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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム04

「二人とも、一体いつまでわたしを待たせる気なの。今日は乗組員の定期検診の日だからわたしは忙しいのよ」

 腰に手を当てたジュリアはそう言うと、つかつかとニコラスに近づく。

「わたしは部屋を案内したらすぐに彼を連れてきてと言ったはずよね」

「わかっているさ。だが、こっちにもいろいろとあるんだよ」

「言い訳は聞かないわよ、ニコラス。わたしが連れてきてと言ったらすぐに連れてくればいいの!」

 本気で怒っている風ではない。リョウは微笑んだ。

「ニコラスをしっかりコントロールしているようだな」

「あら、失礼ね。そんなことしていないわ。そうでしょう?」

 ジュリアはあでやかに笑ってニコラスを見る。ニコラスがゴクリと息をのみ、

「まあ、そうかな……」

 と曖昧に応える。そんな二人の様子にリョウはぷっと吹き出した。


「本当に変わっていないな」

「変わらないわよ、わたしたちはね。でもあなたの方が心配だわ」

 ジュリアは真面目な顔でリョウを見つめた。まるで患者の隠れた症状を見つけ出そうとするかのようだ。

 リョウは存分に彼女に観察させると、

「何か気になることがあるか?」

 ジュリアは表情を緩めそして笑った。

「今のところは大丈夫みたいね。でもこれからはわからない。まずは健康チェックをしないと」

「じゃあ、俺はお役ご免だな。後は頼むよ」

 ニコラスの言葉にジュリアはうなずく。

「これから俺たちの最大の支援者であるアルシオール王国のアリシアーナ王女との通信が待っているんだ。王女を待たせるわけにはいかないからな」

 リョウはうなずいた。

「近いうちに、王女たちがこっちにやってくる。彼女はおまえに興味を持っていたからな。この艦にいると知れば喜ぶよ」

「なぜ俺に興味を持つんだ?」

「イクスファの英雄だからよ。ニコラスったらあなたのことをずいぶん彼女に話していたのよ」

「それは光栄だな」

 そう答えながら、リョウはマーシアから得たアルシオールの情報を思い出していた。

「ところでアルシオールはいつもアリシアーナ王女が表に出ているのか?」

 ニコラスとジュリアが怪訝そうに顔を見合わせた。

「ええ、そうよ。アルシオールの活動は非公式なものなの。彼らは一応帝国の一員だから。でもだからと言って帝国に完全に服従している訳ではないわ。それでアリシアーナ王女の存在が重要になってくるのよ」

「アルシオールは王女を使うことで、反帝国組織にいい顔をしようとしているわけか」

「率直に言うとな。アルシオールの国王ラキスフォンは王女をとても大切にしているんだ。俺たちが彼らの援助を受けることができたのも彼女が王を説得してくれたおかげなんだ。俺たちにとっては最重要人物だ」

「そうか、ではもう一人の王女は何をしているんだ? 彼女は帝国側に味方しているのか?」


「もう一人の王女だって?」

 ニコラスが聞き返した。

「アリシアーナ王女から姉妹がいるなんて聞いたことはないぞ。一体どこからの話なんだ?」

「待って、ニコラス。彼女からその話を聞いた覚えがあるわ。リチャードとあなたが二人で話しているときにね。時々二人でわたしの医務室でお茶をしているのは知っているでしょう。確かそのときよ」

「なんて言っていたんだ?」

「彼女が反帝国運動に関わろうと思ったきっかけが、自分の異母姉が帝国の人質にされていることを知ったからだって。どういうわけかそれまでは自分に姉がいることも知らなかったらしいわ」

「自分の姉妹のことも知らないなんて、王族っているのは一体どうなっているんだ?」

 ニコラスは呆れたようにつぶやく。時代物のロマンス小説などではよくある設定だが、ニコラスにはもっとも縁遠い物語だから想像がつかないのも無理はない。

「おそらく母親が違うせいだろう」

 リョウの言葉にジュリアが驚く。

「少し考えればわかることだ。きみが医学書の後ろに隠している本を読まなくてもな」

 とジュリアをにやりと見やった。

「どうしてそれを知っているの?」

「さっきちらりと視線を走らせたからさ。第一きみは昔からそういう本が好きだっただろう」

 リョウはニコラスに向き直って、

「アリシアーナは庶出の王女だ」

「庶出?」

「俺たちの言葉に言い直せば、愛人の子と言うことになる。アルシオールがどういう結婚制度なのかはわからないが、少なくとも嫡出子と庶出子との違いはあるようだ。そして人質にされているのが正式な王妃の血を引く王女と言うことになる」

「なんだか、王宮の陰謀劇の中に迷い込んだ感じだな」

 ニコラスが天を仰ぐ。

「帝制があって、王制もある。だがそこにいるのは人間だ。そういうことはいつの時代だって変わらないさ――それより時間はいいのか?」

 ニコラスははっと我に返った。

「この件に関して王女には何も聞くなよ。ニコラス」

 リョウの忠告にニコラスは振り返った。

「今まで異母姉の存在が隠されていたと言うことは、そこに何かがあるんだ。理由もわからずに、藪をつついて蛇を出すような真似はしない方がいい。少なくとも、今をはな」

 ニコラスはゆっくりとリョウの言葉を飲み込んだ。


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