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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム19

「グレイハウンドの連絡艇の収容を完了しました。搭乗員二名、格納庫前室に移動中です」

 エディが監視カメラから送られてくる映像を確認して艦長席のニコラスに報告する。

「リョウは待機しているのか?」

「五分前からすでに前室にいます」

「それにしても艦長……いや、リョウも大変だな。お姫様のお守りとはねぇ、彼のような男がする仕事ではないと思うんだが……」

 そうぼやいたのは、航海士のルークだった。何気ない言葉だが、ニコラスは思わずその言葉に反応せずにはいられなかった。

「ルーク、アリシアーナ王女は我々の大切なゲストだ。それを忘れるな」

 ルークは一瞬、ニコラスを見据えると、肩をすくめながら正面に向き直った。

「エディ、そのまま二人をモニターしていてくれ」

 エディが答えると同時に、ニコラスは艦長席のシートに体を沈めた。



 宇宙を行き来する連絡艇の側面のハッチに、フリーダムの格納庫前室からチューブのような連絡橋が接続されている。

 前室では格納庫のスタッフが接続状態の最終確認をしていた。コントロールパネルを操作していた一人が、リョウとジュリアを振り返り、すべての手順が終了したことを告げる。連絡橋と格納庫前室を隔てているドアの上部のランプが赤から青に変わり、ドアが開いた。連絡橋の内部の空気がリョウたちに向かってくる。

「相変わらずすごい風ね」

 ジュリアがとっさに髪を押さえた。

「仕方がない。これも安全のためだからな」

 とリョウ。

 二人の前にリチャードとグレイハウンドの制服の上にフリーダムのジャケットを羽織っているアリシアーナが現れた。

 リチャードが不機嫌そうな顔をしているのは、アリシアーナの行動に完全に賛成できていないからだろう。ジュリアは彼アリシアーナに視線を転じた。

 少しはにかみながら、リョウを見上げるアリシアーナの瞳は、彼しか目に入っていないようだ。ジュリアは思わずほほえんだ。

「なにがおかしい?」

 リチャードが彼女にだけ聞こえる声で言った。笑みを引っ込めたジュリアは、不機嫌な彼の瞳の奥にあるものに気づいた。

「よけいな心配はしないことよ」

 ジュリアはそうささやき返すと、アリシアーナの相手をしているリョウを見やった。

「あなたの大切な姫君は、わたしたちにとっても大切なゲストなのよ」

「そんなことを心配しているんじゃない」

 思わずリチャードが本音を漏らす。次の瞬間、彼の顔にしまったという表情が浮かんだ。ジュリアはあえてそれを見ない振りをして、

「彼女がリョウの特別な存在になるとはとても思えないわ」

「姫は王位継承権を持っているんだぞ。姫の心を手に入れれば、アルシオール王国を手に入れたも同然になる。陛下はアリシアーナ様にはとても弱い。ましてやあの男は、イクスファの英雄と言われたこともある」

「だからどうだというの? リョウにとってそんな肩書きは意味がないわ。それに王位継承権を持っているからと言って、そのことに惑わされたりしないわ。リョウにとって大切なのは、彼女がどういう人物かということよ。この艦で暮らす以上、わたしたちは彼女をアルシオール王国の王位継承者として扱うつもりはないわ」

 ジュリアはリチャードの強い視線を真正面から受け止めた。しばしの睨み合いの末、リチャードが口元をかすかにほころばせた。

「まあ、いい。それが姫の願いでもあるのだからな。だが……」

「リチャード?」

 と心配げなアリシアーナの声にリチャードは言葉を飲み込み、振り返った。

「なにを話していたの? 深刻なこと?」

「いえ、大した話ではありません。この艦での姫の生活のことを尋ねていただけです」

 リチャードの最大級の優しい笑顔を横目に、ジュリアが顔を上げると、リョウが視線で問いかけていた。

 何でもないわ。と唇を動かす。それだけで彼には十分だ。かすかにうなずいたリョウはリチャードに近づいた。

「ジュリアの説明で納得したか?」

 アリシアーナがジュリアに話しかけるのを見届けたリチャードは、再び表情を冷たいものに変えた。

「納得してはいない。だがこれがアリシアーナ様の望みなのなら、おれはそれをかなえるだけだ。いいか、万が一姫に怪我でもさせたら、貴様をこの手で殺してやる」

 アリシアーナに聞こえないように小さく押し殺した声には本物の殺気がこもっている。実際には殺せないだろうが、それでもリチャードの強い決意を感じる。だがもう一方の当事者であるリョウは穏やかに、その気配を受け流していた。その態度がリチャードの神経に障るのだろう。ただでさえ、リチャードはアリシアーナに特別な思いを抱いているのだ。そしてアリシアーナはリョウに惹かれている。ジュリアは短くため息をついた。人の感情ほどやっかいなものはない。

「心配するなとはいえない。だが俺にできうる限りの安全は保障する。ただしこの艦が戦闘艦であることは紛れもない事実だ。彼女だけ助かることはできない。それはそちらも十分承知だろう」

 アリシアーナの安全が問題ならば彼女はここに連れてくるべきではなかったのだといっているも同然だった。それが正論であるが故に、リチャードは反論できず、彼を長々と睨みつける。


 二人の間の緊張した雰囲気にアリシアーナが気づいた。それと同時にジュリアの携帯端末が鳴った。リチャードはリョウから視線をはずし、アリシアーナに向き直る。リョウは後ろに下がって、心配性の兄のように、アリシアーナに語りかけているリチャードを見、それからジュリアに視線を移した。彼女の顔は深刻そうで、彼女の管轄でトラブルが発生したことを伺わせる。

「何かあればすぐに連絡をください。どんな些細なことでもです。すぐに駆けつけます」

 リョウはそういっているリチャードの顔が、自分と向き合っているときとはまるで別人なのに気づき、思わずほほえんだ。彼にとつてアリシアーナの存在がどれほど重要なのか悟った瞬間だった。

 だがアリシアーナはそんなリチャードの思いに全く気づいていない。

「大丈夫よ。あの方がついているから。リチャードは心配しないで」

 そういわれた彼は寂しく笑うほかはないようだった。再びリョウに対抗意識をむき出しにすることもできないと思ったのだろう。彼は名残惜しげにアリシアーナに別れを告げると、連絡艇に戻っていった。そのときちょうどジュリアの通信が終わった。

「大丈夫か?」

「ええ、と言いたいけど、そうは言えないわね。この艦には医者がわたしとクールドしかいないのは知っているでしょう」

「彼に何かあったのか?」

「詳しいことはわたしが診察してみないとわからないけど、どうもあの様子では緊急に手術することになりそうだわ」

「大変だな」

「確かにね。でも手術自体の大変さよりも、その後のことよ。この艦の医者はわたしだけになってしまうのよ。ただでさえ過労続きなのに、ますます大変になるわ。わたしは機械じゃないんだから」

「アルシオールには人員の補給を頼んでいるんだろう?」

 リョウはアリシアーナを意識して耳打ちをするかのようにささやき尋ねた。

 かすかにうなずいて、肯定するジュリアだが、

「そのたびに断られているわ。これ以上、こちらに回せる余剰人員はないって」

「あの……」

 小声で話している二人にアリシアーナは遠慮がちに声をかける。

「リチャードに直接、人員の補充を申し出てはどうですか? 彼ならすぐに対処してくれるはずです」

 ジュリアとリョウは顔を見合わせると、

「すでになんども彼には頼んでいるのよ」

 アリシアーナの顔が恥ずかしさに赤くなり、そしてうつむいた。

「君たちの方には君の知らない事情がいろいろあるのだろう」

「でも……わたしたちは志を同じくしているもの同士なのに……」

 その言葉にリョウとジュリアは視線を交わす。アリシアーナの現状認識は思いこみというフィルターを通しているようだ。

 アリシアーナは戸惑っていた。二度目の呼び出しを受けたジュリアはそんな彼女をリョウに託し、急ぎ医務室に戻っていく。

「部屋に案内しますよ。アリシアーナ様」

 アリシアーナははっと我に返って、自分のスーツケースを持ち上げて歩きだしたリョウの後ろについていく。


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