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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム10

 ドアが閉まったとたん、リチャードの顔からアリシアーナに向けられていた優しい笑みが消えた。気持ちを切り替えるように、壁に寄りかかり目を閉じる。


「アリシアーナはそなたがいいそうだ」

 主君であるアルシオール王国のラキスファン一世が、玉座から冷ややかに彼を見下ろしていた。リチャードは顔を上げることができなかった。

「再三チャンスを与えたのにもかかわらず、失敗しか報告しないおまえにわたしは愛想を尽かしていたところだが、アリシアーナが宇宙にはおまえとともにいたいというのだ。娘の頼みだ。そなたをアリシアーナの護衛官に任じる」

「陛下……」

 それは彼にとっては思いも寄らない言葉だった。思わず顔を上げる。だがすぐに忌々しげな視線にぶつかりうつむいた。王はまだ彼の失敗を許していないのだ。猜疑心が強く冷酷な統治者であるラキスファン一世にとっての唯一の弱点は、愛娘であるアリシアーナだ。王は彼女にはとても甘い。少々おてんばなところのある彼女が、王にいたずらをしても彼女のやったことなら目を細めて許してしまうのだ。だが他のものではそうはいかない。王の前ではいかなる失敗も命取りになる。


「リチャード。そなた、アリシアーナに気に入られて良かったな。おかげで首がつながった」

 リチャードは背中で王が立ち上がり近づいてくる気配を感じた。そして金属がこすれ合う音がしたとたん、首筋に冷たいものが当たられる。王が儀式などにいつも携帯している金属製の剣だ。もちろん手入れがされており、いつでも首を切り落とすとこのできる鋭さがある。リチャードは体を強ばらせて、王の言葉を待った。

「いいか、忘れるな。今度の任務に失敗したら、命を失うのはおまえだけではない。おまえの姉の一家も年老いた母親も皆殺しになると思え」

 リチャードははっと息を飲んだ。だがそんなことをいわれるまでもなく、アリシアーナ王女を守ることは、彼にとって何よりも大切なことだった。彼女に救われたのはこれが初めてではない。もちろん子供の王女には自分が何をしているか理解してはいなかっただろう。だが失敗して戻ってくるたびに、彼女が声をかけてくれたから慰められたし、何より王は、彼がアリシアーナに気に入られているということで処刑をするのを延び延びにしていたのだ。

「ご安心ください。陛下。アリシアーナ様の安全はこの身に変えてもお守りいたします」

 厳かに誓うリチャードの口調に、王は剣を引いた。

「その言葉、忘れるでないぞ。今のわたしにとって最も大切なのは、この惑星とアリシアーナだけなのだからな」

「はっ」

 深々と頭を下げたリチャードが体を起こしたときには、すでに王は玉座の間から退室していた。


 王がもっとも重大視しているのは、アリシアーナの安全だが、同時に彼には別の命令も下されていた。その一つがフリーダムへの指示であった。どの場所にどの攻撃を仕掛けるのか、それを指示するのが彼の役割であった。もちろん彼は、その作戦の本当の目的を知らされている。だがそれを彼らに教える必要はない。

 瞼を開いたリチャードは、リョウの存在が今後厄介なものになる予感がしていた。今までフリーダムの者たちは彼の言うままに戦ってきたが、だがリョウは彼らとはどこか違う。しかも腹立たしいことに、あの男はアリシアーナに気に入られたようだ。

「彼女は誰にも渡さない」

 思わず強い思いが口をついた。


「珍しいですな。リチャード卿が独り言とは」

 リチャードははっと体を起こした。軍人でもある彼は、いくら他のことに気をとられていたとは言え、他人の気配を感じられないほど、ぼっとしていたわけではない。それだけその者の気配の消し方が巧みだったのだ。

「フラー将軍……」

 リチャードはこの男が苦手だった。彼は常に控えめだが、言うべきことはしっかりと意見する。たとえそれが国王であろうともだ。その堂々たる態度は、一介の傭兵団の頭領とは思えないぐらい威厳に満ちていた。

 フラー将軍は今でこそ、アルシオール王国の国軍の一翼を担っているが、十年ほど前までは、特定の主従関係を持たない傭兵たちの集まりだった。それが偶然、宇宙海賊に襲われているアルシオール王国の商船団を守ったことから、アルシオール王国に雇われて商船団の護衛をするようになった。彼らが護衛した商船団は襲撃してくる海賊たちを追い払いつつ、常に無事にしかも期日通りに目的地にたどり着くのだ。それらの実績は、猜疑心の強いラキスファン一世の信頼を得るには十分であった。今では愛娘の護衛をするための艦隊としての地位を得ている。しかも傭兵上がりの割には野卑なところはなく、誠心誠意アリシアーナ王女のために尽くしている。それが余計にリチャードには腹立たしい。護衛とは言え、リチャードにはフラーのような軍事力はないのだ。暗殺者などに対して、身を挺して防ぐことが彼の任務だ。


「アリシアーナ様に、何かご用ですか?」

 フラー将軍は首を振って否定する。

「では……」

「用があるのはきみだよ、リチャード卿」

 リチャードの顔に警戒の色が浮かんだ。

「きみはヒューロンを知っているのかね?」

 リチャードの心がさっと冷える。だが彼は意識して平静を保った。

「なぜ、そのようなことを?」

「謁見の間で、リョウ・ハヤセという男がその名を口にしたとたん、きみが珍しく顔色を変えたからな。きみにとって重要なことではないかと思ってね。アリシアーナ様をお守りしている以上、どんな些細なことでも知っておく必要がある。関わりがあるのなら、話してもらいたい。それによっては対処する必要が出てくるかもしれないしな」

 正論だ。フラー将軍の任務はアリシアーナ王女の護衛だ。そうである以上、彼は彼女の周りで起こることのすべてに注意している必要がある。ましてやリチャードはアリシアーナ王女の側近中の側近だ。彼に何かあれば、アリシアーナ王女にも影響が出る。だが……


「フラー将軍、わたしがあの男の言葉で顔色を変えてというのか?」

「違うのかね?」

「確かにあの男の口からどこかの惑星の名前が出たのは知っている。だがそれが一体わたしとどういう関係がある? もしわたしが顔色を変えたように見えたとしたら、それはあのような収容所帰りの男に、不本意ながら、押さえ込まれてしまったという恥辱のためだ。それ以外のなにものでもない」

「ほう。ではヒューロンという惑星は知らないとおっしゃる?」

「もちろんだ」

 フラー将軍はその真偽を確かめるように静かにリチャードを見つめる。リチャードは顎をあげてその圧力に対抗するが、不意に顔をそらして、

「これ以上、用がなければ失礼させてもらいたい。これからフリーダムの者たちに次の作戦を指示しなければならないので」

 フラー将軍は短く息を吐くと

「どうぞ、行ってください。わたしはかまいませんよ」

 だったら呼び止めるな、とでも言いたげな視線をフラー将軍に投げつけると、背を向けて歩き始めた。


 穏やかな表情で彼を見送っていたフラー将軍だったが、彼がドアの向こうに消える寸前、

「嘘つきめ」

 と冷たい言葉が漏れた。


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