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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム17

「アリシアーナ王女の護衛は、リョウ・ハヤセに決まったと先ほどフリーダムから連絡がありました」

 イーダは書類を受け取りながら、フラーに報告する。

「何か手を回したんですか?」

 フラーはサインをしていた手を止めて、顔を上げた。

「回すつもりではいたが、向こうの方がこちらの思惑通りに動いてくれたんだ。おかげで助かったよ」

 イーダが冷ややかに顔を見返した。

「いったいどういうつもりなんです?」

「どういうつもりも、こういうつもりもないよ。リョウがどういう反応をするのか見てみたいのでね」

「それは王女にあえて惹かれるようにし向けたいということですか?」

「護衛となれば二十四時間、側にいることになるからな。しかも王女は美しい。無邪気で心優しい」

「確かに男の保護したいという本能を刺激する存在ですわね。しかも四六時中側にいて、彼女の存在を気にしているのなら、心が動くでしょうね」

 イーダの口調はどこかとげとげしい。

「もしリョウが王女に心惹かれたりしたら、大変なことになるのではありませんか。三角関係……いえ、四角関係ですよ」

「そうだね。まるで我が艦隊の女性陣たちがよく見る3チャンネルのロマンス番組のようなことになるかな。ロマンスとどろどろとした人間関係のドラマだよ」

「見たことあるんですか?」

 イーダは驚いた顔で聞き返す。

「もちろんだよ。ずいぶん人気だそうだからね。確かにはまるとしばらくは抜けることのできない番組だよ、あれは……」

 フラーは笑った。

「きみはどのシリーズが好きなんだ?」

「わたしは見ていません」

「見ていない?」

 フラーは信じられないと言うようにイーダを見る。

「現実はあんなに甘いものではありません。所詮はお話の世界です。めでたしめでたしで終わることはないんです。それより将軍、わたしにはあなたが王女とリョウ・ハヤセを故意にくっつけようとしているように見えるんですが? いったい目的は何ですか?」

 フラーは意地の悪い笑みを浮かべると、

「わたしはリチャードが嫌いなんだよ。理由はそれで十分ではないかな?」

「そういう理由で、他人の人生にちょっかいを出そうと言うのですか?」

「別にかまわないだろう。何も王女の恋路の邪魔をしようとしているわけじゃない。むしろわたしは手助けをしようとしているだけだよ。リチャードが側にいたら、恋どころじゃないからね」

 イーダがどうしようもないとため息をつく。

「そうだ。この件では乗組員たちの間で賭が始まっているそうだな」

「ええ。それも悩みの種です。彼らはリチャードに見つからないようにこっそりと行っているようですけど……わたしたちも取り締まらないといけません。他人の人生を賭にするなんて!」

 フラーは軽く頭を振った。

「イーダ、君は少しまじめすぎるよ。彼らの数少ない楽しみなんだから、大目に見たまえ。それで任務に支障が出たときは厳重に処罰すればいいのだからな」

「わたし個人としては納得したくありませんが、了解しました」

「賭は嫌いか?」

 イーダは大きくうなずいた。

「そうか……ところで賭の状況はどうなっている?」

「リョウと王女が恋人同士になるというのが8割です。残りの2割は王女は振られるというものです」

「部下たちはほとんどリョウのことは知らないからな。当然の結果だろう」

 フラーはそういうと、引き出しの中から滅多に開かない財布をとりだした。中から何枚か紙幣を抜く。

「これを賭の胴元のところに持っていってくれ。わたしの名前は伏せて、だ」

「下級兵士の半月分の給料じゃありませんか。いったいどちらにかけるんですか?」

「もちろん、王女が振られる方だよ」

「えっ?」


 イーダは心底驚いた顔で振り返った。

「二人を結びつけたかったのではありませんか?」

「間違えてはいけない、イーダ。わたしは王女に機会をやっただけだ。だが彼女ではリョウの心を動かすことはできない」

 イーダはフラーの右手が左手の薬指にはめられている古ぼけた金の指輪に触れているのに気づいた。何の飾りもないそれは、彼の収入から見ても不釣り合いなほど安いものだ。だがフラーがその指輪をはずしたことは一度もない。そしてその指輪以外の指輪を見たこともなかった。

「十代から二十代の頃、わたしは少々ねじ曲がっていてね。勘当同然の身だった」

 初めて聞く上官の過去だった。

「古株の人間なら、皆知っているよ。ただ彼らは何も言わないだけだ。わたしは自分で言うのもなんだが、女性にもててそれで食っていたときもあった。だが心はいつも満たされなかった。そんなときだ。わたしは妻に会ったんだ。一目見て彼女が自分と同類だと悟った。だが彼女は自堕落なわたしとは違っていたんだ。身分も金も何もかも俺の方が上だったのに、わたしは彼女に負けていることを知った。彼女のほうがより高潔な魂の持ち主で、前向きに生きていた。わたしはそんな彼女に惹かれたんだ。彼女を手に入れたいと思った。自分を受け入れてもらいたいと。だがそのためには彼女にふさわしい人間になる必要がある。わたしが変わったのはそれからだよ。そういう存在を何というか君も知っているだろう?」

「運命の女……」

 イーダは遠くを見つめてつぶやいた。その相手が男なら『運命の男』となる。彼女にもそういう存在があった。今はもう亡くしてしまったが……

「王女ではリョウの『運命の女』にはなれないと?」

「リョウは紳士だ。ハンサムだし、才能もある。だがあの男の心の奥には、闇が存在している。あの男が気づいているかどうかはわからないがな。だからこそ彼女の心が動いたのだ、とわたしは思う。もし下手に王女が彼のその部分に触れようものなら、多くの人たちによって外の風にさらされないように守られていた王女は心を押しつぶされてしまうだろうな」

 フラーはイーダに紅茶を頼んだ。イーダは預かった紙幣をポケットにしまうと、手早く用意する。


「相変わらず淹れ方がうまいな」

「奥様の方が上手だったんでは?」

 イーダはまんざらでもない様子で聞き返す。

「あれは紅茶だけは下手だったよ。今思えば色つきのお湯のようだったな」

 そういいながらもその顔は優しい。

「だがあの当時は、それでもうまく感じたものさ」

 紅茶を存分に味わいつつフラーはリョウのことについて言及する。

「わたしが根回しをしてもいないのに、リョウが王女の護衛をすることになったか、その理由を君は推察できるか?」

「それは彼の戦闘能力が高いからではありませんか?」

「確かにそれもその一つだろう。だが本当のところはフリーダムのリーダー、ニコラスとか言ったな。彼がリョウを煙たがったためだとわたしは見ているよ」

「ですが、その人物とリョウとはとても親しい友人だと資料にありましたが?」

「わたしもそれは読んだ。だからよけいにそう思うんだ。親しい友人だからこそ、あからさまに彼を排除することは彼にはできなかった。わたしから見ると、ニコラスも指導者としてはまだまだ未熟だ」

「確かにわたしたちは邪魔者はたとえ自分の親兄弟でも排除しますね」

 フラーはうなずいた。

「リョウは『イクスファの英雄』でもあるしな。その名声はそれなりに役に立つ。実際今回の件ではその能力は未だ衰えていないところを見せつけた。フリーダムの兵士たちの中には、アルシオールに対していい感情を持っていない者も多い。だからニコラスはよけいにリョウの処遇に頭を悩ましているのだろう」

「いわゆる男の嫉妬ですね」

「リョウはあまりにもできすぎた男だからな」

「才能がありすぎると?」

 フラーはうなずいた。

「だったらどうして、彼はリーダーにならないんですか? そうすればフリーダムはもっと活躍できるのではありませんか?」

 なぜかフラーの顔に皮肉っぽい笑みが浮かんだ。

「ニコラスよりはましな活躍をするだろう。だがリョウはリーダーになってもその才能を十分に発揮することはできないだろう」

「リョウはリーダーには不適格だと?」

「彼は自分のためには戦えない男だ。リーダーとなって、他の勢力と渡り合うには政治力や権謀術数が不可欠だ。だが彼はそれを自分のために使うことにためらいを覚えるだろう」

「でもリョウは仲間のために戦っているのでしょう? だとしたらそういうこともちゃんとできるのではありませんか?」

 紅茶を飲み干したフラーはにやりとした顔でイーダを見上げて、

「君は読み忘れたのか? リョウは仲間を助けるために自ら囮となって帝国軍に捕まったんだぞ。仲間のために命を捨てることの出来る者はリーダーには向かない。あれは参謀でいる方がその才能を十分はに発揮できる男だ。ただしそれもなかなか難しいがな」


「どうしてです?」

「ニコラスのこの処遇を見ればわかるではないか。リョウは出来すぎる男なんだ。彼の上官になる者はよほど肝が据わっていないと彼を使いこなすことができない。男という者は女以上に才能ある者に嫉妬するものだ。ましてやそれが親しい友人となればよけいな」

 イーダはからになったフラーのカップを下げながら、

「ではその才能がありすぎる参謀タイプの男をあなたは使いこなす自信はございますの?」

「もちろんだとも。わたしとしてもああいう男はのどから手がでるほど欲しい」

 フラーは大まじめな顔で答えたものの、

「だがあの性格では、そう簡単にわたしになびきはしないだろう。何とも残念なことだ」


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