかったのは、俺たちの欠点だな。もう少し早く判断できていたら、冷や汗をかかずにすんだのに」

 ニコラスは横に立つリョウを見上げて、

「おまえがいてくれて助かったよ」

 と笑う。

「気にするな。俺たちは仲間だろう」

 リョウをしばらく見つめていたニコラスが背もたれに体を預けた。そこにアリシアーナがやってきた。

「みなさん、お見事でしたわ」

 ニコラスはあわてて、体を起こした。

「ありがとうございます。アリシアーナ様……ではなくアリシアーナ」

 あわてて訂正するニコラスにアリシアーナが満足そうにほほえんだ。

「怖くなかったですか?」

 ほっとしたニコラスの問いかけに、アリシアーナはリョウを見つめた。

「彼がいてくれましたから、不安はありませんでした」

 彼女の意志のこもった言葉と向けられる視線の強さに、リョウは戸惑いを覚え、そして困惑する。しかもおやっと言う表情を浮かべからかうような光を目に浮かべているニコラスに気づくと、困惑はいっそう大きくなる。一方のアリシアーナは二人の思いになど全く気づかず、リョウに全幅の信頼を寄せている態度をあからさまにしていた。


 そんな彼らを密かに見つつも、ブリッジの担当士官たちはそれぞれの任務をこなしていった。

「戦闘による破損は軽微。航行に支障はありません」

「ワープエンジン再始動、可能です」

 次々と報告を受けるニコラスとリョウ。

「君は席に着いていた方がいい」

「はい」

 アリシアーナは素直に席に戻る。

「ずいぶんと慕われているな。完全におまえの言うままじゃないか。で、おまえもまんざらじゃないんだろう?」

 からかうニコラスの言葉にリョウは眉をひそめる。

「馬鹿なことを言うな。俺は何とも思ってはいないよ。彼女は大切なゲストなんだろう? 俺は彼女の機嫌を損ねないようにするだけさ」

 ニコラスはリョウを見上げて、

「そうだな。悪かったよ」

「気にしていない。それよりジュリアは大丈夫かな?」

 ニコラスの表情が曇ったときだった。

「医務室から通信です」

 エディが報告すると同時にスクリーンの一画に手術着姿のジュリアが現れる。

「手術は無事に終わったようだな」

 リョウが彼女の表情からそう推測する。

「ええ、おかげさまでね。それにしてもかなり艦に無理をさせたんじゃないの。手術室も医務室もとんでもないことになったわ。しかも次々と兵士たちがかつぎ込まれてくるのよ。わたしはこれからしばらく休めないじゃない」

 ジュリアの剣幕にリョウとニコラスが首をすくめた。

「特にリョウ、兵士たちが少し軟弱だわ。少しぐらい艦が傾いたからと言って、打撲ならまだしも骨折して運ばれてくるのよ」

 そう苦情を言いたてているジュリアだが、彼女は本気で怒っているのではないことはわかっていた。ジュリアはそうすることで、息抜きをしているのだ。

 ジュリアの剣幕にエディたちはあわてて、リョウたちを見たものの、二人がいつもよりもリラックスしているのを見て、くすりと笑いながら、自分たちの仕事に戻る。

「あの……ジュリアとは仲が悪いんですか?」

 来たばかりで事情を知らないアリシアーナが側にいたエディに思わず尋ねる。エディはちらりとアリシアーナを見やってから、改めて艦長席を見る。

「そんなことはないでしょう。あの三人は昔から知り合いと聞いていますから……」

 エディはそれだけ言うと、再び作業に戻る。一人取り残された感じのアリシアーナはもう一度リョウを見つめると、ブリッジの様子に目をやった。

「おまえの言いたいことはわかった。後で訓練内容を考えるよ。だからそう怒るなよ。この埋め合わせは、ニコラスにワインを持っていかせるからさ」

「おい、俺が彼女に持っていくのか?」

「何か不満か? かまわないだろう?」

「確かにかまわないが……」

「少しゆっくりするといい」

 ニコラスは少しばかり目を見開いた。

「おまえがそういう心遣いをするとはね……」

「おかしいか?」

「おかしくはないが……おまえ、本当に彼女には興味がないのか?」

 ニコラスはそう言って、アリシアーナに視線を向けた。アリシアーナは士官の一人からコーヒーを受け取っているところだ。

「くどいぞ」

「そうか……」

 ニコラスは自分を納得させるようにつぶやくと、アリシアーナにコーヒーを持ってきた士官に自分の分を頼む。

 コーヒーを受け取ったニコラスは、ワープエンジンの始動を命じた。

「このドラール星域の状況を偵察しつつ、俺たちは第三恒星系の惑星シドラスに向かう。シドラスでは補給だけではなく地上での休暇を予定している」

 その瞬間、ブリッジに歓声が上がった。


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