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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム14

 診察室はジュリアにとって一番自分らしくいられる場所だった。ひょんなきっかけで、ヨハン・シュルツ解放戦線の一員となり、医師として惑星クレナシーの貧しい患者を診ながら、反帝国運動をしてきた。そのことに後悔はしていないし、リョウの救出作戦の一環で、クレナシーを離れることになったのも後悔していない。

 しかし患者を前にしている自分が一番自分らしいと感じるのだ。今も一人、若い青年が口を開けていた。

 ジュリアは青年に服をまくらせると、手にしている小型診断装置を体に当てる。表示されたデータを丹念に読み取ったあと、

「ストレスによる胃腸不良よ」

 電子カルテに書き込みながら、改めて青年を見る。

「戦闘は今回が初めてなの?」

 青年はうなずいた。

「今までは訓練生扱いだったんです。だからこんな本格的な戦闘は初めてです。いきなり大がかりな作戦に参加するなんて思ってもいませんでした」

「ストレスはそのせいね。絶対大丈夫よ、ということはできないけど。リョウは無茶な作戦を立てたりはしないわ。だから落ち着いて彼の指示に従えば安心よ。一応薬は出しておくわ。エイミから受け取ってちょうだい」

 ジュリアは青年にそういうと次の患者を呼んだ。

「あら」

 ジュリアは入ってきた人物を見て、思わず声を上げた。

「いったい、どうしたの、ニコラス? 診察時間には滅多に姿を現さないのに……」

 ジュリアはそういいながら、ニコラスの顔を診た。特に病気をしているという様子ではない。だが疲れているようだ。

 ジュリアは私室に彼を誘う。


「珍しいな」

 ニコラスは傍らの椅子に腰を下ろす。ジュリアは誰よりも親しいニコラスであっても、滅多に私室に招き入れることはしなかった。特に彼がこの艦の指揮を執るようになってからはなおさら注意しているのだ。この艦の誰もが、ニコラスとジュリアをパートナーだと見ている。だからこその配慮でもあった。

「診察室よりもこっちの方が今のあなたにはいいと思ったから」

 ジュリアはマグカップにたっぷりとコーヒーを注いだ。ほろ苦い香りが狭い部屋に満ちる。

「これはあなたのためにとっておいたの」

 わざわざそう断って、ニコラスの前に差し出す。リョウのためにジュリアが大切にとっていたコーヒーは酸味が強かったが、これは苦みが勝っている。

「俺の分も大切にとっていたというわけか……」

 ニコラスはうれしそうに口元をほころばせた。

「いざというときのために大切に残していたの。わたしにはリョウだけが大切な存在ではないわ。それはわかってくれていると思っていたけど」

 ジュリアは机の端に腰をちょこんと乗せた。

「それでなにがあったの?」

 コーヒーを堪能としているニコラスにジュリアはずばりと聞いた。彼は胸の奥にわだかまりを長くためておくことのできない性格なのはわかっていた。だからといって、部下たちに愚痴ることは立場上できない。以前なら、リョウに聞いてもらっていたのだろうが、今ではそれも出来ない。だから来たのだろう。ジュリアは一人納得した。そしてもう一つの理由にも思い当たった。

「リョウと何かもめたの?」

 ジュリアは心配げにニコラスの顔を診た。リョウのことだから、ニコラスの立場を考えてくれているはずだ。そうは思っても、リョウにはリョウの考えがある。特に仲間の命が関わる場合などは上司であろうと後には引かない。

「もめたと思うのか?」

 ニコラスはコーヒーに目を落としたまま逆に聞き返す。ジュリアは気を引き締めた。ここで答えを間違えると、ニコラスは自分の中に閉じこもってしまうような気がする。

「あのリョウのことだから、あからさまに言いはしないと思う。でもあなたの中には鬱屈がある。だから来たのでしょう?」

 ニコラスは顔を上げた。

「それとも私に文句を言いに来たの?」

「やはりおまえがリョウに情報を与えていたのか……だからあいつは敵情に詳しかった……」

「私はなにもしていないわ。ただ情報を入手する手段の手助けをしただけよ」

「エディに引き合わせたのがその手助けということだな」

「リョウがそういったの?」

 ニコラスは首を振った。

「あいつはそういうことに関しては口が堅い男だ。拷問されたって、情報源を漏らしたりはしない。だが少し考えれば、いくらあいつが人好きのする男だと言っても、この艦の中では反感もある。すぐには有効な人間関係を築くことは難しい。だったら手助けをした人間がいると考えるのは当然だろう。リョウと親しくて、この艦の人間の特長をよくわかっているものといったら、おまえしかいないし、エディならコンピュータについては専門家並だろう」

「それが問題なの? わたしがあなたの考えに反対したように感じているの?」

 しばらく無言の後ニコラスは顔を上げて、寂しく笑う。

「そうじゃない。おまえとリョウがおれと対決しようとしたんじゃないことはわかっている。わかってはいるんだ……」

 そういう彼の手がコーヒーの入ったカップを握りしめ、白くなっている。


「ニコラス……」

「俺はリチャードの言うとおりにすることしか頭になかった。それしかないのだと頭から思っていたんだ。この艦のために、あいつの言うとおりにするほかはないと……。だって、そうだろう? そうしなければ俺たちは援助を受けられないんだ。彼らの援助がなれれば俺たちは生きてはいけない。それなのにリョウは……あいつは俺の気も知れないで勝手なことをする」

「彼のやり方にはあなたは反対なの?」

 ジュリアはニコラスの手からそっとカップを取り上げながら、ささやくような声で尋ねる。

「反対?」

 ニコラスは皮肉のこもった声で問い返す。

「反対なんかできるか。あいつの案はベストだ。あれならリチャードの作戦よりも俺たちは消耗しない。それだけ犠牲は少ないんだ。しかもリチャードの目的も達成できるだろう」

「リチャードの目的って何だったの?」

「リョウから聞いていないのか?」

「わたしは作戦参謀じゃないのよ。彼だってそこまで話すはずはないでしょう」

「あいつらしいことだ」

 そうひとりごちたニコラスは、リチャードが立てた作戦に隠されていた本当の目的が、帝国の目を欺いて、ある小惑星を要塞化することにあったのだ、と告げる。そして帝国を欺くための活動が、リチャードがニコラスたちに命じた破壊活動なのだ。

「リョウのすごいところは、リチャードのただの目くらましの計画を、この星域の監視網を一時的に麻痺させる作戦にしてしまったところだ。警戒衛星の潰し方を変えるだけで、あの星域の監視網は崩れてしまう。それを立て直すまでの間、反帝国勢力は警戒衛星からの攻撃を心配しなくてもいい」

 ニコラスはため息をついた。

「あいつはそこまで考えていたんだ。だが俺には考えつかなかった……この艦の艦長なのにも関わらずな」

 ジュリアには彼の問題がはっきりとわかってきた。

「リョウは長いこと艦長だったのよ。それに彼は帝国軍から艦長としての訓練も受けているわ。あなたは正式な教育はされていないけど、実戦で艦長としての感覚を身につけたのよ」

「だが今回のことでわかった。俺はリョウのようにはなれない」

「なる必要なんかないわ!」

 思わず語気が強くなる。


「ジュリア……」

「あなたはあなたよ。誰だってリョウにはなれないわ。リョウと比べないで、彼は彼なんだから。だからリョウと比べて自分が艦長に向いていないと思いこむのはやめて」

「だがそれが事実だろう?」

「いいえ、違うわ。この艦の艦長はあなたよ。ヨハン・シュルツ解放戦線が壊滅して、一番苦しい時をあなたは艦長としてそしてリーダーとしてわたしたちとともにあってまとめてきたわ。あなたも立派な艦長よ。そうでなければ、わたしたちは途中で空中分解しているわ。ちゃんとこうしてまとまっているということは、あなたも立派なリーダーだということよ。だから自信を持って。この艦はあなたでないとまとまらないのよ」

 ジュリアの真剣な眼差しにニコラスの表情が和らぐ。

「そうだといいのだが……」

 その言葉とは裏腹に、ニコラスの表情は自信を取り戻していた。

「彼の計画をあなたが認めたから、リョウは実行できるのよ。いくらリョウがいい作戦を立てたとしてもそれを認めてくれる人間がいなければ何にもならないわ。それはリョウもあなたも帝国軍にいたときに十分にわかっているはずでしょう。リョウに必要なのは理解ある上司よ。あなたはその上司だわ」

 ニコラスはその言葉に顔を上げた。

 診察室に入ってきたときとは別人のように自信を取り戻したニコラスは、ジュリアにそっと口付けした。予想していなかったニコラスの愛情に思わずジュリアは頬を赤らめながら、応えていた。



「エディ、リョウに連絡。航空隊は準備が出来次第出撃。その後はリョウに任せると伝えろ」

「了解しました」

 艦長席を仰ぎ見たエディはすぐにニコラスの指示をリョウに告げた。彼の前のディスプレイに映るリョウは航空隊の戦闘服を着てヘルメットをつけていた。

「よく似合ってますよ、リョウ」

 ニコラスの言葉を告げたエディは最後に感想をささやく。

「この席に座るのは久しぶりだからな。緊張しているよ」

 コクピットの中で最終チェックを終えたリョウは思わず本音を漏らす。

「大丈夫ですよ、あなたなら」

 コクピットのスクリーンに映るエディに励まされたリョウは、ブリッジの管制担当士官の許可と同時に、戦闘機を発進させた。

 一瞬、シートに体が押しつけられる。次の瞬間、全面を覆うスクリーンは宇宙を映し出した。そして仲間の戦闘機たちが編隊を組むために彼を待っている。

 彼は自分の位置に戦闘機をつけると、

「これより我が隊は帝国の警戒衛星を破壊する。十分注意して、敵に襲いかかれ!」

 リョウの言葉が合図になって彼らは放たれた矢のように敵の要塞に向かっていった。



「我々はこれよりエルーシア星域に入る。警戒衛星から発進する無人機に十分注意せよ」

 アーサー・ランスティは旗艦シギリオンから自分の艦隊にそう警告するのを忘れなかった。シギリオン反帝国戦線の仲間は、先の戦いでかろうじて帝国軍に勝利したものの、犠牲は少なくなかった。アーサーは損傷した艦を囲む陣形をとりながら、エルーシア星域の向こうにあるテセリス星域に向かっていたのだ。テセリス星域には、彼を密かに支援している惑星国家が存在していた。そこで損傷した船を修理すると同時に、惑星国家の首脳と協議する予定になっていたのだ。彼らのことは帝国に知られるわけにはいかない。だが、テセリス星域に向かうルートは限られていた。比較的隠密行動ができるルートがエルーシア星域を抜けることなのだが、それも警戒衛星の索敵範囲をかすめるようにして向かうしかない。もし見つかった場合は、直ちに警戒衛星を破壊し、そこを速やかに離脱した上で方向を変える必要があった。警戒衛星は周辺の警戒衛星とネットワークでつながっているのだ。一カ所で異変があればそれはすぐに帝国軍の艦隊に伝わり、攻撃を受けることになってしまう。

「艦長、前方で戦闘が行われているようです」

 索敵オペレーターが報告する。

「戦闘だと?」

「はい、どうやら第1352警戒衛星に攻撃を掛けている艦隊があるようです」

「どこの艦隊かわかるのか? この星域には俺たちしかいないはずだが……どう思う、ギルバート? おまえの情報では、エレイン艦隊もスーシャル反帝国グループもここからはかなり離れたところで活動しているはずだな」

 アーサーは協力関係にあるいくつかの反帝国組織の名をあげながら隣に立つ男を見た。男はまだ若い。それに悪名高きヒューロンの収容所から命からがら脱出してきたというのに、その過酷な生活をみじんも感じさせない涼やかな目でアーサーを見返すと、肩をすくめる。

「いくら俺が情報通だからといって、すべての反帝国組織の動向を知っているわけではないよ。小さなものを入れたらいったいどれだけの反帝国組織があると思うんだい?」

「さあな。だがそういう小さい組織はたいがい口先だけだ。何しろ補給物資を得るにはスポンサーが必要だ。警戒衛星に攻撃を掛けるというのは、やはりそれなりの力がある組織のはずだ」

「それは同感だね。何なら通信を盗み聞きすればいい。何のために高い金を出してそういう装置を買ったんだい?」

「確かにそうだな」

 アーサーはすぐに情報分析担当者に指示を出す。

「おそらくあの戦闘機軍の近くに母艦があるはずだ。それを探すんだ」

 ブリッジの一番奥、部下たちを見渡せる位置にある艦長席から、ギルバートは身を乗り出して付け加えた。


 しばらくして情報分析担当の青年が二人を振り仰ぐ。

「母艦らしき艦を発見しました。艦種は帝国軍のハーレイ級です。ですが識別信号の照合をしたところ、アルシオール王国の庇護下で反帝国活動をしているフリーダムです」

「フリーダム? ……アルシオールの犬か……」

 アーサーの口調にはさげすみが込められていた。

「いったいなんて連中がそんなことをしているんだ?」

 視線を向けられたギルバートは肩をすくめてみせる。

「アルシオールがなにを考えているかわからないが、少なくても警戒無人機を気にする必要はないね」

「それはこのあたりでの話だ。先は長いんだぞ」

 アーサーが軽く睨んだ。もちろん本気ではない。

「艦長、フリーダムから通信です」

「回線を開け」

 通信担当が装置を調整すると、音声のみがブリッジに流れてきた。

「映像はどうした?」

「ありません」

「意外と恥ずかしがり屋だな」

 とアーサー。

「そうではないよ、アーサー。彼らには顔を出したくない事情があるんだ」


 ギルバートは懐かしい思いでリョウ・ハヤセの言葉を聞いた。

 シギリオン艦隊の接近を知ったリョウは、彼らにはこの星域の警戒要塞のネットワークが連携がとれないほど切断されていることを告げた。帝国がそれらを復旧するためには早くて一週間程度かかるだろう、と。リョウは自分たちがフリーダムだとは名乗らなかった。ただ情報を与えただけだった。そして警戒衛星を破壊したあと、彼らは速やかに撤収していったのだ。シギリオンに送られたメッセージは特別なプレゼントだといっていい。

「あっという間に消えてしまったな。手際がいい」

 そうつぶやいたアーサーはギルバートを振り返る。

「この情報は信用できると思うか? 彼らが破壊したのは、俺たちをより奥に誘い込むための罠ということはないか?」

「それはないと思う」

「信用すると?」

 ギルバートはうなずいた。

「リョウ・ハヤセは嘘はつかない。彼がこの星域の警戒ネットワークを破壊したというのなら、そうなんだと思う。第一俺たちがここにいることを知ったのは偶然のはずだ。俺たちは秘密裡に行動しているのだからね。情報漏れがあったとしても、彼らは知る得る立場にはないだろう。フリーダムはアルシオールの使い走りなんだから。アルシオールは皇帝も信用していないという話だ」

「だがよく声だけで、相手がリョウ・ハヤセだとわかったな。リョウ・ハヤセのことはおまえから聞いていたが……」

「半年近くも地獄の中をはいずり回っていた仲なんだ。彼がいなければとうの昔に死んでいた。すぐにわかったさ」

 ギルバートは破壊された警戒衛星に目を向けると、

「リョウがフリーダムにいるとなると、フリーダムはこれから変わっていくかもしれない」

「おまえのためにもそうだといいが……俺はああいうアルシオールのような者たちは好きになれないからな」

 アーサーは艦長席に腰を下ろすと、航海士に告げる。

「これより再び前進する。レーダーは十分に注意するように、敵地であるということを忘れるな――不満か?」

 ギルバートはにっこりと笑って首を振った。

「とんでもない。多くの命を預かるものとしては当然のことだよ。俺が誰を信用しようが君には関係のない話だ。ただ、本当にこの星域が無防備になっていたら、ほかの連中に知らせるのも悪くはないと思うよ」

 アーサーもにっこりと笑い返し、

「もちろん、そのつもりさ。おまえのリョウもそのつもりでメッセージをよこしたんだろうからな」


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