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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム07

 ドアが開いた瞬間、両脇に立っていた警備兵が一斉にこちらを向き、二人に向かって敬礼する。ニコラスが慣れた様子で、返礼すると、その中の一人が進み出て、

「ジュリア殿はすでに謁見室でお待ちです。あなたも至急、お入りください。リチャード卿は遅刻されるのを大変嫌います」

「わかっている」

 そう言って足早に向かおうとしたニコラスだが、

「お待ちください」

 と別の警備兵に止められる。彼はリョウを見て、

「身体検査をしてからでなければ、ここから先に入ることはできません」

 と告げる。

「彼はリョウは・ハヤセだ。武器は持っていない」

「わかっています。ですがこれはアルシオールの規則です。ここはアルシオールだと言うことを忘れないでください。わたしたちにとってこの男は面識のない人間です」

「しかし……」

 なおも言い募ろうとするニコラスを押しとどめたのはリョウだった。

「ニコラス、かまわない。急いでいるのなら、ここで問答しているよりも先に彼らの要求を済ましてしまおう。その方が早い」

「わかった。早く終わらせてくれ」

 ニコラスは検査のための棒を持っている警備兵にそう答えた。リョウは両手を挙げて、彼らの好きなように検査をさせる。体の隅々まで触られ、靴まで脱がされてようやく検査を終える。

 警備兵の一人が誰に報告をしている傍らで、リョウは靴をはき直す。

「リチャード卿があなたの同席を許すそうです。どうぞニコラス殿と一緒に謁見室にお入りください」

 リョウはニコラスとともに警備兵の一人に先導されながら歩き出す。


「すまん。嫌な思いをさせたな。事前におまえを連れて行くことは連絡していたんだが……」

 と彼も少し戸惑い気味の様子だ。だがリョウは、ニコラスが先ほどまでリチャードを呼び捨てにしていたのに、今は敬称をつけていることの方が気になった。ニコラスが目顔で先導する警備兵を示す。彼は二人の会話をチェックしているのだろう。

 警備兵はリョウたちをひときわ立派な扉の前に連れてくると、脇のスイッチを押した。

 扉がゆっくりと開く。

 正面の椅子には二十代前半の若い女性が座っている。頭には小さなティアラをつけているところを見ると、彼女がアリシアーナ王女だろう。その椅子の背に手を置いている男がリチャードのようだ。年はリョウたちと同じかそれよりも若干上というところだ。そしてもう一人、アリシアーナ王女の背中を守るように立っている男がいた。男の黒い髪には白髪が交じっており、五十代前半だと思われる。正面にいる三人の中で、リョウがまず目にとめたのは、王女でもリチャードでもなく、その男だった。

 静かな威厳がその体からにじみ出ている。警戒すべきは椅子に手をかけている男よりも彼のような気がする。


「あれは誰だ?」

 リョウは唇を動かさずにニコラスに聞く。

「フラー将軍だ。アリシオールの艦隊司令官だ」

 フラー将軍がリョウを見た。お互いをしっかり認識した瞬間、彼が親しげににやりと笑う。その態度は王女を命に代えて守らなければならない者が、初対面の相手に向けるものではない。そんなことを考えている間にも、警備兵はリョウたちの到着を大声で報告していた。入り口から王女のいる場所までさして長くはないが、それでもおつきの人たちがずらりと並んでいる。まるでどこか別の世界に紛れ込んだかのようだ。リョウはその列の端にジュリアが並んでいるのを見つけた。視線が合うと、ジュリアは仕方ないのよとでも言いたげに、肩をすくめる。


「ニコラス殿、ジュリア殿、そしてそのお連れの方。アリシオール王国王女アリシアーナ殿下が、そなたらに挨拶の栄誉を与えるとのこと。前に進まれよ」

 王女に一番近い列の男が大仰な言葉で指示する。列からジュリアが離れてニコラスたちに合流する。

 リョウはニコラスたちの歩調に会わせて前に進む。リョウは次第に体が強ばるのを感じていた。リラックスしなければと思うものの、体が嫌でも戦闘態勢に入っていく。原因はわかっている。両脇の王女のおつきの人たちからの視線だ。興味、蔑み、まるで値踏みをするかような視線。それはヒューロンの収容所で看守たちが生け贄を捜すときのものにも似ている。リョウはむき出しになる戦いの気を押さえ込むので精一杯だった。

 そしていつの間にか王女の前に来ていた。リョウに向けられる彼女の視線には、列に並んでいる者たちとは違って邪気のない好奇心だけがある。リョウは顔を上げて、しっかりとアリシオールの王女を見た。その面立ちの中に、一瞬マーシアが見えた。髪の色も瞳の色も雰囲気もまるで違うのにもかかわらず、そんな風に見えるとは……。リョウは我知らず苦笑する。それだけ彼女が恋しいらしい。王女はそんな彼の変化にかすかに首をかしげる。


「いつまで、殿下をお待たせする気だ?」

 リョウははっとして、声が発せられた方を見た。背もたれに手をついている男が彼らを促している。彼がリチャードなのだろう。

 時代がかった宮廷ドラマを見るかのように、前に進んだニコラスが膝を折り、大仰な口調で王女に再会できてうれしいというようなことを述べた。一通り挨拶がすむと、ニコラスは差し出された王女の手の甲に、恭しく接吻する。それが済むと彼は立ち上がり、そのまま後ろに下がる。決して王女に背を向けない。それが宮廷儀礼らしい。ジュリアも同じように膝を折って挨拶をする。ただし彼女は女性だと言うこともあり接吻はない。一通りの挨拶が終わると彼女はもう一度深々と頭を下げて、ニコラスと同じように後ろに下がる。二人が最初の立ち位置よりも後ろに下がった結果、一人取り残されたような形になったのはリョウだった。


「その方はどなたですか?」

 ニコラスが紹介しようとした寸前、王女が自ら口を開いた。

「姫様。あなたの方から話しかけてはなりません」

 リチャードが王女に顔を寄せて小さな声でたしなめる。

「でも……」

 と王女が小さく抗弁するのが聞こえる。リチャードは今にも舌打ちしそうな顔で、ニコラスを睨みつけると

「何をしているか、早くその男を紹介しなさい。正体のわからぬ男をいつまでも殿下の前に置いておく訳には行かないのだ」

 リチャードの言葉にリョウは反発を覚えた。いくらこれがアルシオール王国の宮廷儀礼とは言え、自分のことは事前に知らせているはずだし、またそうでなければこうして面会することも許されるはずはない。それにもかかわらず、紹介がないからと言って忌まわしいもののように扱われる理由はないはずだ。リョウはぐいっと顔を上げてリチャードを見据えた。その視線に気づいたリチャードも尊大な表情で彼を見下ろす。一瞬、火花が散った。


「リョウ……」

 二人の険悪な様子に気づいたニコラスが慌てて彼を促す。リョウは軽く息を吸い込むと、気を静めてアリシオールの王女の前に進み出た。

「申し遅れましたが、この者はわたしの友人であると同時にかつてわたしの上官でもあったリョウ・ハヤセと申します。このフリーダムを帝国軍から奪取した折、彼は自ら囮となり、わたしたちを逃がしてくれました。その後、強制収容所に送られましたが、脱走を成功させ再びわたしたちの元に帰ってくれたのです」

 聞き覚えがあったらしい。王女の愛らしい顔がぱっと輝いた。

「ではニコラス。この者がイクスファの英雄なのですね」

 ニコラスが大きくうなずくと、王女はリョウを改めて見下ろし、

「ニコラスからあなたの話は聞いていました」

 王女はそれが至極当然のようにさっと自分の手を差し出した。もちろんアリシオールの宮廷の挨拶を受けるためだ。彼女にとってそれが当たり前なのだ。

 だがリョウは跪くことができなかった。彼自身の意志と言うよりも前に、体が跪くことを拒絶している。あたりは水を打ったように静まりかえった。手を差し出せば、誰もが嬉々として跪くことになれている王女の顔に戸惑いが浮かぶ。


「リョウ……」

 ニコラスも困惑していた。周りがざわめき出した。

「貴様、アリシアーナ殿下を侮辱する気か?」

 リチャードが敵意むき出しに睨みつける。リョウは顔を上げると、アリシアーナに告げる。

「侮辱する気はありません。しかし跪いて挨拶することはできません」

「貴様っ!」

 背もたれから手を離したリチャードが、ベルトからエネルギースティックを抜く。次の瞬間、赤白く凝固したエネルギーソードの刀身が、リョウめがけてきらめいた。

「リチャード!」

「リョウ!」

 二人の女性の悲鳴にも似た叫びがしんと静まりかえった部屋に響いた。


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