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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム12

 リチャードから渡された資料を持って自室に引き上げたニコラスを見送ったリョウは静かに、だが深く息を吐き出した。

 ジュリアの心配そうな視線に気づいた彼はにっこりと笑ってみせる。

「大丈夫だ。それよりさっきはすまなかったな。きみが仲裁してくれていなければ、おそらくもっとひどいことになっていた」

「そんなことはないと思うけど……」

 そう言いつつ、ジュリアは彼のために新しくコーヒーを淹れた。

「ニコラスも彼らのいいように利用されていることはわかっているわ。でも同時に『ヨハン・シュルツ解放戦線』での悔しい思いや、そのあとアルシオールのアリシアーナ王女と出会うまでの大変さが彼を臆病にさせているのよ。王女に出会わなければわたしたちがこうしていられなかったのは事実だから」

 リョウはコーヒーを受け取り、うなずいた。

「ところでリチャード卿の作戦のことだけど、どうしてあなたはあんなに目的を聞きたがったの? 彼が応えると本気で考えるほど、あなたが世間知らずだとは思わないけど」

 リョウはコーヒーを飲みながら、その目に笑みを浮かべる。

「勝算は『7対3』だったな。彼らがどれだけ俺たちを信用しているのか知りたかったんだ。今までの経過を見てもリチャードが真の目的をすべて話してくれるとは思わなかったけどな」

「今までの経過って……あなたは何を知っているの? アルシオールに別の目的があると考えている理由はなに?」

「惑星アーリスの軌道衛星攻撃を覚えているか?」

 リョウはコーヒーをテーブルに置き、真正面からジュリアを見つめた。ジュリアの目に戸惑いが見える。なぜその場にいなかったリョウがそのことを知っているのか、という戸惑いだ。


「忘れるわけがないわ」

 ジュリアは当面その問題を脇に追いやり、リョウの質問に答えた。

「あのときは大勢の人間が死んだのよ。フリーダムも大幅な修理が必要なぐらい激しい戦いだった。でもそれをどうしてあなたが……」

「では、アルシオールがなぜアーリスの軌道衛星を破壊するように告げたか、その理由を知っているか」

「それはアルシオールが行っている帝国に対抗するための活動を何度も阻んだからだと聞いたわ。反帝国運動のためには、まずアーリスから帝国に荷担する勢力を排除する必要があるといっていた。そして軌道衛星を破壊することはその第一歩だと。だから協力したのよ。……違うの?」

 うまい言い訳だ。リョウは思わず感心してしまった。


「リョウ?」

 ジュリアが不安そうに顔をのぞき込む。

「反帝国運動をしているアルシオールの邪魔をしたというのなら、確かにその通りだろう。だが彼らは、アルシオールからの独立を求めたに過ぎない。俺たちが自由を手に入れるために帝国と戦うのと同じ理由だ」

「アルシオールからの独立って……アーリスは独立国でしょう?」

「建前はな。だがアーリスは一カ国だけでは生計が成り立たない惑星なんだ。食糧自給率は帝国の中でも低い。彼らは惑星で採れる金や銀、宝石などを採掘し、それを輸出することで食料を得ていた。彼らはそれほど恵まれた場所にある惑星ではない。だから輸出するための宇宙船も自前では用意することはできなかった。それらの流通を一手に押さえていたのがアルシオールなんだ。確かにアーリスは帝国から認められた自治権を持っている。だがその実態はアルシオールに支配されているんだ」

「アルシオールは帝国のようにアーリスを支配していたの?」

 疑問がゆっくりと確信に変わろうとしているようだ。リョウはうなずいた。

「帝国とマリダスのような関係だよ。アーリスの政府はアルシオールの収奪に今まで何も言わなかったが国民は不満がたまっていたんだ。そこで選挙が行われ、反アルシオールの立場に立つ政権に変わった。そしてアーリスは自前の流通路を確保し、アルシオールから自由になろうとした矢先に、軌道衛星を破壊されたんだ。軌道衛星がなければ、宇宙船は直接地上とやりとりをしなければならなくなる。宇宙貨物船はそんなに長い間軌道上に留まるのを好まないからな。商品は高くなり、売れなくなる。別にアーリスにしかないという物ではないからな」

「彼らはどうしたの?」

「結局、アルシオールの支配下に戻ったさ。もちろん以前と同じ条件で取引するはずもない。彼らはよりいっそう苦しい生活を余儀なくされている」

 わからない話ではない。自分たちの攻撃したことにそんな背景があったとは……。そのことを知ってジュリアはショックを隠すことはできない。彼らは自由を得ようとした。それを同じように帝国からの自由を求めて戦っている自分たちが壊してしまったのだ。でも……。ジュリアは一縷の望を見つけようとするかのように、顔を上げた。

「こういう言い方はしたくないけど、あの戦いの時、あなたは収容所にいたはずよ。あなたには直接知る術がなかったはずだわ。でもそこまで詳しく知っているのなら、誰かが情報を教えてくれたということになるわ。その人は信頼できるの? もしかしたらその情報は偽りということはないの?」

「ない」

 ジュリアはその迷いのない答えにむしろ驚いた。


「彼女は決して嘘は言わない。質問すれば答えくれるし、答えたくないときははっきりとそう言う。そういう駆け引きはしないんだ」

 そう告げる彼の目には今までには見られなかったとても優しい光が浮かんでいた。


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