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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム08

 赤白い刀身がエネルギースティックとともに床の上をくるくると回りながら、脇に立つ人々の足下に向かっていく。悲鳴を上げて後ずさるアリシアーナ王女のお付きの者たち。しかし人の手から離れたエネルギースティックは、安全機構が働き、彼らを傷つけるよりも先にスティックからのエネルギーが遮断され、刀身が消える。

 呆然としている人々の間を縫って、ジュリアがそれを拾い上げ、その視線を部屋の中央に向けた。

 リョウがリチャードを床の上に押さえ込んでいる。


 それはあっという間のことだった。

 リョウの態度に腹を立てたリチャードがエネルギーソードで斬りかかったのだ。リョウは軽く体をひねって、その攻撃をよけると同時にリチャードの手首をとっていた。リチャードはエネルギーソードを取り落とし、そのまま床に押さえ込まれたというわけだ。誰がも、リチャードでさえその早業に呆然としている。


「いくら気に入らないことを言われたからと言って、こっちは武器を持っていないんだぞ。それなのにいきなり襲いかかるのはいただけないな」

リョウは冷静だった。

「黙れっ。貴様が無礼な真似をしたからだ。アルシオールではそのような者には罰が与えられる」

「俺は王女に無礼を働いたつもりはない。それにリチャード卿、ここはアルシオールじゃない」

「アルシオールじゃないだと?」

 押さえ込まれているリチャードの顔に嘲るような笑みが浮かぶ。

「我々がいなければ宇宙に漂流するしかない。それを理解していないようだな」

「それはどうかな」

「負け惜しみでも言うつもりか?」

 リチャードはリョウよりも自分が上であることを見せつけようとしていた。だが、

「我々がいなくて困るのはむしろそちらの方だろう」

 リチャードが怪訝そうに見返してくる。なぜ彼が強気なのかようやく疑問を持ったのだろう。

「ウェリントン商船団の襲撃を命じたのはアルシオールだ。その結果フリーダムは他の反帝国組織から軽侮の対象となってしまった。しかしアルシオールは何を得た?」


 リチャードの顔色が変わる。

「それともそういう仕事を他の者たちにやらせるか?」

 リチャードは言葉を失った。そしてようやく絞り出すように問う。

「おまえは一体何者だ?」

「見たとおりだよ。ニコラスの友人で、ヒューロンの収容所から逃げ出した囚人だ。だが俺にもいろいろと伝手はある」

 リョウの脳裏にはマーシアや彼をニコラスと合流させてくれたウィロードル商船団のアランの顔が浮かぶ。しかし彼らを伝手と呼ぶにはいささか気が引ける。彼らにとって自分はそれほど重要な存在ではない。リチャードに告げたことははったりなのだ。だがリチャードが反応したのはそこではなかった。


「ヒューロン……」

 そうつぶやいた彼の瞳は、まるで時間の彼方を向けられているようだった。その瞬間、リョウは悟った。この男はヒューロンを知っている。知識としてではなく、感覚として知っているのだ。それは彼があの惑星の白い大地に立ち、冷たい空気を吸ったことがあるということだ。

 不意に衣擦れの音がした。唯一椅子に座っていた王女の立ち上がる気配を感じる。その瞬間、リチャードは我に返った。そして止まっていた時間が動き出した。

「リョウ・ハヤセ殿。リチャードの失礼は私が謝罪いたします。ですからリチャードを離していただけませんか? どうかお願いいたします」

「姫っ!」


 リョウは押さえている手を緩めずに顔を動かして王女を見た。彼女は椅子から立ち上がり段を下りてリョウの側まで来ていた。その顔はとても心配そうで、そしてすまないと言う気持ちがはっきりと表れていた。どうやら彼女はリチャードとは違って権威を盾にとるような女性ではないらしい。

「リチャード卿はあなたとの戦いに敗れた。少なくともそれははっきりしている。従ってこの場でもう一度、あなたに挑んで恥の上塗りをするようなことはしないだろう」

 リョウは視線をフラー将軍に向けた。それはリョウの懸念を言い当てていると同時に、リチャードに対して牽制しているようにも聞こえた。リョウが彼をすぐに解放しないのは、自由になったとたん、もう一度攻撃をかけられる可能性を考えたからだ。そんなことをされたら今度は息の根を止めなければならなくなる。マーシアは敵対者をなかなか殺さないリョウに対して甘いと言ったが、そう言われたリョウにも二度目はあり得ないのだ。


 フラーの言葉でリョウはリチャードを解放した。立ち上がり形ばかりに服の埃を払ったリチャードは、何事もなかったかのようにジュリアが差し出したエネルギースティックを受け取ると、当然のように王女の後ろに立った。リョウは彼のそんな行動を目の端に意識しながら、王女と向き合う。

「ありがとうございます」

 王女は軽く膝を折って軽く頭を下げる。後ろのリチャードは顔を引きつらせたが、何も言わなかった。周りの者たちがあっと息を飲むのがわかった。よほど異例のことなのだろう。

「こちらの方こそ、あなたに余計な心配をさせてしまったようですね。ですがわたしは兵士です。剣を持って敵意をむき出しに向かってこられれば体が嫌でも反応してしまうのです。どうかご理解ください」

 王女はゆっくりとうなずいた。


「また彼が腹を立てたのは、わたしがあなたたちの慣習をないがしろにしたと感じたからですが、わたしはあなた方の慣習を侮辱したわけではないのです。わたしはあなた方と対等の存在でありたいと願っているのです」

「対等……」

「そうです。友人として、また帝国に反旗を翻す者同士として対等でありたいのです」

 王女は口の中でその言葉をゆっくりとかみ砕いているかのようだった。そして納得をしたのか彼女はリョウをはっきりと見た。

「ではそういう場合はどうすればいいのですか?」

 無邪気な問いかけだった。リョウは優しく笑って

「わたしたちは握手をします。手を出してください」

 王女がおずおずと伸ばした右手をリョウはそっと掴んだ。そしてその細い手を優しく包み込むように握る。

「これが握手です。これであなたたちとわたしたちは対等な友人になることができます」

 王女ははにかんだような笑みを浮かべうなずいた。


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