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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム13

「初めまして、エディ・ハーライルです」

 リョウは差し出された手を握り返した。その親しげな様子に少々戸惑う。かつての部下ではない者が、これほど親しげに笑いかけてきたのは、エディが初めてだった。

「不審は当然でしょうね」

 早速リョウの心の内を読んで言った。

「あなたを知らない人たちは、あなたのことを警戒しているんです。古参兵のルークたちがあなたのことを褒め称えているので。あなたが問題なんじゃないんです。ただ比較的新しい仲間は、古くからいるルークたちとは少しばかり溝があって……。その結果、あなたが嫌われてしまうということに……。あなたが何者かというのは彼らにはまだ実感がないですから」

 納得できる話だった。古くからいる者と新しく入ってきた者。どこにでもある確執だ。リョウはジュリアからも、ニコラスがそのことで苦労しているのを聞かされていた。

「でもきみは彼らとは違うのか? わたしの部下ではなかったと思うが……」

 エディは新しく入ってきた仲間の一員のはずだ。

「僕は誰の陣営にも属していないんです。ルークとは友達ですしね。それにああいう風に徒党を組むのは好きではないんです。第一、ジュリアさんからもルークからも『イクスファの英雄』であるあなたのことは聞かされていましたから、とても興味があったんです。ご迷惑でしたか?」

 フリーダムの乗組員の中でも彼は若い方に入るだろう。イクスファの戦いは彼にとっては目新しい戦いではないはずだ。

「迷惑ではないが、しかし『イクスファの英雄』と呼ばれるには抵抗があるな」

「彼はいつもそうなのよ。控えめなの」

 助け船を出すように、ジュリアがエディの前にコーヒーの入ったカップを置いた。


 リョウたちはまだ会議室にいた。ジュリアがそこにエディを呼び出したのだ。

「で、僕に用って何ですか? ジュリアさんの顔を見るとどうも内緒事のようですけど……」

 一見不安そうな言葉だが、口調ははまるで何かが起きるのを期待しているようだ。ジュリアがリョウに視線を向けた。リョウは彼女の人選に同意するようにうなずいた。

「あなた、以前はフラー将軍の艦に乗っていたと言っていたわよね?」

「はい。ここと同じで通信索敵部門にいました。それが何か問題ですか?」

「そうじゃないわ。ただ中に少し話せる友人はまだいるかしら?」

 エディが困惑げにジュリアを見る。

「何が言いたいんですか? なんかとてもまどろっこしいんですけど」

「あのね、エディ。わたしは……」

「情報が欲しいんだ」

 リョウは思わず言い返そうとしたジュリアを押しとどめた。

「そんな……はっきり言っていいの?」

 ジュリアが戸惑ったように振り返る。

「はっきり言わないといつまでもらちがあかないよ、ジュリア。王女を乗せた艦はいつまでもここにいる訳じゃないんだ」

 リョウはそう言うと、エディにリチャードから受けた作戦の内容を説明した。

「欲しい情報は、彼らが何のために俺たちにそういうことをさせるか、と言うことだ」

「リョウは、アルシオールはわたしたちに話した計画の裏に何か別のことを実行しようと考えているのよ。アリシアーナ王女を乗せた艦なら、他の艦よりも機密に近いはずよ。わたしたちが知りたいのはその情報なの」

「正直に言って、かなり危険な行為だ。もしきみがそういうことを知ろうとしていたとリチャードが知ったら、もう二度と向こうには戻れないかもしれない。そのことを考えた上で、もし協力できるというのなら、協力して欲しいんだ」

「どんな協力を望んでいるんですか? 中枢部にいる友人に声をかけてさりげなく情報を聞き出すとか、ですか?」

「そういうことができるのか?」

「できなくはないですが……」

 そう口ごもったエディは少し考えて、

「もしリチャード卿の真意がわかればあなたはどうするんですか?」

 とリョウを見据えた。はっきりとした答えを求めている目だ。

「今の作戦では、被害が大きすぎる。だがもし彼の真意がわかれば、より効率よく戦えるだろう」

「そうなれば、犠牲者は少なくなるのよ、エディ。まったくゼロにはならないかもしれないけど……」

 エディは考え込むようにコーヒーカップに視線を落とした。

「エディ、迷うのは当然だと思うわ。わたしも無理には言えないのはわかっているの……」

 不意にエディが顔を上げてリョウを見え据えた。

「あなたにできるのですか?」


 鋭い口調にジュリアが驚く。リョウは彼の鋭い視線を静かに受け止める。

「この艦の中であなたの立場は何です? 艦長がこの艦の指揮を執るのでしょう。ならばあなたは最終的に艦長が決断したことに従わなければならないでしょう。艦長がリチャード卿の作戦計画をそのまま実行すると言ったらどうするんです?」

「エディ。言い過ぎよ」

「でもそれが事実でしょう。彼には何の権限もないんですよ、ジュリアさん。一体どんな権限があると言うんですか? 彼はこの艦の居候も同然です」

 ジュリアは愕然とした。いつもは茶目っ気一杯で弟のように思っているエディがいきなり見知らぬ人物になったかのようだ。医務室に隠れて、こっそりゲームで遊ぶようなまだ少年っぽさの残っている子だったのに、今はまるで違う。そして同時にもう一つはっきりしたことがあった。それはエディが指摘しているとおり、この艦におけるリョウの立場だ。この艦は彼の艦じゃない。彼にはニコラスが許す範囲での権限しかないのだ。いくらリョウがいい提案をしても、ニコラスがそれを認めない限り、実行されるわけではない。ニコラスとリョウの関係がうまくいっている場合はそんな心配はする必要はないだろう。だがぼんやりとした不安がジュリアの胸を覆う。

「ニコラスはそれほど馬鹿じゃない。自分のプライドや体面のために、大事な部下たちを見殺しにすることはない。よりいい方法があるのなら、あいつはそれを必ず受け入れる。そういうことができない奴なら、俺は自分の部下としてあいつを使ったりはしなかった。すぐに俺の艦から放り出していた」

「ですが、今の艦長はあなたの部下ではないでしょう」

「きみもずいぶんとこだわるな」

 リョウはちょっと笑って

「きみの心配もわかる。ニコラスは納得させるためにも、リチャードが何を隠しているのか知りたいんだ。それを聞けば、ニコラスもリチャードが立てた作戦をそのまま実行しようとはしないだろう」

「それでも実行しようとしたら?」

 リョウは静かにエディを見つめた。ただの質問ではない。エディが自分を試していることに気づいた。

「そのときは俺がこの艦の指揮を執る」

「リョウ!」

 真剣な口調にジュリアが声を上げた。

「ジュリア。もしニコラスが自分の体面を第一に考えて仲間の命を無駄にするような男なら、彼はもう俺たちの知っている人間じゃない。俺は彼との友情よりも仲間の命を取る。あいつに恨まれることになってもな」

「彼はそんな人じゃないわ……」

「わかっている。万が一の話だ」

 リョウはそうジュリアに応えると、再びエディを見た。彼の口元になは満足そうな笑みが浮かんでいる。

「いいでしょう。リチャード卿の真の狙いを探りましょう」

 エディはようやく納得したようだ。ほっとするジュリアは早速友人と連絡を取るように促す。しかしエディは

「その必要はありません。コンピュータさえあれば彼らの目的を調べることはたやすいことです」

「コンピュータさえあればって……」

「ハッキングだな。グレイハウンドのメインコンピュータに侵入できるのか?」

 エディはにっこりとうなずいた。

「しかしそう簡単に破られるほど、セキュリティは甘くないだろう? 時間はあるのか?」

「なぜ僕がこの艦にやってきたと思うんです?」

 リョウはジュリアを見た。彼はもちろんエディがどういう理由でこの艦にいるのか知るはずもない。

「わたしたちが頼んだからよ。人手が足りなくなって、それで仕方なくニコラスがアリシアーナ王女に人を貸して欲しいとお願いしたからでしょう」

「確かにそうですけどね。僕は左遷されたんですよ。いわゆる罰としてこの艦に乗っているわけです」

「何をしたんだ?」

「グレイハウンドの機密ファイルにアクセスしたんですよ。それがばれてしまって、それでここに左遷です。もう二度と戻れないと言われてね」

「知らなかったわ……あなたはとても優秀だと言われて、特別に移籍させたのだと聞いていたわ」

「間違いなく優秀ですよ。グレイハウンドの機密ファイルにアクセスするのは帝国の機密にアクセスする以上の大変さがあるんですから。まあ、この艦ならそんないたずらができないと思ってこちらに回したんでしょうけどね。でも今はグレイハウンドとこちらのコンピュータは接続していますからね。それにまだ僕が作ったシステムはグレイハウンドのメインコンピュータの中で眠っていますから、必要な情報はすぐに取り出せますよ」

「じゃあ、そうしてくれ。ただしリスクを十分覚悟して欲しい」

「わかっています。どのみち僕はもうグレイハウンドには戻れないですからね。もし何かあればあなたに守ってもらいますよ」

 エディはそう言うと立ち上がり、早速仕事にかかるために会議室を出た。


 リョウは再び閉じられたドアを見つめる。

「意外だったわ。この艦に来るのが彼らにとって左遷だったなんて……」

 コーヒーカップを片付けながら、ジュリアはつぶやいた。

「リョウ?」

 返事がないのに気づいた彼女は声をかける。彼の様子がどこか変だ。

「リョウ、大丈夫?」

 積み重ねたカップを再びテーブルに戻して、ジュリアはリョウの側に寄った。リョウがようやく彼女に気づいた。

「どうした?」

「どうしたもないわよ。ぼっとしているんだから、心配するわ」

「ああ、すまん。大丈夫だ」

 だが医者としての目が彼の気持ちを捕らえた。

「エディのことが気になるの?」

 自分のカップを片付けていたリョウは手を止めた。

「彼に何か不審なことでもあるの?」

「きみの目は鋭いな」

 リョウはそう言うともう一度エディが出て行ったドアに目をやって、

「エディは、俺が知っているある青年によく似ているんだ。姿や顔立ちじゃなくて、その雰囲気がね」

 そう答えた資料の脳裏にはヒューロンで彼の護衛として側にいたハーヴィの姿が浮かんでいた。


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