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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム02

 リョウはフリーダムの制服代わりのジャケットを羽織ると、通路に出た。

「よく似合っているじゃないか」

 待っていたニコラスが笑う。

「制服がジャケットだけというのは少し驚いたな」

「仕方がない。資金不足でね。上から下まで揃えるよりも、艦の運航に金を回す必要があったんだ。中は何を着てもいいと言うことさ。常識の範囲内ならな」

「合理的だな」

「だろう? 俺たちは軍隊じゃないんだ。規律は必要だが、厳しくする必要はない。制服も俺たちが仲間だとわかるものであればいいんだ」

 どうやらジャケットのみを支給して制服代わりにするというアイディアは、必要に迫られたニコラスの苦肉の策だったらしい。だが評価された彼の顔は子供がほめられたときのように誇らしげだ。


「ジュリアから聞いたが、おまえの絵はプロ級だってな。生まれた場所がマリダスでなければ、帝国芸術院に入学できたんだって?」

 リョウは肩をすくめた。

「俺が第二級帝国臣民だとわかる前まではそんな話も来ていたな。一度身分を詐称して展覧会に出したことがあるんだ。入選もしたが、身分がばれて何もないことになってしまった。ジュリアの話はその頃のものだ」

「どれくらい描いていないんだ?」

「イクスファの戦いの前に一枚仕上げたのが最後だから、四年以上まともに絵筆を握っていない」

「ヒューロンではそんな余裕はなかったのか?」

 リョウはニコラスを見つめた。収容所でそんなことをする時間があると思っているのだろうか?


「どうかしたのか?」

 ニコラスが怪訝そうに見返す。

「いや、何でもない。収容所では生きることしかできなかった。それだけがすべてだったんだ」

 リョウは彼の無知を理解した。収容所でのことは帝国では明らかにされていない。囚人として収容所に送り込まれて、そこで生きていくことになって初めてそれがどういうものか知るのだ。自分だってそうだったはずだ。指揮官として帝国軍に在籍していたときは、反逆者が辺境の惑星にある労働教育訓練所に送られると言うことだけしか知らなかった。そこが地獄だとは露も思わなかったのだ。


「この艦なら、きっと絵を描く時間はたくさんあるはずだ。是非、風景画を描いてくれ。得意なんだろう?」

「風景画か? 得意だなんて誰が言っていたんだ?」

「ジュリアだよ。緑の大地や輝くや輝く海、流れる川に落ちる滝。おまえの絵は目の前にその光景が現れてくるようだと言っていたんだ」

「そこにはビルはないぞ」

 ニコラスは遠い目をして、

「そうだな、どこまでも続く草原を馬たちが駈けている様子も悪くはないな」


 リョウは微笑んだ。ニコラスが育った場所は自然豊かな場所なのだ。その惑星の住民は意図的に自分たちの生活に、現代文明を象徴するようなものを取り込もうとはしなかった。もちろんその惑星も帝国の一部である以上、宇宙との接点を完全に消し去ることはできない。軌道エレベータは首都に設置され、文明の象徴でもある高層ビル群はその周りに集中して建てられている。

 ニコラスの帰郷につきあったときに、彼の牧場から見える軌道エレベータとその周りのビル群の光景に絵心を誘われたのを思い出した。人類が宇宙に進出する前の生活を守っている惑星とその惑星からかろうじて宇宙に向けられた文明の扉。そのアンバランスな感じがとても印象的だったのだ。


 だが今、リョウはその光景よりももっと描きたいものがあった。白い大地にたたずむ一人の女性。黒く長い髪とこめかみから流れる白銀色の髪。振り返った彼女の瞳は力強く輝いている。どれほどすばらしい風景よりも、リョウは彼女が描きたかった。マーシア・フェルデヴァルト――リョウの魂に彼女の姿は深く刻まれていた。もはや忘れ去ることなど決してできないほどに……。


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