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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム15

「そんなに彼らの活躍が気に入りませんか?」

 いまやアルシオール軍の中核をなす地位にまで上り詰めたフラーは、旗艦グレイハウンドの執務室で、紅茶のはいったカップを手にモニターに映し出されているリチャードを見た。画面の中のリチャードの後ろには貴族趣味のインテリアが映っていた。彼はアルシオールの貴族の中でも由緒正しい家柄の出身だ。現国王ラキスファン一世よりもその出自ははっきりしている。王位を得る可能性もある家柄なのだ。とはいえ、リチャード自身は庶子で、そのためにその家を継ぐことはできない。彼自身がその家の当主となる異母弟たちよりも優秀だからこそ、その思いは複雑なのだろう。

 それゆえよけいに、彼の作戦計画に従わず、勝手に計画を変更したフリーダムのことが許せないのだ。彼らはこちらの真の目的を知っていたかのように、その目的の遂行を支援すべく、警戒衛星を破壊した。彼の計画では、帝国軍の警戒衛星の破壊はアルシオールが建造する宇宙要塞の存在を隠蔽するためだった。エルーシア星域の帝国軍の目をフリーダムが引きつければそれで十分だった。リチャードがフリーダムに与えた指示もそうなっていた。だが彼らはその計画を自分なりにアレンジして、帝国軍の目を引きつけるだけではなく、重要拠点となっていた警戒衛星を破壊することによってこの星域の防衛ネットワークまでも破壊したのだ。

 帝国にとっては全く予想していない攻撃に警戒衛星の情報によって出動していたエルーシアの防衛艦隊は振り回される結果になり、連絡のミスなども重なり、防衛ネットワークが完全に復旧するまでにひと月もの時間がかかったのだ。その間、この星域は反帝国運動をしている者たちは、自由に行き来し、また物資を帝国の施設から強制的に徴用するのも容易だった。

「フリーダムのこの警戒衛星破壊のおかげで一息つけた反帝国運動組織もあったようですな」

 フラーは紅茶をすすりながら、苦虫をかみつぶした顔のリチャードに気づかない様子で続けた。

「まったく見事な計画だ。その上彼らの損失は少ない」

「わたしが実行するように命じた作戦はああではない! フラー将軍、彼らはわたしの意志に反したんだ。何らかの処罰を与えるべきだ」

 怒りを抑えきれないリチャードを、フラーは冷たく見返した。その視線の鋭さに、モニターの中のリチャードが一瞬体を強張らせる。

「いったい、いつから彼らはアルシオール軍の一員になったんですかね、リチャード卿? 彼らは独立した存在でしょう? 彼らを密かに利用した方がいいと言ったのはあなただったはずだ。我々は彼らに必要最低限の物資を援助する。そのかわり彼らは我々の依頼を遂行する。ただそれだけの関係でしょう。今回の作戦における我々の目的は帝国には知られずに極秘に攻撃の足場となる要塞を作ることだった。彼らがあちこち飛び回って警戒衛星を攻撃してくれたおかげで、こちらの建造は順調すぎるくらいうまく進んだではありませんか。それなのに彼らを処罰するんですか? むしろ誉めるべきだと思いますけどね」

 フラーはそう言うと喉を潤すように紅茶を飲んだ。そんな彼の仕草にリチャードが苛立っている。

「フラー将軍! わたしの作戦計画は間違っていたと言いたいのか!」

「間違ってはいないでしょう。ですが、効率が悪いことは確かですね。一つの警戒衛星を潰したら次はその近くの警戒衛星を潰すというやり方では、間抜けな帝国軍の司令官でも次の攻撃目標を予測できるでしょう。欺瞞活動をする余地すらない計画でしたからね」

 リチャードの額に青筋が見えた。

「だったらなぜ、そのことをいわなかった」

「言わなかったですって? わたしがあなたのその計画を知ったのはあなたがフリーダムの者たちに披露したときですよ。確かに要塞建造計画を帝国の目から逸らすために、フリーダムを利用することは知っていましたがね。ああいう計画だとは思いませんでしたよ。第一あの場であなたの作戦計画の穴を指摘すれば、あなたの面子は彼らの前で潰れたでしょう。それをあなたが望んでいたとは思いませんが……」

 むしろかえって意固地になっていたでしょうね、とフラーは心の中で付け足す。どうやら図星だったらしい。フラーを睨みつけたリチャードはふと何かを思いついたらしく、口元を意地悪げに持ち上げた。

「もし、彼らが私の計画を実行していたら、あなたはどうするつもりだったのだ? 艦隊を割いて助けにいくつもりだったのかな?」

 助けにいくと応えれば、国王陛下の許しも得ずに王女アリシアーナ様を危険にさらすつもりなのか、と叱りつけ、国王に報告してフラーに恥をかかせようという魂胆なのは、簡単に見破れた。フラーはそんな挑発には乗らず、にっこりと笑って

「なぜ助ける必要があるんです? 彼らが生きようが全滅しようが、わたしの艦隊には何の影響もありませんよ。彼らのためにわたしの艦隊を危険にさらす気はまったくありませんね。わたしにとって大切なのはこの艦隊と部下たちだけです」

 きっぱりと言い切るフラーに反撃は無駄だと悟ったリチャードはぶつりと通信を切った。


「それにしても礼儀を知らない男だな」

 フラーは手元のスイッチを切ってモニターの電源を落とした。また通信があればすぐに映像は映し出される状態だ。

 人の気配にフラーは顔を上げる。目の前には書類の束を持った女性が立っている。フラーの目が書類に止まり、次に女性の顔に止まった。穏やかにほほえんでいる彼女は、三十代前半で、フラーの副官だ。銃の腕も頭の働きもよく、フラーがもっとも信頼している部下の一人といってもいい。フラーは机に置かれた書類の束を見た。

「これは君が好きなように処分してくれてもいいんだぞ、イーダ」

「そういうわけには参りません。これは将軍の仕事です。ほかの方のように戦闘中にサインすることは出来ないんですから、できるうちに目を通しておいてください」

 きっぱりとした口調で言い渡したイーダは、ちらりとフラーのカップに目を向ける。

「リチャード卿との話し合いの間に冷めてしまったようですね。入れ替えてきましょう」

 イーダは机の周りの紅茶セットを手早くまとめると、専用のキッチンでお湯を沸かし、再びトレイに載せて姿を現した。ポットからカップに赤い紅茶が注がれ、香りが周りに満ちていく。

「リチャード卿はなんと言ってきたんですか?」

「愚痴だ。自分の作戦が役に立たないことにようやく気づいたというわけさ。そうは言っても、本人は自分の面子を潰されたと思っているがな」

「あの方は軍隊を指揮しようとは考えない方がいいですね。あの方にできるのはせいぜい子供のお守りか、密かに人を殺すことでしょう」

 冷ややかな口調に、

「もっとも後者は成功した試しがないがな」

 とフラーも応じた。


 フラーの前に置かれた書類の束が半分ほど片づいた頃だった。インターフォンがなったと同時にモニターに、アリシアーナの姿が映った。

「姫様?」

 フラーは書類の束を机の引き出しに放り込んだ。その引き出しは一度ロックすると、フラー本人にしか開けることができない。無理にこじ開けようとすれば、中のものが腐食性の液体によって修復不可能なまでに破壊する仕組みになっていた。ロックがしっかりかかったことを確認したフラーは改めてモニターを見る。映像は執務室入り口のものだ。アリシアーナが侍女も連れずに彼を訪れたのだ。それは非常に珍しい。フラーは時計を見た。帝国標準時ではちょうど23時になる。艦隊の乗組員たちは三交代制で二十四時間、休むことはないが、戦闘とはまったく関係のないアリシアーナの側近たちはとっくに眠っている時間だ。もちろんアリシアーナもだ。彼女が休まなければ侍女たちも休むことはできない。

 フラーはドアを開けて、アリシアーナを招き入れた。

「いったいどうしたのですか? こんな時間に?」

 アリシアーナはフラーの驚いた様子に一瞬、たじろいだものの、すぐに顔を上げて、

「フラー将軍にお願いがあるのです」

「わたしにですか?」

 アリシアーナはうなずいた。

「リチャードに話したら絶対にだめだというに決まっています。だからまずフラー将軍にお願いしたいのです」

 アリシアーナはそういうと言葉を切って、改めて息を整えて

「しばらくの間、わたしはこの艦ではなくフリーダムで彼らとともに暮らしてみたいのです。彼らが何を考えているか、どんな思いでいるのか、このわたし自身で感じ取りたいのです」


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